2023年度

社会変革の手引きとなった西欧の貴重書 -大原社会問題研究所によるヨーロッパ文献蒐集事業-

2023年度

ジャン・ジャック・ルソー『社会契約論』、アダム・スミス『諸国民の富(国富論)』、カール・マルクス『資本論』、『共産党宣言』……。

これらの書物は、単に思想書というにとどまらず、当時の人々を実際の社会変革へと導き、議会制民主主義、営業の自由、労使同権など、現代社会に不可欠な諸制度を生み出す原動力となりました。それらの歴史的書物が法政大学にあります。

約100年前の1920年、櫛田 民蔵(くしだ たみぞう)(❶)、久留間 鮫造(くるま さめぞう)、森戸辰男ら若手の研究者が、ヨーロッパの啓蒙主義や社会主義の原書を求め、2カ月の船旅を経てはるばるドイツやイギリスへ渡りました。彼らは、社会事業家かつ倉敷紡績(現・クラボウ)社長であった大原孫三郎により創設された大原社会問題研究所の研究員でした。

彼らは現地の古書店で書物を購入し、研究者・社会運動家と交流を持つことで多くの貴重書を蒐集しました。『資本論』第1部初版(1867年)(❷)は、当時の装丁や広告を残し、マルクスの直筆サインがある貴重なもので、櫛田がベルリンの古書店と懇意になることで購入できました。他にも櫛田は『共産党宣言』(1848年)(❸)をドイツ社会民主党から譲り受けています。久留間は、ロンドンで『諸国民の富(国富論)』(1776 年)(❹)を購入し、社会改良家シドニー・ウェッブから『産業民主制論』の翻訳権を獲得しています。これらの貴重書は1949年に法政大学と大原社会問題研究所が合併したことで、法政大学の誇る財産となりました。

❶ 櫛田 民蔵

  • ❷『資本論』

  • ❸『共産党宣言』


では、当時の若い研究者がはるかヨーロッパの地に赴いてまで洋語文献を求めたのはなぜでしょうか。その理由は、彼らが向かい合う日本の社会問題とそれに取り組む姿勢にありました。資本主義社会が生み出す貧富の格差と階級闘争、スラムと衛生問題。おりしも日本は米騒動によって社会全体が揺らいでいる時でもありました。大原孫三郎と大原社会問題研究所の研究者たちは、西欧が試行錯誤を重ね取り組んできた社会構造の分析と変革を模範として、日本資本主義の諸問題に対処しようとしたのです。歴史的な貴重書からは、入手の努力を惜しまなかった当時の日本の社会事業家や研究者の社会変革への強い意志が見えてきます。

❹『諸国民の富(国富論)』

HOSEIミュージアム ✖ 法政大学大原社会問題研究所
「社会を記録する」
2023年9月1日(金)~2024年4月27日(土)※期間中展示替えあり
HOSEIミュージアム ミュージアム・コア(九段北校舎1階)

制作協力:法政大学 HOSEIミュージアム事務室

(初出:広報誌『HOSEI』2023年10・11月号)