法政大学では、これからの社会・世界のフロントランナーたる、魅力的で刺激的な研究が日々生み出されています。
本シリーズは、そんな法政ブランドの研究ストーリーを、記事や動画でお伝えしていきます。
私がこれまでに一貫して取り組んできたのは、中国と台湾の関係を検証する現代史研究です。特に、アメリカや日本、アジア周辺の国々がその関係の形成や変化にどう関与してきたのかを、歴史資料に基づき解き明かしています。近年、日本国内でも「台湾有事」という言葉が使われるようになり、注目されている分野だと言えるでしょう。そのため、過去にフォーカスするだけでなく、現在起きている事態を歴史的な文脈から解明する研究も進めています。
現代の中国と台湾の関係は非対称な構造にあります。中国は台湾を自国領土の一部と位置づけ、統一が不可欠だとする立場を示しています。一方、民主化を経た台湾では、自らを中国から独立した存在と捉える意識が高まっています。ただ、かつては交流が断絶していた時期もありましたが、現在の台湾は経済的・社会的には中国と緊密な関係にあります。台湾はこのような現状の維持を望んでいる一方、中国は異なる立場をとっています。増大した経済力・軍事力・国際的影響力を背景に、統一への働きかけをより積極化させているのが現状です。これが両者間の緊張を高める要因となっています。
しかし、現地に足を運び、関係者への聞き取りを行うと、単に緊張が高まっているだけでなく、お互いに複雑な駆け引きを重ねている実態も浮かび上がります。日本はこうした情報を正確に把握し、中国と台湾の双方にそれぞれどのように働きかければ、軍事衝突の回避につながるのかを考えねばなりません。

中国が現状を変えようとする動きが見られる中、彼らがこれまでに日本やアメリカなどをはじめとする諸国と交わしてきた約束や合意の内容が改めて注目されています。民主主義国では通常、約30年が経過してようやく交渉記録などが公文書として公開されます。私は公開された史料を丹念に読み解き、台湾問題について中国と各国、台湾と各国がどのように合意したのか、あるいは合意に至れなかったのかを調べ続けてきました。そうした交渉内容は一般的にはあまり知られておらず、過去の合意をめぐる中国側の解釈や説明が変化しつつある中、「元の内容はどうだったのか」という議論を掘り起こすことが重要だと考えています。例えば、最近の中国政府は、彼らが国連に加入した際に「国連総会は台湾を中国の一部と認めた」という主旨の宣伝をしていますが、これは史実とは異なります。当時、「これから台湾が中国の一部であると積極的に発信しなければならない」と内部で話していた記録もあり、当時の中国の指導者たちは、現在の中国政府の説明とは異なる認識を持っていたことがうかがえます。
私の研究成果は、次のような形で社会に還元されているのではないかと感じています。
一つは、現状に対する客観的かつ多面的な解説です。特に「台湾有事」が報道される中で、過度に高まる危機感に対し、現地の実態や複雑な駆け引きの様子を冷静に伝えることが、専門家としての使命だと捉えています。もう一つは、長年の歴史研究によって、現在の日本と中国・台湾の関係を考える上で欠かせない前提知識を提供できる点です。いずれは、台湾問題をめぐる交渉パターンの研究が、尖閣諸島や南シナ海問題など、他の外交交渉における中国の行動や思考を理解する手がかりにもなることを期待しています。
それから、研究の過程で新たな史実が明らかになる瞬間は、研究者冥利に尽きます。これまでの経験で言えば、かつて北京で中国とフランスの国交正常化交渉の資料を目にしたときのことです。読み進めるうちに、当時の中仏共同声明では詳しく言及されていなかった台湾問題について、中国の指導者たちが文言の挿入を求めていたことが分かってきました。また、フランスと早く合意したいがために共同声明で台湾問題に言及することを断念したのですが、後に「譲歩し過ぎた」と政府内部で反省し、他の国々とは「同じような条件では合意しない」と決めていたことも分かりました。「この発見を論文としていち早くまとめたい」という強い衝動に駆られ、発表した論文はありがたいことに日本国際政治学会の学会賞を受賞しました。外交史の研究はパズルのピースを集めるようなものです。既存の資料に新しいピースをはめ込むことで、今まで見えなかったプロセスが鮮明になります。断片的な情報が一つのパズルとして完成した瞬間の喜びは、何物にも代えられません。
