2018年度

9月

2018年度

9月30日(日)

リトル東京にある「全米日系人博物館」に行った。第二次大戦中の強制収容については知られているが、多くの日本人が明治に入ってすぐ、ハワイおよび米国本土に移民したことと、日露戦争以後に起こった日本人排斥と差別については、あまり認識がなかった。日本人の子供の公立学校への入学が拒否され、帰化申請も拒絶され、土地所有と借地が禁止され、女性は白人との結婚が認められなかったという。島崎藤村の『破戒』では、被差別部落出身の丑松が自らその出自を明かしたあと米国に移住する。そこまでしか書かれていないが、明治時代の米国に行ったとしても、また別の排斥と差別が待っていたことになる。しかし日系人たちは差別されながらも、一方でアメリカ人になりきろうとし、他方ではその差別が米国の憲法に違反していることを訴え、主張し続け、ついに1988年、レーガン大統領の謝罪と補償を引き出した。アメリカは移民の国でありながら、移民への差別を今も繰り返している。日本でも、在日外国人へのヘイトスピーチや、国会議員による公然たるLGBT差別が起こっている。大事なのは座視しないことだろう。

桑野校友会顧問による夕食会が開催された。海外出張時には常に私たち大学関係者の移動の足を確保して下さり、こうしてねぎらって下さる。この6月に会長を退かれて顧問になられたが、校友会の一般社団法人化もその後の展開も、桑野さんのお力がなければできなかった。顧問になられた後も、このように支援して下さることに、ただただ感謝している。

9月29日(土)

地元の日刊新聞「RAFU SHIMPO」(羅府新報)の取材を受けた。羅府とはロサンゼルスのことである。同紙は、1903年に南カリフォルニア大学の日本人学生によって発刊された新聞で、日系人の強制収容が行われた時期の休刊をのぞき継続しており、北米最古の日本語新聞とのこと。日本語ページ記者の吉田純子さんがいらした。本学OG(法学部)である。英語と日本語の両方で発刊(およびネット上での公開)がされている。

今回の出張の主目的である「法政ミーティングin Los Angels」を開催した。卒業生・在校生とそのご家族50名ほどが参加して下さった。40~50代を中心に20代から80代まで多様な年代の方がいらした。米国の大きな男子プロゴルフツアートーナメントであるPGAツアーの、日本での放映権をコーディネイトしたという80代の校友は、米国の広告代理店でずっと働いていらしたという。企業での1年間のインターンシップに来ている在学中の学生も来てくれた。児童虐待を担当するソーシャル・ワーカーとして働いている女性は、その資格を米国で取得する時、法政の社会学部で取得していた科目がほぼ読み替えられ、2科目程度の取得だけで取れたという。何気なく履修した科目が未来にも繋がるのである。日本の会社に耐えられなくなり、退社して、わさび会社の米国支社を立ち上げる仕事に就て新たな市場を切り開き、30年以上働いたという男性は、いまは独立して会社を営んでいる。留学して、その時に知り合った米国人男性と結婚してここに住んでいる女性もいる。やはり派遣留学を経験して海外で働くことを選んだかたは、留学で世界から日本を見ることができるようになった、と話して下さった。ロス校友会の幹事長で今回のミーティングの開催に尽力下さった安藤順さん(経済学部OB)は地元で長く事業をされてきた方だが、お嬢さんはいまグローバル教養学部(GIS)の学生だとのこと。時事通信社セミナーでお目にかかった、経営学部の英語学位プログラムGBPの学生の親御さんなど、これからもロサンゼルスの日系人社会から法政大学に留学する学生が増えてくれば、やがて後援会ロサンゼルス支部ができるかも知れない。

9月28日(金)

宿泊および催し物の場所となったTorranceという町は日系の企業、店舗、医療機関などが密集している。時事通信社ロサンゼルス支局もこの町にあり、その主催になる「トップセミナー」で講演をおこなった。昨年ニューヨークでおこなった江戸文化についての講演が好評で、その時、今年の講演企画が決まったのである。

