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【法政の研究ブランドvol.22】 実践を通して学ぶ意義とは?世の中の変化に対応するために生きていく力を育む(キャリアデザイン学部キャリアデザイン学科 酒井 理 教授)

  • 2023年04月21日
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東京都庁で働きながら法政大学の夜間大学院MBAへ

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地方で生まれ育った私にとって「東京」は憧れの場所でした。大学進学を機に上京してからは、華やかで楽しい東京の「まち」が一層好きになり、将来はこのまちづくりに携わりたいと卒業後は東京都庁に入庁。民間のダイナミックさにも魅かれましたが、まちをマネジメントしていく行政という役割の方が、いろいろな側面からまちに関与できるだろうと考えたのです。

東京都庁では労働経済局で中小企業の支援の仕事からキャリアがスタート。「東京都商工指導所」という機関で中小企業診断士の資格を持って、中小企業の経営相談に対応する仕事でした。その後は東京都の産業調査や研究の仕事を経て、最後は政策になるかどうか不確かな段階のトライアルプロジェクトを実際にやってみるといったちょっと変わった仕事を担当。東京の農家と青果小売店をつなげ、e-marketplaceで取引できる仕組みづくりにトライアルするなど、地域資源を活用した事業が生まれるプラットフォームづくりを構想する業務に携わっていました。

そんな日々を送るなかで生まれたのが経営への関心。とくに中小企業のサポートを通じ、マーケティングが事業の成否に強く影響することを実感していたので、働きながら法政大学の夜間大学院MBAに通うことを決めました。大型店の出店モデルに関しては研究が進んでいたので、従来のモデルでは説明できないもう少し小さな規模の、カフェやコンビニエンスストアのモデルをつくって売上推計することが研究テーマになりました。

このように修士課程でマーケティングを研究するなかで、統計学を自分のマーケティング研究に組み込んでいくことが重要だと感じるように。そこで博士課程では統計学の研究室に行くことに決め、自分がやってきたマーケティング研究をさらに統計学的に高度化することを進めました。

実践で学ぶからこそ現実社会につなげられる

大学で勉強を重ねるなかで、「教員をやってみないか」と複数から声をかけられたのをきっかけに教育の道に進むことにしました。ただ大学教員に転身したからといって自分のキャリアはまったく分断されておらず、むしろ連続していると感じています。経営の現場、とくに中小企業の経営の現場を理解しつつ理論を学んだ経験は、実践と理論を包含して理解する独自の視点が養われたと考えていますし、ものごとを現場との関連で理解する、課題解決方法などを体得したことで、より効果的に学生たちに学びを提供できていると感じています。

ですから私は授業でもかなり“実践”を意識しています。従来の大学でのマーケティングの学びは、本を読み、あるいは講義を聞いて理論を理解することだったと思います。対して、キャリアデザイン学部でのマーケティングの学びは「実践から始め、理論は走りながら学ぶ」スタイル。実践から学ぶとは、マーケティングの知識だけでは現実のマーケティングの課題が解決しないことを知るということであり、それは実際の課題がどこにあるのかを特定し、解決策を導き出すことにつながります。

たとえば私のゼミでは、2022年夏頃に3年生全員参加の「岡山プロジェクト」を行いました。もともと私自身が岡山県岡山市の商工会議所とつながりがあったのですが、その関連で岡山学芸館高校の校長から、「今、西大寺というエリアがすごく寂しい」という話を聞いたことがプロジェクトのきっかけとなりました。このプロジェクトは学生が5チームに分かれ、市議会議員や商店主、地域住民も集めて西大寺の商店街が抱えている課題について話し合い、学生が解決策を提案するというものです。このように実際に商店街を利用する地域住民の立場からあらゆる意見・知識・情報を集め、話し合うという実践を通して、どこに課題があるのかを特定し、どうすればもっと商店街が発展するのかという解決策を考えていくこと。これこそ、キャリアデザイン学部でマーケティングを学ぶ意義だと考えています。