フランスでの外交史料調査も行った
米国での国際会議で各国の研究者や実務家と
私の生まれ育った福岡は、日本の中で最もアジアに近い場所に位置しています。住んでいたまちの海外交流事業で初めて訪れた外国が中国だったこともあり、私にとってアジア諸国は身近な存在でした。そのため、早い時期からいずれはアジアに関わる国際関係の仕事に就きたいと考えていました。具体的な将来像を思い描くようになったのは大学生のときです。大学の先生方が国際政治の多様なテーマについて研究し、語っておられる姿が印象的で、研究者という職業に興味を抱くようになったのです。また、在学中に、外務省とつながりが深いシンクタンク・日本国際問題研究所でインターンシップを経験したことも、大きなきっかけでした。この研究所は「セカンド・トラック」と呼ばれる政府間では難しい対話を補う役割も担っており、研究者の立場からでも国際政治に関わり、国際社会の平和に貢献できると知りました。以来、この道を歩む決意を固め、現在に至ります。
私自身が大学という場所で得た貴重な経験を踏まえ、教育において大切にしている事柄があります。 まず一つ目は、正解のない問いについて議論し、問題を多角的に検討する楽しさを学生に経験してもらうこと。次に二つ目は、多様な見方を紹介すること。私が担当する「中国の政治と外交」では、日本人研究者としての歴史の説明だけでなく、中国共産党が示す歴史観なども随所で紹介し、さまざまな視点に触れられるようにしています。そして三つ目として、特にゼミでは、自衛隊基地見学や日本アセアンセンターなど、学んでいるトピックに関係する場所に足を運ぶ機会を積極的に設けることです。毎年実施している海外研修でも、学生が現地の人々とコミュニケーションを図り、その中で自ら解決したい課題を見出せるように後押ししています。
台湾政治大学留学(博士課程)時の様子
2025年マレーシアでのゼミの研修
国際情勢の変化は研究環境にも影響を及ぼしています。特に中国においては、政治状況の変化により、歴史的資料や公文書の出版や公開が以前よりも難しくなり、情報の入手が困難になりました。しかし、このような状況下でも研究を進めるためにさまざまな工夫を重ねています。例えば、中国の研究者との情報交換の機会を増やしたり、比較的情報公開が進んでいた時代に出版された資料を丹念に調べ直したりしています。加えて、過去にアメリカやオーストラリアの図書館に渡った中国の内部資料を閲覧することにも努めています。いつかまた情報が開示される日が来ることを願い、今できる最善の形で研究を続けています。
昨今では各国指導者の中国や台湾をめぐる発言や政策が誇張された形で報じられ、緊張が過度に高まる状況も見受けられます。だからこそ、冷静かつ多角的な分析を行い、それを適切な言葉で説明することが私たち専門家の責務です。特にこの分野は非常にデリケートで、一見すると些細な表現の違いでも、異なる政治的立場を示すようなことがあります。これまでの研究で得た知見に基づいて、事実を丁寧に解きほぐし、国際社会における相互理解と対話の醸成に貢献したいと考えています。
国際基督教大学教養学部卒業、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了、同後期博士課程単位取得退学。この間、台湾政治大学国際事務学院東亜研究所博士課程へ留学。博士(政策・メディア)。国士舘大学21世紀アジア学部専任講師、同准教授、法政大学法学部准教授を経て、2017年より現職。専攻は東アジア国際政治、現代中国外交、中台関係論。著作に、『中国外交と台湾ー「一つの中国」原則の起源』(慶應義塾出版会義塾大学出版会、2013年)、『入門講義 戦後国際政治史』(共編著、慶應義塾大学出版会、2022年)などがある。