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120年ぶりの民法改正で信義則に沿った現代化と明確化に尽力 ~ BUSHIDO Civil Code ~

  • 2016年10月11日
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法政大学 法科大学院
高須 順一 教授


「現代化」と「明確化(分かりやすさ)」へ向け、実に120年ぶりとなる民法債権法の改正が2015年3月に閣議決定され、現在、国会審議中です。そのために、2009年に設置された法務省法制審議会民法(債権関係)部会で幹事の一人を務めたのが、弁護士で本学法科大学院の高須順一教授です。

「民法は売買契約や賃貸契約などに関する規定も多いことから“商いの法”と言うべき規律をたくさん含んでいます。債権関係に関する規定はその中心部分です。そこで、部会の委員、幹事の中には、この商いの法としての性格を重視し、世界的な競争に日本企業が打ち勝てるような債権法整備の必要性を訴える人もいました。しかし、それで幸せな社会は築けるでしょうか。民法は“民(たみ)の法”です」

諸外国と比べても信義誠実の原則——権利行使などの事象において当事者同士は相互に信頼を裏切らないように行動すべしとする、いわゆる「信義則」の要素が強い日本の民法。高須教授はかねてから「欧米の中でも英米法とドイツ、フランス、スペインなどのEU法が分かれているのだから、日本法にも日本法の選択があってもいいのではないか」と指摘し、それを体現した法律を、新渡戸稲造が日本人の倫理観・道徳観を表した『BUSHIDO(武士道)』になぞらえて“BUSHIDO Civil Code”として提案。今回の審議も「弁護士だから、というのも変な言い方かもしれませんが、“民のため”になるような法を作るべきという姿勢で臨みました」と話します。

  • 法制審議会開始直後に書かれた一冊。 高須教授が唱える“BUSHIDO Civil Code”について詳しく知ることができる

99回もの審議に及んだ大議論

日本民法の価値をどこまで大切にするか——。「審議の過程において大きな議論になったのが『帰責事由』という用語を残すか否かでした」と、高須教授は5年に及んだ審議を振り返ります。

「例えば、約束は守れない時もありますよね。大震災が起こった際、被災地に送られる予定だった荷物が届かなかったとしても『約束通り届けなかったんだから損害賠償だ』とは、常識的に言わないと思います。しかし、もし地元自治体がセキュリティ会社などとの間で、『緊急時にライフラインが途絶した場合は緊急援助で食料等を運んでもらう』という契約をしていたとすると、それは何としても届けなければなりません。

これまで損害賠償責任を問う場合、責めに帰すべき事由(帰責事由)があるか否かの判断がポイントとなり、その判断は裁判官に委ねられていました。これに対し、時代とともに社会システムが変化し、民法も現代化と共に明確化を図る必要があるのではないか、という話の中で、経済活動を活発化させるためにも帰責事由の要件を放棄して、より明確な基準に変えるべきではないかという意見があったのです」

損害賠償を負う/負わないの判断にかかる「責めに帰すべき」という表現を変えることは、結局、権利・義務を「引き受けたか否か」について契約書にどのような記載があるかという点に帰着。「契約書の記載がポイントになるような社会が、幸せな社会とは思えなかった」と語気を強め、次のように説明します。

「現代の社会は約款取引が日常になっていて、電車で通勤・通学するにも鉄道会社との約款で規律され、会社で働くにも就業規則があり、携帯電話を使用するにも約款に従う必要があります。それらのルールの中身に、どのくらいの人が精通しているでしょうか。大企業は専門家を用意し詳細な契約書を作れるかもしれませんが、中小企業や個人消費者はそのようなものは作れない。契約書を作ったとしても大企業と対峙できるのか。力のある人ばかりが得をし、力を持っていない人は窮地に追い込まれる可能性もあるのです。行き過ぎた取引社会を抑えるのも民法の役割です。『帰責事由』を残し社会の代表格である裁判官が個々のケースで判断する方が、日本人が求める社会として相応しいのではないか、と考え主張しました」

法曹などの専門家のほか、日本経済団体連合会や全国銀行協会などさまざまな立場の人が参画し、全会一致を持って審議が成立する法制審議会。高須教授は同じ立場の委員とともに論陣を張り、「帰責事由」は引き続き維持する方向で意見の一致を見ました。

「元々あったものを残しただけなので『頑張りました』と言っても認めてもらいにくいですが(笑)、『帰責事由』を残せたことは21世紀の日本は信義則を大切にしていくという一つの証しになったと思っています。法の現代化と明確化は非常に難しい問題で、今回の改正は海外でも取り上げられ賛否両論あったようですが、固有の文化を持つ国がグローバル化をどのように受け止めていくか、今回の日本の取り組み自体を各国、特にアジアの国々に参考にしていただければと思っています」

