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卒業生インタビュー:須永農園代表 須永 真一郎さん

  • 2022年07月27日
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プロフィール

須永 真一郎(Sunaga Shinichiro)さん

1974年埼玉県生まれ。通信教育部経済学部商業学科に入学。1996年に卒業後、家業の育苗に携わり、現在はレストラン向けの野菜栽培も手掛ける。2022年5月にキユーピー株式会社が開業する「深谷テラス ヤサイな仲間たちファーム」では苗を提供する他、アドバイスも行っている。

野菜にもダイバーシティがあっていい そんな新しい農業スタイルを探究していきたい

江戸時代から16代続く家業に就農し、10年ほど前からレストランの契約農家として、多種多様な野菜やハーブを栽培している須永真一郎さん。シェフの求める野菜を作るには、育苗で培ったノウハウに加えて、農業以外の分野の知識、そしてそれらを生かせる発想力が重要だと言います。

個性のある野菜を提供し、シェフの可能性を広げる

種から育てた野菜や花の苗をホームセンターなどに出荷する育苗農家を継ぎ、10年ほど前からフランス料理店などに向けた野菜栽培も手掛けています。現在契約しているレストランは十数件で、メニュー構成やシェフの好みもさまざまですし、リクエストがあったらすぐ対応できるように野菜やハーブ、エディブルフラワー(食用花)などの種類を増やしていくうちに、300品種ほどになりました。日本でも有数の「超多品目超少量栽培」だと思います。

栽培も手掛けるようになったのは、おいしくない野菜が増えている状況に疑問を感じたからです。例えばほうれん草は、葉茎がしっかりしているものが出回っていますが、それは作業性や出荷後の日持ちを優先した品種。私がおいしいと思う品種は、葉が柔らかいため扱いにくく、市場に出回らなくなってしまいました。

レストラン向けの野菜は、「そのまま食べて甘くておいしい」という野菜のように収穫時が完成ではなく、シェフが手を加えて完成形となります。だから、見た目や味が「規格外」の野菜がシェフの創造力をかき立てる素材になることもあれば、シェフの方からサイズを細かくリクエストしてくることも。あちらが料理のアーティストならこちらは野菜のクリエーターという意識で、通常の農家では対応できないオーダーメードの野菜作りに取り組んでいます。

レストラン用野菜の一部。夕方に出荷されたものが、翌日のランチやディナーで提供される

レストラン用野菜の一部。夕方に出荷されたものが、翌日のランチやディナーで提供される

仕事に勉強、資格試験、習い事……多くをインプットした10〜20代

高校卒業時には、農業が手伝いから仕事になりつつありました。当時は農業が「3K」などと言われ、引け目を感じる時代で、家業を継ぐにしても、他の仕事に就くにしても多くのことを学んでおきたいと考え、自分で時間を組み立てられる通信教育部で学ぶことにしました。農業は外部とのつながりが少ないので、人間関係も築いておきたかったですし、仕事相手と対等に渡り合えるように「大学卒業」という肩書きが欲しいという思いもありました。

どの職業にも関係しそうな流通や社会構造、マーケティングの科目を積極的に学び、市ケ谷キャンパスでのスクーリングでは社会人学生と共にグループワークを経験しました。自分のプラスになりそうなものは何でもやってみようと思い、大学の学費の負担も少なかったので、学外のビジネスセミナーやワークショップにも積極的に参加し、資格試験にも挑戦してみました。

農業に就くことを先生方に相談すると「15年先には良くなるよ」といった肯定的な意見を頂くことも多く、将来への不安が解消されていきました。

生き物を相手にする農業は、正解のない仕事。経験も必要ですが、柔軟な発想力やバランス感覚も欠かせません。その意味では、10〜20代のうちにインプットした知識や経験、人脈が今につながっていると感じています。

300品種の栽培場所と状況は全て須永さんの頭の中。朝から晩まで一日中、見回りと作業が続く

300品種の栽培場所と状況は全て須永さんの頭の中。朝から晩まで一日中、見回りと作業が続く

新しいことに失敗はつきもの解決案は失敗や無駄から生まれる

栽培している野菜の多くは、日本では見慣れない西洋野菜です。以前イタリアの農家も見学しましたが、量産型の栽培と同じやり方はできませんし、気候も違うので、技術は自分が実験台となって編み出していくしかありません。美容院でシャギーカットの手さばきを目にして、「あの細かい葉っぱを効率良く切るのに使えそう」と試してみたら、うまくいったこともあります。

とはいえ、新しいことに失敗はつきもので、私も10個試すうち、9個は失敗です。もちろんビジネスですから、自然災害など不測の事態にも対応するためのリスク管理として、ハウス栽培と露地栽培の二本立てにしていますが、ためらっていたら次のチャンスは1年先になってしまうので、違うやり方も次々に試していかなければなりません。少し無理をして、やるべきことの余白で遊んだり実験したりしていれば、大半は無駄に終わるけれど、ごくたまに発見があるものです。

ニッチなスタイルを新規就農の一つのロールモデルに

これまでに何人かの若者が、野菜作りや多品種栽培を学びたいとやって来ました。共通しているのは、自分は知識があるから失敗しないと思い込んでいること。そのため、現場でうまくいかないと落ち込み、自分には向いていないと決めつけてしまう人もいて、残念だなと思っています。

関心があることは、十分な知識があるかどうかに関係なく、ぜひ現場に出て、実際にやってみてください。学生のうちから失敗やミスを経験しておけば、大事なことに着手するときや、責任ある立場となる頃には、十分な回復力や対応力が身に付いているはずです。

農業は、高齢化や後継者不足、温暖化への対応という問題がある一方で、土地取得や初期投資など新規就農のハードルが高いため、スタイルを多様化させていく必要があります。栽培技術と提携先があれば、狭い土地でも、場合によっては海外でもやっていける。

そうした私のニッチなスタイルが一つのロールモデルとなるように、これからも好奇心と向上心を失わず、作る人、食べる人に喜んでもらえる野菜を作り続けていきます。 

 

(初出:広報誌『法政』2022年5月号)