京都先端科学大学バイオ環境学部の森山太介講師、髙原千尋研究員、清水伸泰教授、および法政大学自然科学センター・国際文化学部の島野智之教授らの共同研究グループは、日本国内のササラダニ類から新規のシアン化合物である「マンデロニトリルオクタノエート」を発見しました。本研究成果は、2026年9月8日付で学術誌「Journal of Natural Products」に掲載されました。

自然界において、節足動物の多くは外敵から身を守るために、特化した分泌腺から毒性や忌避性のある独特の防御物質を放出します。カメムシの強烈な匂いや、ヤスデが分泌する多様な防御物質などがその代表例です。我々の身近な土壌や樹皮などに生息する微小節足動物で、生態系で分解者としての役割を持つ土壌動物の仲間であるササラダニ類 (ササラダニ亜目) も、その多くが分泌腺を持ち、テルペン類やアルカロイドなど様々な防御物質を分泌することが知られています。過去には、中米のヤドクガエルが持つ強力な毒 (プミリオトキシンなどのアルカロイド) の主要な起源が、実は餌として食べているササラダニ類であることが判明し、大きな話題を呼びました。また、タテイレコダニ科のダニからはハムシと同じ防御物質(クリソメリジアール)も見つかっています。最近では、イモリがもつ猛毒のテトロドトキシン(フグ毒)もササラダニ類から見つかりました。
2017年、ドイツなどの研究グループにより、コイタダニ科の一種 Oribatula tibialis (ササラダニ亜目)から初めて、シアン化合物としてマンデロニトリルヘキサノエート(MNH)が検出されました。Oribatula tibialisは物理的な刺激を与えると猛毒のシアン化水素 (HCN) を放出することが示唆されていました。しかし、その研究においてもササラダニ類からHCNそのものを直接検出したわけではないため、その生成メカニズムも謎に包まれていました。
今回、京都先端科学大学バイオ環境学部の森山太介講師、髙原千尋研究員、清水伸泰教授、および法政大学自然科学センター・国際文化学部の島野智之教授の共同研究グループは、日本国内のササラダニを対象に詳細な調査を行いました。研究チームは、京都府亀岡市(亀岡運動公園およびガレリアかめおか)のケヤキの樹皮からセンダンササラダニを採集しました。また、兵庫県伊丹市(伊丹市昆虫館)の屋上と富山県富山市の路上のコケからサカモリコイタダニを採集し、それぞれの分泌物をガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)で解析しました。
その結果、兵庫県産と富山県産のサカモリコイタダニ(コイタダニ科) Oribatula sakamorii からは、先行研究と同様のMNHが検出されました。さらに驚くべきことに、京都府産のセンダンササラダニ Phauloppia adjecta と富山県産のサカモリコイタダニからは、これまで自然界から発見されたことのない新規のシアン化合物の存在がマススペクトルから示唆されました。研究チームはこの物質を有機合成によって調製し、天然物と一致することを確認して、これが新規化合物「マンデロニトリルオクタノエート (MNO)」であることを突き止めました。また、キラルカラムを用いたガスクロマトグラフィー(キラルGC)という詳細な分析手法を用いた結果、これらのササラダニが持つシアン化合物は、ヤスデ類が持つ防御物質と同じ立体構造である (R)-体 であることが判明しました。
HCNは非常に毒性が強いため、生物は安全な前駆体の形で体内に貯蔵し、必要な時にだけHCNを発生させる仕組みを持っています。植物は青酸配糖体として、ヤスデ類はマンデロニトリルとして貯蔵しますが、ササラダニ類はこれを脂肪酸エステル(MNHやMNO)の形で蓄えていることになります。
研究チームは、ササラダニから実際にHCNが放出されていることを証明するため、微量のHCNに反応して呈色する「ピクリン酸紙」を用いた吸光光度法を応用し、独自の定量系を開発しました。この手法を用いて、センダンササラダニをすりつぶした(破砕した)ところ、明確にHCNが検出されました。これにより、ササラダニが外敵からの刺激(物理的な刺激)によってHCNそのものを放出することが、世界で初めて定量的に証明されました。これまで節足動物全体では昆虫類や多足類(ヤスデ類)では報告されていましたが、鋏角類(クモやダニの仲間)では初めてHCNそのものが虫体から検出されたことになります。
次に浮かび上がった疑問は、「ササラダニはどのようにして前駆体からHCNを生成しているのか?」という点です。オビヤスデ目の場合、分泌腺の中に前駆体を蓄える貯蔵嚢と、酵素反応を起こす反応室の2つの部屋があり、危険を感じるとこれらが混ざり合ってHCNに分解されるメカニズムを持っています。一方、これまでのササラダニの先行研究では、水による単なる「加水分解」によって生成されると推察されていました。
この謎を解明するため、研究チームはセンダンササラダニが持つMNOを用いて検証を行いました。まず、加水分解の検証としてpH 3〜8に調整した緩衝液にMNOを加えたところ、予想に反してHCNはほとんど検出されず、加水分解は認められませんでした。そこで、センダンササラダニを300個体以上集め、スクロース入り緩衝液ですりつぶして抽出した粗酵素液を調製し、これにMNOを加えて反応させました。すると、ピクリン酸紙法によってHCNが検出されました。
この結果から、ササラダニが放出するHCNは、単なる加水分解ではなく、ダニ自身の体内に存在する酵素による分解反応によって生成されていることが明らかになりました。外敵に捕食されて傷つくことで体液中の酵素と分泌物が混ざり合い、猛毒のHCNを発生させることで、周囲の仲間を捕食から守っている可能性が示唆されます。微小なダニの高度で緻密な化学防御の仕組みが浮き彫りになったと言えます。一連の分解反応から、まずエステラーゼによってエステル結合が加水分解されてシアノヒドリン(マンデロニトリル)が生じ、続いてヒドロキシニトリルリアーゼの作用によりHCNが放出されるという、これまでに報告例のない2段階の酵素的分解メカニズムが想定されます。
現在の医農薬の製造ではシアン化合物を応用し、有用な生理活性を持つ化合物が多数開発されています。存在が示された本酵素を今後特定できれば、医薬品中間体として有用なシアン化合物の供給の産業的効率化に貢献することが期待されます。
【研究体制(共同研究グループ)】
京都先端科学大学 バイオ環境学部
・森山 太介(講師)
・髙原 千尋(研究員)
・清水 伸泰(教授)
法政大学 自然科学センター・国際文化学部
・島野 智之(教授)
【論文情報】
著者:Daisuke Moriyama, Chihiro Takahara, Satoshi Shimano, and Nobuhiro Shimizu
論文名:Enzymatic Hydrogen Cyanide Release from Mandelonitrile Esters in Oribatid Mites
掲載誌:Journal of Natural Products
公開日:2026年9月8日
URL:https://doi.org/10.1021/acs.jnatprod.6c00671
DOI:10.1021/acs.jnatprod.6c00671
【本件に関するお問い合わせ】
<研究に関すること>
京都先端科学大学 バイオ環境学部 教授 清水 伸泰
E-mail: shimizu.nobuhiro@kuas.ac.jp
法政大学自然科学センター・国際文化学部 教授 島野 智之
E-mail: sim@hosei.ac.jp
<取材に関すること>
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法政大学総長室広報課
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