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スポーツを取り巻く現状〜スポーツ傷害とその予防への取り組み〜(スポーツ健康学部スポーツ健康学科 瀬戸 宏明 教授)

  • 2022年05月09日
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スポーツ健康学部スポーツ健康学科
瀬戸 宏明 教授


ESSAYでは、15学部の教員たちが、研究の世界をエッセー形式でご紹介します。

2021年の東京オリンピックが終わってなお、スポーツへの関心は老若男女を問わず高まっています。それは、2022年が北京オリンピックやサッカーのW杯などスポーツイベントがめじろ押しの年ということもありますが、現代社会の特性も無視できません。

コロナ禍が長引く現在、ソーシャルディスタンスやリモートワークに代表されるステイホームの継続により、仕事とプライベートの区別が難しくなっています。そのため、ストレスの蓄積がコロナ禍以前より増加傾向にあり、また1日の平均歩数が3000歩未満という人も少なからず存在する(コロナ禍以前の1日平均歩数は男性が7243歩、女性が6431歩)との報告もあるほど、運動不足が問題視されています。スポーツを行うことは、肥満に代表される身体の形態、呼吸循環といった生理機能やバランス機能などを改善するだけではなく、心の健康の促進・維持においても大きな役割を果たすといわれています。実際に厚生労働省も、「健康日本21」という政策の中で「休養・こころの健康」の強化を図っています。

そうした心身育成や健康寿命の増進というメリットがある半面、スポーツによる傷害の件数も増加しています。スポーツを行うことにより残念ながら「けが」をしてしまった場合は、もちろん治療が必要になります。ちなみにスポーツ医学では、ねんざや打撲など外から加わる強い力によるけがをスポーツ外傷、関節痛や疲労骨折など身体を使い過ぎて起こるものをスポーツ障害と言い、それらスポーツによるけがの総称をスポーツ傷害としています。

スポーツ傷害が引き起こすもの

さてスポーツ傷害からの復帰においては、復帰までの期間や費用などさまざまな問題があります。以前は感じなかった「不具合」を感じるというのもその一つです。スポーツといってもトップアスリートからレクリエーションまでレベルはさまざまですが、その「不具合」を感じるのはすべてに当てはまると思います。

例えば、膝の軟骨を痛めてしまった後の痛みや変形(変形性関節症)、足関節をひねってしまった後に続く痛みやその後に繰り返すねんざ(足関節捻挫後遺症)、けがへの恐怖心など「不具合」の内容は多種多様です。それが原因で元の競技レベルに戻れない、戻っても成績が安定しない、スポーツに対する意欲がなくなるなどの状況を招く可能性もあります。トップアスリートや社会人はもちろんですが、学生がスポーツを行えなくなると、心身の成長に大きな影響が出ることは容易に想像できます。また例えば糖尿病の治療のために行ってきたスポーツができなくなれば、糖尿病のコントロールに大きな影響を与えることになります。

保存的な治療や手術方法など、スポーツ傷害の治療面は日々進歩しています。しかし当たり前のことですが、そもそもスポーツ傷害が起こらなければ、そうした「不具合」は生じません。つまりスポーツ傷害を未然に防ぐ=予防がある意味最大の治療ともいえるかもしれません。避けようのないスポーツ傷害も存在すると思いますが、スポーツを長く行うことや健康維持を考えた場合、予防や治療など多面的な取り組みが必要になってくると思われます。

スポーツへ積極的に取り組む大学で学んだ影響か、医師になって数年後にスポーツ医学に関わるようになり、気付けば20年以上スポーツ傷害を診察しています。赴任先の上司の勧めでプロサッカークラブのチームドクターの末席に加えていただいたのが発端で、加入直後に1人の選手の離脱がチームにどれだけ大きい影響を及ぼすかを目の当たりにしたのを今でも鮮明に覚えています。その後、現在に至るまでいろいろなチームや個人アスリートをサポートしてきました。

選手たちと深く関わるにつれ、日常生活なら骨が癒合※してしまえばさほどの支障にならないような骨折でも、スポーツ選手の場合は元のコンディションに戻るのに離脱期間以上に長い時間がかかるという状況を何度も経験しました。学生なら限られた時間を消費してしまいますし、プロであれば収入など生活にも影響が出かねません。さらに、スポーツ傷害後の「不具合」がスポーツのパフォーマンスに多大な影響を与える場合も少なくありません。

傷害予防への取り組み

治療に加えて予防にも興味を持つようになり、運動器傷害の予防を研究テーマの一つとしています。なかでも、第5中足骨の疲労骨折を予防するための検診を積極的に行っています。第5中足骨というのは、足の甲の一番小指側にある骨で、その疲労骨折は、1902 年にSirRobert Jones 博士が発表したことからジョーンズ骨折とも呼ばれています。

ジョーンズ骨折は代表的な疲労骨折の一つであり、一度発症するとスポーツ復帰まで数カ月かかり、手術となることもまれではありません。大腿骨や上腕骨などと比較すると小さな骨であるにもかかわらず、その疲労骨折が競技からの離脱につながってしまうことに関心を持ち、研究をしていました。そこへジョーンズ骨折研究会が立ち上がり、その中でジョーンズ骨折検診というものが提案されました。多くの仲間と共に私もそれに参加し、現在に至ります。

このジョーンズ骨折検診は、疾患についての説明後に、機器などを使用してチェックを行い、その後個別に必要事項をフィードバックするという形式で行います。法政大学の体育会にも私がサポートしている団体がいくつかあり、この検診を取り入れる前は悪化して手術となるケースも多く見られました。しかし検診を取り入れて5年以上経過した現在では、手術に至る疲労骨折はほぼ見られなくなりました。最初はあまり認知されていなかったジョーンズ骨折も選手たちに理解されてきて、予防への取り組みもスタッフの指導の下に浸透してきているようです。これもスタッフの理解があったからこそと感謝しています。

多くの人がスポーツを楽しめるように

ここに示したのはほんの一例にすぎません。例えばスポーツ健康学部では毎年、学部の新入生や体育会各部を対象としたメディカルチェックを行うなど、多くの予防に関する取り組みを実施しています。また大学では、傷害予防を十分に理解してもらえるような授業に取り組んでいるところです。このような取り組みによって、多くの人がけがをすることなく、楽しくスポーツを行う一助になれば幸いです。

  • 癒合
    骨折した骨がくっつくこと

(初出:広報誌『法政』2022年4月号)

スポーツ健康学部スポーツ健康学科

瀬戸 宏明 教授(Seto Hiroaki)

1994年3月順天堂大学医学部卒業、同大学医学部整形外科に入局し、2004年12月博士号取得。2018年4月より法政大学スポーツ健康学部准教授、2022年4月より現職。専門分野は膝関節外科、スポーツ医学。論文に「大学サッカー部に対するJones骨折検診の経験」(2019年、法政大学スポーツ健康学研究)、「女子バスケットボール選手のリバウンド動作時における下肢キネマティクス」(2021年、日本臨床スポーツ医学会誌)など。