もちろん知識を究めた専門家の役割も重要です。ただ専門家だけが集まっても何も解決しないという状況を、行政の仕事をしているときに何度も見てきました。意見を適した形でまとめる人がいてこそ、専門知識が活きてくるわけです。俯瞰して見る、意見や知識、情報を統合する、こうした能力を持った人の育成がマーケティングの世界に求められていると実感しました。

キャリアデザイン学部に幅広い科目が用意されているのもそのためです。たとえば現実に何かをマーケティングしようすると、消費者の生活や文化を知らなくてはなりませんし、その人のキャリアへの理解や、個々の人の特性への理解も必要でしょう。消費者を育てるという観点から見ると、教育の知識なども役立ちます。つまりキャリアデザイン学部はそれらを“統合”していく能力を鍛える場所。経営学部とはまったく違った学びになると考えています。

  • ゼミ活動「岡山プロジェクト」の会議の様子

  • 静岡県伊東市の伊東サンライズマリーナでのゼミ集合写真(2016年3月撮影)

キャリア教育とは生きていく力を育むこと

「キャリアデザイン」や「キャリア教育」と聞くと、“就活支援”と捉える人もいるようですが、それは違います。私自身はキャリアデザイン学部の学びもそうですが、キャリア教育とは、「生きていく力を育むこと」だと考えています。これからの社会で求められるのはおそらく、自分で自分をアップデートする力、自分で自分をリ・ファイン、リ・デザインしていく力。そしてその自分をアップデートするときの学びの方法の鍵のひとつが、キャリア教育なのです。

私のように分野が変わることもあるでしょう。自分の意思に関わらず、時代の変遷によってこれまでとは畑違いの職に就くこともあるかもしれません。そんなときに新しいことにチャレンジし、体験を自分の学びにつなげ、課題の解決につなげる、この思考方法を身につけることこそがキャリア教育だと思っています。そのためにどのような学びが必要になってくるのかを、教育者として日々考えています。

変化を支える「変わらない能力」を養ってほしい

今、興味関心があるのがAIやデジタルトランスフォーメーションの分野。AIそのものの性能を上げていく研究も盛んですが、我々がやっているのは、そのAIをどのように社会実装していくのかという研究です。マーケティング研究でも最先端を知ることへの重要度が増しているので、研究スタイルの変化も求められていると思っています。そこで他の大学の教員と連携し、研究チームを発足しました。現在は購買施設において、AIによる応対が消費者の行動にどのような影響を与えるのかを調査しています。アンケートなどではなく、ネットショップなどのリアルなECサイトでデータを集めなくては意味がないので、企業と連携し、実際に販売するなかでデータを集めているところです。

AIやデジタルトランスフォーメーションの分野に触れていて感じるのが、変化のスピードがますます速くなっているということ。社会実装が進む中で、労働市場も流動化していくと考えられます。世の中が激しく変化するなかで生きていくには、変化を支える変わらない本質的な能力が必要。それは世の中の変化に応じて新しい知識や能力を学ぶ力であったり、しっかりと思考できる能力であったり。自分自身で鍛えることはもちろんできますが、私としてはそれを教育の場で教え、育むことに今後もチャレンジしていきます。

  • 日本経営診断学会での発表

  • 翻訳本『デザイン思考の実践』(同友館)の著者デヴィッド・ダン先生との企業インタビューにて

キャリアデザイン学部キャリアデザイン学科 酒井 理 教授

立教大学社会学部産業関係学科卒業、法政大学大学院社会科学研究科経営学専攻博士前期課程修了。東京工業大学社会理工学研究科博士後期課程単位取得満期退学。東京都庁(中小企業経営診断、産業政策立案、産業調査研究に従事)、大阪商業大学講師、准教授などを経て、2012年より現職。2022年9月より、日本経営診断学会会長。専門研究分野はサービス・マーケティング、サービス・マネジメントなど。現在の研究テーマは「AIが日本経済社会に与える影響」「まちのリノベーションを引き起こす疎外要因と誘引要因の解明する研究」など。2008年中小企業研究奨励本賞を受賞。