法政大学では、これからの社会・世界のフロントランナーたる、魅力的で刺激的な研究が日々生み出されています。
本シリーズは、そんな法政ブランドの研究ストーリーを、記事や動画でお伝えしていきます。
私の専門領域は、電気電子工学を基盤とした「ナノ光物性工学」です。同分野では、半導体やナノ材料といった物質が光とどのように作用し合うのかを探究し、そのユニークな現象を工学的に応用することを目指しています。
近年、技術の進歩によって、半導体などの様々な物質をナノメートル、すなわち髪の毛の太さの数万分の一という極めて微細なサイズに加工できるようになりました。この原子レベルに近い領域まで材料を操る「ナノ技術」と、それらの電気電子デバイスへの応用との境界線に、私たちの研究室のフロンティアがあります。
もともと本分野に関心を抱いたのは、大学で電気電子工学を専攻していたときのことです。たまたま選んだ研究室で目にした、光と材料の奥深い相互作用に強く魅了されたのです。ちょうど発光ダイオード(LED)などの新しい光技術が世界的に注目され始めた時期でもあり、純粋な探究心と世の中の潮流が重なった瞬間でした。この偶然の出会いに導かれ、今日まで研究者として歩み続けてきました。

私たちの研究に共通しているのは、持続可能な社会の実現につながるものであるということです。安全で環境に優しく、コストや労力を抑えられるテーマに取り組んでいます。特に核となるのが、地球上に豊富に存在する「シリコン(Si)」を応用したナノ材料(量子ドット)の研究です。通常、シリコンは電気を通す性質には優れていても、光を発することには適していません。しかし、これを特殊な手法でナノサイズに微細化すると、まるで魔法のように赤、橙、青といった色に蛍光を発する特性が生まれるのです。
この研究は、主に二つの点から現在の社会課題を解決する力をもっています。
まず一点目は、環境負荷の大幅な低減と安全性です。次世代の発光材料として期待されている半導体量子ドットには、カドミウムや鉛といった人体に有害な重金属が含まれているケースがあります。一方で、シリコンは地球上に豊富に存在し、毒性が極めて低い安全な材料です。この高い安全性は、製品の廃棄時の環境負荷を大幅に減らすだけでなく、バイオイメージング(生体内の構造や機能を画像として可視化する技術)など医療分野への応用にも役立つと考えられます。
次に二点目は、低コストかつ省資源の実現が挙げられます。シリコンは資源として安価で豊富にあり、ナノ構造化(量子ドット化)とすることで簡単に液体中に分散させられるため、既存の塗布型電子デバイスの製造プロセスにおいて既存の材料に「混ぜ込むだけ」で性能を向上できる場合があります。これにより、製造工程を複雑化せずに、製品の生産コストを低く抑えることが可能になります。特に大量生産が求められる電子部品やエネルギー分野において、工数削減と低コスト化に大きく貢献できるでしょう。特に、エネルギー分野では近年注目されている光エネルギーを電気に変換する「ペロブスカイト太陽電池」の発電効率を向上させる研究にも応用可能です。私たちの開発したシリコン量子ドットを添加することで、太陽電池の性能を数パーセント底上げできると実証されました。これは、低コストで高性能な再生可能エネルギー技術の普及を後押しし、SDGsで目指す「クリーンなエネルギー」社会の実現に寄与するものです。
ほかにも、研究室では「低コスト化」と「光と物質の相互作用」を軸に、次世代の光デバイス開発を多角的に進めています。その一例が、「半導体ランダムレーザー」の研究です。これは、ZnO(酸化亜鉛)という安価な半導体のナノ粒子をランダムに配置し、光を閉じ込めて発振させる技術です。既存のレーザーよりも製造が簡単で、低コストで実現でき、光の干渉効果を意図的に弱めて像をクリアに見せることができる点を特徴として持ちます。また低コスト性と光閉じ込め効果を生かした簡易光センサーなどへの応用も期待できるのではとも考えています。
また、光と電気信号の境界面を研究する「プラズモニクス発光制御」も重要なテーマです。これは、金属ナノ構造や金属界面がもつ特殊な光の振動(プラズモン)を利用して、半導体などの発光材料の発光強度は放射特性を劇的に改善する技術です。情報を高速でやり取りする光通信技術のブレイクスルーにつながると考えており、半導体量子ドットや半導体ランダムレーザーに関する研究への応用を模索しています。