ニューヨークから、米国時事通信社の社長で総局長の岸田さんも、かけつけて下さった。本学在学生の保護者も参加して下さった。ご子息は野球部の選手で、経営学部の英語学位プログラムであるGBPに在籍中だという。さらに、JETROのかた、日本総領事館のかたなど、何人かのかたともお話しできた。日本のものを米国に売るに当たって、その対象が何であれそれにまつわる土地の物語を語ることが有効なのだが、その方法が分からない、という話は特に重要に思えた。日本学は各地域と人類史的普遍性とを軸に構成することができるのだが、日本学も江戸学も長らく日本趣味の領域だとされ、1980年代にようやく「学」が始まったのである。法政大学は国際日本学研究所を作ったのだから、地域学と人類学的普遍性を軸にし、「物語る」方法を示す日本学を育てる責務があるだろう。

その後、講演のために南カルフォルニア大学に向かった。ロサンゼルス校友会幹事で本学社会学部OGである、長谷川いずみさんが案内して下さった。長谷川さんはHollywood News Wireという組織でコーディネイターを務めておられる。この大学では、日本宗教文化研究所(Shinso Ito Center for Japanese Religions and Culture)のリーダーであるDuncan Ryuken Williams先生が、この講演を企画して下さった。講演会場が素晴らしい。Doheny Memorial Libraryという木造の風合のある図書館の一角に、レクチャールームがあるのだ。

講演題名は「The power of Weave」で、英語でおこなった。日本では『布のちから』として出版され、後に英訳された本をもとにした。市民も参加できる講演会で、日系のかた、在留日本人のかたも出席なさっていた。江戸時代までの日本が「もの」をどのような存在として考えていたか、という持続可能社会にもつながるテーマで、多くの興味深い質問が出た。講演後は、大学の管理者の立場におられるChristopher R. Wiedeyさんが大学を代表してディナーの席を作って下さった。Williams先生、茶の湯を実践および研究しているRebecca Corbett先生、写真ジャーナリストのLucy Birminghamさん、長谷川いずみさん、そしてもちろん平塚眞樹総長室長はじめ法政大学側のスタッフも一緒に自由な談義に沸き、たいへん楽しい時間だった。Williams先生が、僧籍をもった曹洞宗の僧侶だとわかった。長谷川いずみさんは法政大学卒業後、家を継ぐために國學院大学に学士入学して卒業し、正式な神主であることも知った。神社は松江にあり、松江の観光大使をなさっている。日本文化を談論するには最適なメンバーだ。

9月27日(木)

ロンゼルスへの移動日。TorranceのMIYAKO HYBRID HOTELに入る。

9月26日(水)

常務理事会、理事会、評議員会を開催した。評議員会の議論は、回を重ねるごとに活発になっている。大学に誇りを持つとともに、この機運の高まりのなかで、大学にさらなる活気を作っていこうとする気持ちを感ずる。

9月25日(火)

各付属校の中長期的ビジョンや財政を検討するための拡大学校長会議を開催した。

日本私立大学連盟・総合政策センター政策研究部門会議を開催した。文科省の担当官より、中教審の「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン答申案」の説明を伺った。これをもとに、10月17日に中教審の将来構想部会に出席し、日本私立大学連盟としての意見を述べることになっている。

産業技術大学院大学と江戸東京研究センターが一緒におこなうシンポジウムの打ち合わせをおこなった。理系の先生方とともに、江戸時代の「連の方法」を問う、というシンポジウムになる。とても面白そうだ。

夜は、編集工学研究所の「中秋夜会」に出席した。舞踏家で役者の田中泯さんが、松岡正剛さんの語る「月」についての言葉、とりわけ俳諧の言葉に共振して踊る催し物である。「もともとコトバはカラダとともにあった」という、当たり前でありながら忘れていることに直面する時間だった。二人は43年の長きにわたって交流してきた。その記録とも言える『意身伝心』(2013春秋社)という素晴らしい対談本がある。そのなかに「見る」「見られる」関係に言い及んでいるのだが、この日わたしは、人が「見る」「聞く」ことによって、その対象に「成る」経験をした。受動的に見える行動でも、人は受動的ではいられない。人の能動性や想像力を励起する言葉や動きが、芸術(アート)なのだろう。教育現場こそそれが必要なのだが、そのような講義を創造する努力を怠ってきたのではないか。考えさせられた。

9月23日(日)

冠奨学金を創設して下さった鈴木勝喜さんからのご招待で、合気道部創設60周年記念祝賀会にお邪魔した。体育会に属してはおらず、記録を争ういわゆる「競技」ではないが、OBOGたちの愛情がひときわ強い部であった。世界中に組織があり、稽古場は国際交流の場になっているようだ。

9月21日(金)

