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2023年入学式 廣瀬克哉総長 式辞

  • 2023年04月03日
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新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。総長の廣瀬克哉です。法政大学へようこそ。ご列席、またインターネットでご視聴されているご家族の皆様にも心よりお祝い申し上げます。

この春高等学校を卒業して大学に入学されるみなさんは、高校生活3年間をコロナ禍のなかで過ごしてきた学年にあたります。高校時代にはさまざまな面で学校生活に制約があり、期待していたような活動を思う存分できなかった面があることと思います。そんな制約の多い環境の中で進路を選択し、いま法政大学に入学する機会を獲得された皆さんに敬意を表するとともに、みなさんを大学の一員として迎えることを心から歓迎し、これから始まる学生生活で、みなさんが思い描いている学生生活を送っていけるよう、全力で応援したいと思います。

さて、法政大学には「自由を生き抜く実践知」というタイトルをもつ、大学憲章があります。創立以来の大学の歴史の中でかたちづくられてきた大学のアイデンティティーを、あらためて文章化し、学生、教職員、卒業生等の法政大学関係者の間で広く共有していこうとするものです。法政大学は、今から143年前の1880年に、当時まだ20歳代だった3人の若者を中心に、日本で最初の私立法律学校として始まりました。明治維新からしばらくの時間が経過していましたが、まだ日本には憲法も民法もできていませんでした。必要な法律を制定して、人の権利が法制度によって守られる社会をつくっていくことが求められていたのです。その課題を解決していくためには、近代的な法制度を使いこなせる人材が社会の中に必要だと、若き法政大学の創立者たちは考えました。そのために、自分たちで法律の学校をつくったのです。

3人の若者たちは、幕末から明治維新の時期に、フランス語やフランスの法律学を学ぶ経験をもっており、当時日本政府の法律顧問としてフランスから招聘されていたボアソナード博士と縁がありました。そのボアソナード博士にも授業を担当してもらい、当時最先端の法律学を学ぶことのできる場を、自分たちの手でつくったのです。当時まだ、日本には私立大学という仕組みはありませんでした。私立大学のみならず、近代的な学校制度そのものがまだまだ構築されていく途上にある時代でした。大学という高等教育の制度があって、それに沿って学校をつくったわけではないのです。社会が法学教育を必要としていると考えた若者たちが、その課題に応えるための場をまずつくったのです。最初の私立法律学校だったということは、先に存在しているモデルが存在したわけでもなく、定められた手続があったわけでもない、ということです。ボアソナード博士との関係など、自分たちに活用できる手段をフルに使って、オリジナルの課題解決策を自分たちの手で作りだしたのです。

この法律学校が、その後やがて整備されてきた学校制度に沿い、やがて私立大学という位置づけの、大規模な総合大学へと発展して今日に至ります。いま法政大学は、現代の大学として、学校教育法や私立学校法などの法制度に則って設置、運営されている大学ですが、制度があるからそれを受けて学校が始まったのではなく、社会が必要とする教育の場がまだ存在しなかったから、それをつくったということが原点にあることを、自分たちのアイデンティティーとして大切にしていきたいと考えています。その歴史のエッセンスを短い言葉の中に表現し、未来に向けてどんな大学でありたいかと述べた文章が、大学憲章「自由を生き抜く実践知」なのです。

さて、いまコロナ禍がようやく一定の収束をみせつつある中で、社会のあり方はひとつの曲がり角に差し掛かっています。「ポストコロナ」と呼ばれています。その内容はあらかじめ定まっているわけではありません。2019年までの、コロナ前の社会や、大学のあり方に単純に「戻る」というわけではありません。コロナ禍では制約を受け、失ったこともたくさんありましたが、失ったものだけではありません。大学も社会も、さまざまな発見をする機会がありました。

たとえばオンラインによるコミュニケーションの手段が広く社会に普及しました。コロナ前までも、インターネットを通して遠隔地と会議をする手段は存在していましたし、法政大学にもそういう会議を行える設備は存在していましたが、学内の特定のホールと、連携している他大学の講堂をつないで、記念式典を行う、といった使い方が一般的でした。しかし今では、学内のすべての教室でweb会議システムが使えます。海外の大学の教室とつないで合同ゼミを行ったり、創立者の出身地大分県杵築市の地場産業の方々とつないで地域活性化策についてディスカッションをしたりすることが、今では普通のこととなりました。実際に海外の大学を訪問することがようやく再開できそうですが、それを再開したからといって、事前の打ち合わせや、事後の報告会などのためにオンラインでのコミュニケーションをとることの意義が失われたわけではありません。

また、コロナ前と同じく教室で授業を行う時にも、元通りの授業をやっているわけではありません。コロナの後、教室で授業を再開したときに、誰からともなく自然に「せっかく教室に集まれるのだから、その貴重な機会を活かさないと勿体ない」という声が出てきました。コロナ前まで教室に集まれることは当たり前でしたから、それを「貴重な機会」ととらえて、対面で集まっていることの可能性をフルに活かさないと勿体ないという感覚を、私たちは持っていませんでした。今では、集まれることをどう活かせば良いかという課題意識が広く共有されています。

課題意識があっても、あらかじめ定まった「正解」があるわけではありません。教室に集まれていることの可能性を、どの程度実際に活かすことができているかは、正直なところ、まだまだだと思います。しかし、課題は共有できていると思います。解決策は、自分たちの手で創意工夫しながら、徐々につくっていけば良いのだと思います。大学というのは、先生があらかじめ正解を知っていて、それを学生に教えるという場ではありません。これからの大学のあるべき姿を、教職員もまだ知りません。社会全体が新しいあり方を模索していく時期に、大学の未来をともにつくっていく。そんな機会がみなさんを含む大学の構成員の前にあるのです。模索しながら、新しいものをつくり上げていくことには、苦労もともないますが、とてもやり甲斐のある、ワクワクするようなことでもあります。その活動の仲間として、いまここに皆さんを迎え、これからの法政大学の活動をともに展開して行くことを、心から楽しみにしています。

(以上)