光学実験器具の調整の様子
シリコン量子ドットの発光の様子(量子ドット発光溶液手前の円形材料はナノサイズ微細化前のシリコンウエハー)
研究においてやりがいを感じるのは、「これまで不可能とされてきたこと」を自分の手で可能にする瞬間です。本来光らないはずのありふれた材料が、ナノ加工という技術によって鮮やかに光を放つようになる。この物理現象の神秘を解き明かし、異分野の知識を統合して新しい価値を生み出す過程には探究心がかき立てられます。また、私たちが開発した「光る材料」が、医療やエネルギーなど異なる専門分野の研究者や企業のアイデアと結びつき、社会の思わぬ場面で役立つことにも達成感を覚えます。
教育者としての喜びは、学生の成長を間近で見届けられることです。私は、大学で研究を行う最大の価値は「未来を担う若い人々の才能を開花させることにある」と考えています。最初は消極的だった学生が、与えられたテーマに真剣に取り組むうちに研究の面白さに目覚め、まるで別人のように生き生きと学会発表に挑むようになるケースも珍しくありません。問題に真っ向からぶつかり、周囲の助けを得ながら自らの力で困難を乗り越える――。その過程で論理的思考力や責任感を身に付け、大きく成長していく姿に触れるたび、深く感動します。
本学では、3年次という比較的早い段階から研究室に所属できるため、学生はじっくりと研究に向き合うことができます。技術の習得に時間がかかる理工学分野において、これは非常に恵まれた環境であると言えるでしょう。自律性を尊重する自由な校風の下、社会で通用する普遍的な力を身に付け、次のステップへと羽ばたいてくれることは喜びであり、教員としての誇りでもあります。
研究室での授業の様子
2025年に学内で開催された研究会での学生発表の様子
今後の目標は、開発してきたナノ材料光技術を、より社会に役立つ形で「実装」することです。
直近では、現在研究中の半導体ランダムレーザーを応用した光センサーを、他の研究機関との共同研究を通じて、実用性の高い製品として世の中に送り出そうと試みています。また、安全性と低コストを両立させたシリコンベースの発光デバイスや、発電効率を向上させた太陽電池を市場に提供することも、工学研究者としての大きな使命であると考えています。
低エネルギー、ローコスト、そして安全という側面から、全ての人々が安心して暮らせる社会の基盤づくりに貢献できれば、これほどうれしいことはありません。特に、毒性フリーのナノ材料は、医療診断分野をはじめ、生活に密着したさまざまな製品に革新をもたらす可能性を秘めています。
加えて、指導した学生たちが、社会の幅広い分野でイノベーターとして活躍する未来も思い描いています。研究を通して身に付けた思考力、そして社会課題に挑戦する姿勢は、工学に限らずあらゆるフィールドで活躍できる素地となるでしょう。一人ひとりの力では解決しがたい課題でも、彼らが力を合わせることで改善・解決に向かうはずです。私の研究と教育が、明るい未来を切り開く次世代のリーダーを輩出する一助となれば幸いです。
神戸大学工学部電気電子工学科卒業、神戸大学大学院自然科学研究科電子・情報学専攻博士課程修了。博士(理学)。群馬大学大学院工学研究科助教などを経て、2017年4月より法政大学理工学部電気電子工学科准教授、2020年4月より現職。主な研究分野は、ナノ光物性工学。主な研究テーマは、次世代発光デバイスへの応用に向けた半導体ナノ材料、ランダムレーザー、プラズモニクス発光制御など。論文に「Multicolor Band-Edge Electrochemiluminescence of Colloidal Silicon Quantum Dots from Thin-Layer Cell, ACS Applied Optical Materials 3, 178 (2025)」、「Electrical modulation of random lasing emission from ZnO nanopowder and liquid crystal hybrid polymer film, ACS Applied Optical Materials 2, 466 (2024)」など。