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医療現場で活躍する診断装置の現状と将来(理工学部応用情報工学科 尾川 浩一 教授)

  • 2023年01月11日
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理工学部応用情報工学科
尾川 浩一 教授


ESSAYでは、15学部の教員たちが、研究の世界をエッセー形式でご紹介します。

X線CTの出現

X線CT(X線計算断層映像化法)画像を使って、新型コロナウイルス感染症に罹患りかんした患者の肺炎の重症度を診断していることは、テレビのニュースでもしばしば紹介されます。このX線CTは、患者の周りを回転するX線管とX線検出器を用いて、人体を透過してきたX線の量をさまざまな方向から計測し、数学的な手法により体内の臓器の形状をコンピュータで映像化しています。

このX線CT装置の登場は今から50年前の1972年ですが、それまでは人体に対してさまざまな方向からレントゲン写真を撮影して、医師が頭の中で疾患部を立体的に想像して診断や治療をしていました。その後の技術開発により、あたかも人間の体を輪切りにして内部の構造を観察するような道具を医師が得たわけで、正確な診断が可能となり、医学に大きな変革がもたらされました。

磁気共鳴イメージング(MRI)も昨今では耳慣れた言葉になっていますが、これもX線CTと同じ時期に開発されたもので、両装置とも種々の疾患を映像化する技術として今や必須のものとなっています。

このような画期的な診断技術開発の黎明れいめい期に大学時代を送った私は、この「不可視情報を可視化する技術」に魅せられ、以後40年以上にわたって研究の対象としてきました。これらの技術では、人体内部の情報を外部に取り出すために、人体を透過できるX線やラジオ波などエネルギーの高い波動が必要です。この波が人体の組織と散乱、吸収などの相互作用を起こすことで、X線の透過量が減少したり(X線CTの場合)、ラジオ波の放出量が位置ごとに変化したり(MRIの場合)して、体内を映像化します。

X線CTの現状とこれから

現在の最新鋭のX線CT装置では、心臓の動きをほぼリアルタイムで映像化し、心臓が動いている様子を動画として見ることも可能となっています(図参照)。これによって、心臓の冠状動脈が狭くなったり詰まったりして起きる狭心症や心筋梗塞の治療の方法を患者さんに動画で説明することもあり、X線CTは私たちの健康を支える重要な診断装置になっています。

このX線CTでは、X線の計測において透過したX線のエネルギーの総和を求めますが、さらに新しい技術ではX線を光子として捉え、単位時間に入射する光子の数をエネルギーごとに計測する技術も生まれています。

  • X 線CTで映像化した心臓の概形(左)と左心室の断面図(右)(提供:慶應義塾大学医学部放射線科、陣崎雅弘教授)

これはフォトンカウンティングCTと呼ばれる技術で、私の研究室でも2012年にベンチャー企業と、1画素0・2ミリ×0・2ミリで1秒間に1平方ミリメートル当たり1000万個の光子の計測が可能な検出器を開発し、当時、世界最高クラスの性能を達成しました。このような検出器を使ったCTでは透過したX線のエネルギー情報が得られるため、正確な媒質の分離や、診断と治療が一体化した次世代の診療パラダイムが期待でき、当研究室でもさまざまな研究を続けています。

臓器の機能を映像化する核医学診断装置

X線CTが臓器の形状を映像化する技術とすると、核医学の診断装置は臓器の機能を映像化する技術といえるでしょう。核医学では、人体に全く影響のないごく少量の放射能を付加した放射性医薬品と呼ばれる薬剤を患者に投与し、その薬が人体の特定の臓器に集積するのを待ちます。その後、放射性医薬品に付加された放射性同位元素から放出されるガンマ線を体外の検出器で計測し、体内の臓器の機能を映像化します。ガンマ線もX線同様に放射線の一種で人体を透過する能力があり、体外からの計測によってその分布を映像化することで臓器の機能状態、例えば現在増加しているアルツハイマー病の診断画像を作ることができます。これらはSPECT(単光子放出型CT)という装置で映像化します。

また、PET検診という言葉も聞いたことがあると思いますが、これはがんの場所をPET(陽電子放出型CT)という装置で映像化する技術です。こちらは、不安定な原子が陽電子を放出して安定した状態になるときに、その陽電子が崩壊して2本のガンマ線が放出されるのを利用してがんの位置を特定します。

アルツハイマー病が診断できても、治療できなければ意味がない、と言われるかもしれませんが、治療薬が盛んに開発されている現在、治療の経過観察をSPECT画像で行うことも可能となっていて、未来は明るいと思っています。私の研究室では検出器を動かすことなく、ガンマ線を収集して放射性同位元素の分布を映像化する新しいSPECT装置の開発にも取り組んでいます。

医療の今後

現在、人工知能(AI)技術が診断の現場に入りつつあり、医学のビッグデータで学習した頭脳で行うAI診断は、熟練した医師には劣るものの、若い医師の診断をしのぐような時代になってきています。誤診が起きたときに、「なぜ正確な診断が可能なAIを使わないで、医師が診断したのか」と訴訟になる時代がやってくる可能性があります。

日進月歩のAI技術開発はとどまるところを知らない状況にあり、その利用はX線CT、MRI、SPECT、PETなどの画像を生成する画像再構成の分野まで拡大しています。その意味では、従来の数学的手法に基づく画像の再構成ではなく、データ駆動型の最適化理論による、個々の物理モデルに基づいた画像生成に移行しつつあるといえ、この領域に関する研究も鋭意進めています。

CT:Computed Tomography
MRI:Magnetic Resonance Imaging
SPECT:Single Photon Emission CT
PET:Positron Emission Tomography
AI:Artificial Intelligence

(初出:広報誌『法政』2023年1・2月号)

理工学部応用情報工学科

尾川 浩一 教授(Ogawa Koichi)

1957年生まれ。1982年慶應義塾大学大学院修了、同医学部放射線科助手。1991年法政大学工学部助教授、1998年同教授。工学博士。2014〜2016年理工学部長、2017〜2021年常務理事、副学長。2020 年Outstanding Medical PhysicistAward(アジア・オセアニア医学物理学会)受賞。専門は医用画像工学。著書に『医用画像工学ハンドブック』(日本医用画像工学会編、2012)、『画像・情報処理』(国際文献社、2018)など。