お知らせ

社会を支える基盤集団・家族 「親の発達」を科学的に促進する

  • 2016年10月11日
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法政大学 キャリアデザイン学部 キャリアデザイン学科
斎藤 嘉孝 教授


「勉強しなさい」と言うより本を読んでいる姿を見せる、「お手伝いをしなさい」と叱るより自ら家族に協力して見せる ——。 わかっているようで理論的な説明が難しいこの非コミュニケーションによる子どもへの影響について、科学的分析を進めているのが、家族社会学が専門の斎藤嘉孝教授です。

親が発達するための「ペアレンティング・プログラム」とは

斎藤教授が研究しているのは、ペアレンティング・プログラムと呼ばれる手法。英語で親を表す「ペアレント(Parent)」に進行形「ing」をつけ、日本ではときに「親業」とも訳されます。

「ペアレンティングは、しつけをより緩やかにした概念だと想像していただくとわかりやすいかもしれません。しつけが意識的に行う教育や指導であるのに対し、ペアレンティングは親の振る舞いのほか、好きな音楽や持ち物など、子どもに影響する親の言動や生活習慣の総体で、“無自覚なコミュニケーション”とも言えます」と斎藤教授。

その概念に基づいたペアレンティング・プログラムは、特にアメリカで発達した、親自身が“発達”するための学習手法。貧困やDV(家庭内暴力)、児童虐待など課題を抱える家庭において、親が子への声掛けの仕方や心がけのコツなどの学びを取り入れることで、親子関係が改善されたかを統計的に調査していきます。

「この手法の最も注目すべき点は、その有用性です。“学習”と言うと仰々しくとらえられてしまうかもしれませんが、米国における感覚としては“トレイナーから20分の指導を受けて、シュート率が上がった”という程度。その手軽さにも関わらず、結果は子どもの成績に顕著に表れることもありますし、家族の関係性の再構築にもつながります。そしてこのプログラムは、今の日本でも実践が必要とされている取り組みだと感じています。

核家族化が進み、子どもが生まれて初めて幼い子と接する人も少なくない中、近年では妻以上に家事・育児をこなす“イクメン”がメディアでもてはやされています。しかし、世界的に見ても就業時間が長い日本のビジネスマンにとって、それはかなりハードルが高いものです。それよりは、家族の経済的支柱として仕事をこなしながらも、可能な限りの家事や子供の世話をして妻を支えるのが現実的な男性像ではないでしょうか。“ちょっとした手伝い”であっても、その姿勢こそが子どもに重要な影響を与え、また、今どきの女性、つまり奥さんがたにとっても希望の姿に近い形であるように感じられます」

2児の父親でもある斎藤教授。「研究者の立場からも、自分の家族に対してペアレンティング・プログラムの手法を可能であれば取り入れようと思うこともあります。でも、実際に駄々をこねる子どもを前にすると、そううまくはいかないものですね」と笑います。

アメリカで学んだ、合理的な社会学研究

学術的かつ実践的にペアレンティング・プログラムの研究を進める斎藤教授。「家族社会学の分野で研究していると、幼少期に育った家族で特別な経験をしたのではないかと質問されることがたまにありますが、私自身はごく一般的な家庭で生まれ育ちました。特徴的なことを敢えて挙げるとすると、男3人兄弟だった、ということくらいでしょうか。米国のシステマチックな学びに対するあこがれもあり、大学院修士課程終了後にペンシルベニア州立大学大学院に進学しました。そこでの経験が今にかなりつながっています」と、研究の契機を振り返ります。

“社会学とは人間関係で世の中を分析すること”と捉える斎藤教授。「心理学は個人的趣向を、経済学は合理的行動をとらえるとすれば、その一方で、社会学は“研究者の数だけ社会学がある”と言われる学問分野です。しかし、米国では知識を効果的に使う“Application of Knowledge”の概念が浸透し、大学院時代の私の指導教授が社会学の研究手法を用いて、家族問題や社会問題の解決に一石を投じていました。その教授が、ペアレンティング・プログラムの実践者かつ研究者です」

米国での経験は、現在の自らの研究姿勢をも築いた、という斎藤教授。「研究者は批評家ではありません。他の研究者によるそれまでの研究を踏まえた上で自分の視点を築き、データを収集・分析し、理論的な論証を掲げて自分なりの知見を示す。そしてさらにその知見を用い、社会をより良くするために研究を発展させていくのが研究者の役割だと思っています」

ペアレンティング・プログラムの国内実践に向けて

2009年に一般読者から専門家まで、幅広い層で話題となった『親になれない親たち』(新曜社)。超長期的な社会基盤構築にもつながる子どもへの教育において、人が親として“発達”する重要性を論証した一冊です。現在、斎藤教授はペアレンティング・プログラム実践に向けた次なる取り組みとして、全国の親向けの学習会に関する調査を手掛けています。

「全国約1700の教育委員会と市区町村部署へのアンケート調査を実施し、各地で行われている親向けの学習会の頻度や内容について調べています。教育委員会と言うと学校教育を想像する方が多いと思いますが、親向けの学習に対する取り組みも行うことが法律で定められています。妊娠した女性向けの母親学級もその一例です。

以前の調査では母親学級が中心でしたが、今回は父親・母親・祖父母・小中高生と4ジャンルに拡大しています。3月時点の調査結果で父親向け講座は約360。多いと見るか少ないと見るかは個々の価値観で異なると思いますが、調査を通して感じるのは、自治体による運営の可能性と限界です。妊娠中の女性も含め、子育て中の女性に対する企業のサポートが増えているように、子どもの有無に限らず、企業で男性向けの講座が開けないかと考えます。安定した家族を築いていくためには当然ながら父親の役目も重要です。企業や男性社会人を含めた社会全体が子育てに向き合っていくことによって、社会は変えられると考えています。またそれは、男女ともに個々人のキャリア形成にも大きな影響を及ぼしうると思います。学生たちにも、家族に向き合うことでのキャリア形成を視野に入れてほしいですね。

今回出す調査結果もより幅広い方に手に取っていただき、家族のあり方を改めて考えるきっかけにしていただけたら嬉しいです」

家族・親子関係・夫婦関係……わかっているようで意外に掴みどころのないものを、学術的手法によって分析し、そして、社会に提言していく、そんなことを今は追求しています。

  • 【写真左】研究内容を一般読者にもわかりやすく解説することで、斎藤教授はより良い社会の実現に向けた提言を続けている
  • 【写真右】子育てを地域の枠組みで取り組む重要性を論説。教育のみならず、地域づくりや福祉の観点からも参考になる一冊

斎藤 嘉孝(さいとう よしたか)教授

法政大学 キャリアデザイン学部 キャリアデザイン学科
1972年 群馬県桐生市生まれ

慶応義塾大学文学部卒業。1997年同大学院社会学研究科修士課程修了。2003年米国ペンシルベニア州立大学(Pennsylvania State University)大学院博士課程修了。Ph.D.(社会学)。国際医療福祉大学、西武文理大学などを経て、2011年4月から本学キャリアデザイン学部准教授、2015年4月から現職。日本世代間交流協会や埼玉県社会教育審議会などの各種委員も務める。

主な著書に『親になれない親たち—子ども時代の原体験と、親発達の準備教育』(新曜社)、『子どもを伸ばす世代間交流—子どもをあらゆる世代とすごさせよう』(勉誠出版)、『社会福祉調査—企画・実施の基礎知識とコツ』(新曜社)などがある。