三付属校校長と学校長会議を開催した。その後、ロサンゼルス出張の最終打ち合わせをおこなった。

9月20日(木)

HOSEI2030運営会議、学部長会議を開催した。

9月19日(水)

常務理事会、常務理事会懇談会を開催した。

9月18日(火)

ミュージアム開設準備委員会を開催した。独立行政法人大学改革支援・学位授与機構の方々と、12月のシンポジウム打ち合わせをおこなった。

9月15日(土)

秋の学位授与式告辞を日本語で、入学式式辞を英語でおこなった。学位授与式では、日本語のできない卒業生たちには、英文の告辞を配布した。

午後の入学式には約80人の学生が集まった。グローバル教養学部の新入生、学部と大学院の英語学位プログラムの新入生である。これから英語による講義やゼミで学び、卒業していく。総長式辞も学部長、研究科長たちのスピーチも、すべて英語でおこなった。秋入学式は、形式ばらないだけに春よりなごやかで楽し気だ。彼らが卒業するときは、日本語をしっかり学んでいるだろうか?十分な日本語の力を身に着けて、日本企業でも働けるだけの教育をしたい。

9月14日(金)

長野県民新聞による、大学の教育内容についての取材があった。本学の学生が地方各地でフィールドワークを展開していることを紹介した。様々な地方から学生が集まってこそ、地方の面白さと課題とがわかるのである。ぜひ東京の法政大学に来て、日本各地、世界各地の学生と出会ってほしい。

9月13日(木)

日本私立大学連盟による、記者会見がおこなわれた。鎌田薫会長(早稲田大学総長)、長谷山彰副会長(慶應義塾大学塾長)、廣瀬克哉・地方大学の振興と地方創生に関するプロジェクト委員会座長(法政大学常務理事、副学長)、そして私、田中優子・政策研究部門会議座長である。私からは記者たちに「高等教育政策に対する日本私立大学連盟の見解」を説明し、国に対し、私立大学の自主性と特性を尊重する政策を求めた。

9月12日(水)

常務理事会の後、理事会懇談会で予算編成方針の説明をおこない、理事会を開催した。その後、本学校友会新役員との懇談会、懇親会をおこなった。新任の校友会会長、佐々木郁夫会長の主催である。

9月11日(火)

日本私立大学連盟の常務理事会、理事会、新旧常務理事懇親会が開催された。8月にたたき台をまとめ、政策研究部門会議委員と鎌田薫会長(早稲田大学総長)に意見をいただいて改定した「高等教育政策に対する日本私立大学連盟の見解」に対し、この日の常務理事会、理事会で意見をいただいた。さらなる改定をおこなう。

9月10日(月)

本学社会学部・田中優子ゼミ出身で、大学院・国際日本学インスティテュート修了者(学術博士)の内原英聡さん(34歳)が、沖縄県石垣市議に当選した。定数22名で、新人にもかかわらず上位から5番目の当選だった。とても明快で良い演説をする。良い文章を書く。この日は名護市長選もあった。辺野古米軍基地については、名護市では議席を半分ずつ分け合った。一方、米軍基地のない石垣市議選は陸上自衛隊の配備がひとつの争点だった。それも推進派と阻止派が同数だった。内原氏は阻止派である。ただし公明党を入れると与党13名、野党9名の比率で、得票数から言うと100対83ぐらいである。

9月7日(金)

大学基準協会理事会が開催された。基準協会は不公正な入試にも対処せねばならない。

9月6日(木)

台風は去ったが、震度7の北海道胆振地震が起こった。札幌ほか、北海道に滞在中の教員・学生の情報を、学部長、教職員などがすぐに集めてくれた。

9月5日(水)

常務理事会と役員ミーティングを開催した。

9月4日(火)

学内、学外の様々な打ち合わせが予定されていて九段校舎に向かったが、台風で交通機関が動かない。さまざまに迂回して4時間かけてやっとたどり着いた。打ち合わせはキャンセルとなった。

9月3日(月)

本学卒業生組織である一般社団法人法政大学校友会主催の「オール法政ゴルフ大会」が、千葉県のキングフィールズゴルフクラブで開催された。このクラブの経営者は、本学卒業生の鈴木康浩さんだ。毎年、天気にめぐまれる。今年も低気圧と台風のあいまで、終日暑くもなくたまに降るぐらいで、最適な天気だった。皆さんも楽しんだ。