金井 大旺(Kanai Taioh)さん
1995年北海道生まれ。2014年スポーツ健康学部に入学。4年次に日本学生陸上競技対校選手権大会の110mハードルで優勝。卒業した2018年、2020年に日本陸上競技選手権大会で優勝。2019年よりミズノ株式会社所属。2021年東京2020オリンピック競技大会に出場。
五輪で決勝に進出することを目標に、大学卒業後もハードル競技を継続し、限界を超えるようなトレーニングを続けてきた金井大旺さん。悔いを残さないために、陸上競技と歯科医という二つの目標に一つずつ取り組む道を選択したと言います。
ハードルは、走る途中に跳ぶ動作が何度も入るため、細かい技術がたくさんあります。改善点を見つけては修正し、修正できても新しい課題が出てくるので、探究心の強い私にはうってつけの競技といえます。
大学3年の夏、陸上競技部の先輩の矢澤航さんがリオ五輪に出場し、私も日本選手権で3位と躍進できて、突然「次のオリンピックに出たい」という気持ちが湧き上がってきました。陸上競技は大学までと考えていましたが、3年延長して、自分のハードルをさらに突き詰め、五輪で日本人初の決勝進出を目指そうと決意しました。
一番印象に残っているのは、社会人1年目に、日本記録を14年ぶりに更新して日本選手権で初優勝したレースです。あれで自分の殻を破れ、周囲からも注目されるようになり、新たなハードル人生が始まりました。
東京五輪までは、自分の限界を超えるようなトレーニングを積み重ね、食事や体のケアにも気を配りました。出場を目指して、試合のたびに記録を塗り替え合った仲間の存在も大きな励みになりました。五輪では決勝に進めませんでしたが、その目標に向けて「二度とできない」と思えるだけの練習を最後まで続けられたので、悔しい気持ちはあっても、後悔はありません。
祖父も父も歯科医ということもあり、当初は医学部進学者の多い高校に進学し、歯科大学を受験するつもりでした。高校最後のインターハイを優勝で締めくくりたいと思い、春休みに自分から志願して、法政大学陸上競技部の練習に参加させてもらいました。インターハイは5位に終わりましたが、専門的な指導を受ければ自分はまだまだ伸びるという思いが強くなり、大学でも陸上を続ける決意をしました。続けるからには日本トップを目指したかったですし、歯科大学の練習環境ではそれが難しいと考えて、法政大学のスポーツ健康学部に入学しました。
大学の陸上競技部では、苅部俊二監督や矢澤さんなど日本のハードル界を引っ張る人たちに囲まれ、「この練習をすれば絶対できる」という確信を持って練習に臨めるようになりました。おかげで知識も技術も格段にアップし、人間的にも大きく成長できました。
授業で印象に残っているのは、1年次に受けた山本浩先生のコミュニケーション論です。全員の前で陸上について伝えたり、大会を振り返ったりという機会を設けてくださり、人前で話すことへの抵抗感が少しずつ薄れていきました。インタビューを受けることが増えた今、先生には感謝しています。
また、スポーツ健康学部はスポーツが大好きという学生ばかりで、とても過ごしやすい環境でした。競技中心の大学生活ではありましたが、大教室A棟屋上の円形芝生に寝転がったり、学食でよく大盛りのうどんを食べたり、多摩キャンパスには楽しい思い出がたくさんあります。
進路や人生の選択において、私が判断の基準にしているのは「悔いが残るかどうか」です。大学進学時も卒業時もハードルを続ける選択をしたのは、「今やめたら悔いが残る」と思ったからです。やりたいことを選ぶには勇気も必要ですが、若い時にしかできないこともあるので、特に20代の皆さんには後悔をしない選択をしてほしいと思います。
ハードルを選んだことで、もう一つの目標は先延ばしになりましたが、目標に向かって最後までやり抜いた経験は、他の世界でも生かせるはずですから、遠回りをしたとは思っていません。
また、最終的に選択をするのは自分でも、人の話は相手が誰であっても否定せずに最後まで聞き、まずは全部受け入れるようにしています。その上で、自分に合う考えや意見は取り入れる、それが私のスタンスです。正しいかどうかは別として、自分と違う考え方があると知るのも一つの経験ですし、いろいろなものを吸収することには、少なからず自分を成長させる部分があると考えています。
大学時代も卒業後も少しずつ勉強は続けてきましたが、今シーズンのレースが全て終わり、歯科大学の受験勉強に本格的に取り組み始めたところです。これから目指すのは「信頼される歯科医」です。信頼されるとはどういうことか、これからの歯科医には何が求められるのかを、持ち前の探究心で解き明かしていきたいと思います。
また、ここ1年でジュニア選手を指導する機会が増えて、自分には経験を伝えていく義務があると感じるようになりました。それが後進の育成につながり、今後のハードル界にとっても間違いなくプラスになると思うので、これまでの恩返しとして取り組んでいくつもりです。
(初出:広報誌『法政』2022年1・2月号)