2026年度

鄧 南光(とう なんこう)を通じて法政大学と台湾の関わりを考える

2026年度

 HOSEIミュージアムでは、2026年度春学期企画展示「写真家・鄧南光の視界―台湾から法政大学へ」が行われている。鄧南光は1920年代末から1930年代にかけて法政大学に学び、写真撮影と出会った。彼は帰台後も写真機材店を営みながら撮影を続けたが、太平洋戦争や戦後台湾における政治環境の変化に翻弄された。

 法学部国際政治学科で台湾の地域研究に携わる私は、学部ゼミの学生たちと共に、日本と台湾の近現代史のなかに鄧南光の歩みや法政大学の関わりを位置付けるパネルを作成した。実は、法政大学で学んだ植民地台湾からの内地留学生はそれほど多くない。そうしたなかで、我々は野球を介した法政大学と植民地台湾のつながり、中村哲元総長と台湾のつながりなどにも注目した。

戦後台湾で写真仲間と温泉を楽しむ鄧南光(最前列右端、北埔郷公所提供)

 法政大学野球部は、創部直後から「外地遠征」を積極的に行っていた。今回の展示では、その中でも特に、1918年の台湾遠征が台湾野球史に与えた影響を取り上げた。以前、野球部創部100周年記念展示会でもこの遠征が取り上げられたことはあったが、今回『台湾日日新報』などを改めて調査し、遠征の日程や試合相手、現地の反応などの詳細が分かった。野球を介したもう一つのつながりは、まさに鄧と同時期に法政大学に「野球留学」していた高砂族※の学生たちが、野球部の黄金期を支えていたことである。展示では、兄が日本でプロとなり、弟は戦後台湾野球の発展に貢献した伊藤兄弟を取り上げている。

 1968年から15年にわたり法政大学総長を務めた法学者・中村哲は、植民地時代の台北帝国大学(現在の台湾大学)で教鞭を取りつつ、『民俗台湾』運動などに関わった。引き揚げ後も台湾時代の人脈を維持し、日本の論壇や学内誌などで台湾について論じた。しかし、彼が戦後に台北を再び訪れたのは、35年もの歳月が経った1979年であった。今回、ご遺族が大学に寄贈された史料をお借りし、中村の台湾に関する論考を読むことで、植民地台湾から引き揚げた日本知識人の戦後台湾へのまなざしや心の内を感じ取ることができた。

 このように、今回の企画は単なる写真展示にとどまらず、鄧南光の写真や人生を通じて、日本と台湾の近現代史、大学や社会における自由や多様性についても考えることができるものとなっている。9月からは特別展示という形で拡大開催することになっており、ぜひ、多くの方に足をお運びいただきたい。


(法学部教授 福田円)

1979年にかつての職場であった台湾大学を訪れた中村哲(HOSEIミュージアム提供)

※高砂族…日本統治時代の台湾において、台湾の先住民族(現在の台湾原住民)を総称していた呼称

  HOSEIミュージアム 2026年度特別展示
  台湾人学生がみたモダン都市・東京  ―鄧南光と法政大学の1930年代―
【期間】2026年 9月1日(火)~ 2026年 10月11日(日)
【会場】① ミュージアム・コア(九段北校舎1階)② サテライト市ケ谷(外濠校舎6階)
    ③ 博物館展示室(ボアソナード・タワー14階)④ サテライト市ケ谷(ボアソナード・タワー26階)
※③のみ9月30日まで

制作協力:法政大学 HOSEIミュージアム事務室

(初出:広報誌『HOSEI』2026年8・9月号)