新たな判例を作り出した「土地賃料改定事件」

高校3年生でジャン=ポール・サルトルの戯曲『汚れた手』に影響を受け、「社会的に意味がある仕事がしたい」と法曹を志した高須教授。

本学法学部に入学し、大学3年生で旧司法試験短答式試験、卒業後に論文式試験と口述式試験に合格。司法修習生時代は所属していた司法研修所の創立四十周年記念論集特別号において修習生でただ一人、論文が掲載。能力や資質のみならず、学部時代のゼミの恩師だった下森定名誉教授から「温和で親切、人格高潔」とたたえられる人柄は、本学出身で最高裁判所判事を務めた遠藤光男氏にも認められ、修習終了後には遠藤氏の弁護士事務所(現、高須・高林・遠藤法律事務所)に所属し、現在に至るほか、下森名誉教授・遠藤氏の推薦で1990年から本学で教鞭も執っています。

法曹になって以来、高須教授が一貫して持ち続けているのが民(個人)に寄り添う姿勢。象徴されるのが、勝訴時は新聞一面にも取り上げられた2003(平成15)年の「土地賃料改定請求事件」です。契約はどのような事情があっても守ることが当然とされ、地代自動増額条項によって10年前の契約でも3年ごとに上がる賃料は払い続けなければならないというそれまでの通例を覆し、「事情変更の原則」を用いて社会状況に応じて契約内容も変わる必要があるという新しい判例を作り出しました。

「バブルが弾けて銀行も倒産する時代でしたので、必要性は感じていましたが、実はそれほど勝訴の確信があった訳でもありませんでした。“1回決めたことを変えてもいい”という事情変更の原則は学説では指摘されていましたが、最高裁判所がそれを柔軟に認めたという事例は見当たらなかったからです。今の時代には今の時代に合った法律が必要だというこの時の思いは、法制審議会にあたっての強い問題意識につながったように感じます」

  • 【写真左】弁護士になりたての頃、事務所の旅行で遠藤氏(左)
  • 【写真右】法学部で担当するゼミのOBOG会にて。その人柄から、学生たちからも大きな信頼を集めている

学生と教員との距離が近い本学法科大学院

法制審議会にあたっては、高須教授はもう一つ、ある思いを抱えていたと言います。

「法制審議会には東京弁護士会の弁護士として出席しましたが、法政大学の教員としても責任ある発言をしたいと思っていました。1896年の民法制定にあたり法典調査会が作られましたが、このときは『民法の父』と言われた梅謙次郎先生、そして、同じく明治の大法律家である富井政章先生が主導的な役目を果たされました。このお二人は、本学建学当初に本学と深く関わりのあった先生です。法典調査会はその後、名前を変えながら存続し、現在の法制審議会に繋がっています。そして、再び民法が120年ぶりに法制審議会で審議されることとなりました。梅先生と富井先生が携わった法典調査会の再現とも言える今回の法制審議会に参加させて頂けるのを、とても光栄に感じていました」

民法と深い縁のある本学の法科大学院(ロースクール)を、高須教授は担当教員として次のように紹介します。

「法政大学は1880年に東京法学社として当時の法律家・司法関係者ら7人によって作られた大学です。法律にルーツがある大学として、教職員はロースクールを本学の資産と捉え、教育・学生支援にあたっています。最大の特徴は、2004年の創設以来、一貫して少人数教育を貫いているところです。ロースクールのあり方が社会的に問題になっている中でも、学生と教員とがお互いに顔が見える距離にいることで、法政大学は濃密な教育を施すことができていると自負しています。少人数制ですので合格者数で他大を凌駕するとは言い難いのですが、合格者の割合は着実に増え、司法試験制度が変わってロースクールができてからのこの10年で、それ以前と比べて約4割増加しています。司法試験への道は厳しいものがありますが、仲間とともに切磋琢磨し、時には食事会(飲み会)の場などで教員から失敗体験——成功体験は真似できることが少ないですが、失敗体験は教訓にできますから——を聞きながら、法律を勉強する楽しさを味わってもらいたいですね」

【写真左】座右の銘は、池波正太郎の小説『剣客商売』の主人公・秋山小兵衛の台詞「嘘の皮をかぶりて真を貫く」。「対峙する相手を物腰柔らかくかわしながら信念を貫く姿勢が、弁護士として共感できる」と言う / 【写真右】法科大学院での授業風景


高須 順一(たかす じゅんいち)教授

法政大学 法科大学院(専門職大学院 法務研究科) 弁護士
1959年 東京都生まれ

1982年本学法学部を卒業し、1986年に司法修習生(40期)、1988年に弁護士登録(東京弁護士会)。1990年本学法学部兼任講師、2004年4月より現職。

新しい判例を作り出した「土地賃料改定請求事件」(最高裁判所 平成15年6月12日判決)や、報道機関の名誉毀損訴訟などを担当し、2009年から2015年まで120年ぶりとなる民法改正のための「法務省法制審議会民法(債権関係)部会」で幹事を務めた。