大学院特定課題研究所一覧

「無国籍性Statelessness」の美学研究所

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2025年9月5日更新

研究代表者 社会学部 琴仙姫 准教授 
主たる研究分野 美学、芸術実践、映像学、哲学、生態学、非市民/非人間的存在
研究概要
「無国籍性Statelessnes」の美学研究所は、無国籍状態が提起する政治的、美学的、論理的な論点に関する対話を促進するためのフォーラムを形成することを目的としている。無国籍性(Statelessness)については、これまで主に社会科学の枠組みで議論されてきたが、既存の枠組みを超え、より学際的な視点からの取り組みが求められている。本研究所はとりわけ現代美術、映画、文学作品からインスパイアされ、現代社会の緊急課題である無国籍性(Statelessness)に関する芸術と人文学における継続的なディスコースの形成に焦点を当てて共同研究活動を展開する。
 
無国籍性(Statelessness)は地球全体が国家主権の領土として分割された果ての現代社会のさん物であり、国家への所属が不明確または欠如する人々を例外状態に置く。難民、移民、亡命者、逃亡者、脱走者、人身取引の被害者、歴史的な放逐者などは、事実上または法的に無国籍状態に置かれる。一方で、現在の地政学的状況において、国家に所属していない者は自動的に疑いの対象とされるため、無国籍状態にいる人々は常に不安定さと脆弱性を共にしている。人々がそれぞれ「国家の家族」に属していると習慣的に想像される今日の世界において、無国籍者は国家機関による恒常的な監視下にあり、国家の成員に保証される移動の自由(旅行、就労、教育、移住など)を主張したり、その尊重を要求したりする手段が制限されている。一方で無国籍性(Statelessness)は、国家が「寛大な」行為として、市民権を拡充することで解決すべき社会問題ではない。なぜなら問題の根本原因は、国家とその本質的に排他的な基盤にあるからだ。そのため、無国籍性(Statelessnes)は、国家主権体制の持続可能性をは批判的に検証する概念的な余地を提供し、その体制内において尊厳と「権利を持つ権利」を剥奪されているすべての非市民/非人間的存在(動物、植物、鉱物など)に対しても共感を持って考慮する可能性を開く。
 
ハンナ・アーレントは『全体主義の起源』(1951年)において、戦後に出現した新語「ディプレイスト・パーソンズ(displaced persons)」について、社会が「無国籍状態の存在を無視することで、一度に、そして永遠に彼らを消滅させる」という社会の願望を反映していると警鐘を鳴らした。無国籍性(Statelessness)とどのように向き合い可視化すべきかは、政治的であり同時に美学的な極めて重要な問題だ。アーレントの指摘は、彼女の著作の執筆中およびその後の、ポスト帝国主義の世界各地における無国籍者への集団的な無視が、「帰還repatriation」の名目のもとで元植民地住民の大量追放を可能にした事実を考慮すると、先見の明があったと言える。無国籍者の可視性(またはその欠如)は、彼らの存在に関する集団的な忘却に抵抗したり、曖昧または認められていない国籍の人々へのジェノサイドを防止するための進展がほとんどなされていないことから見ても、継続的に緊急の課題となっている。
 
「無国籍性Statelessness」の美学研究所は、アーティスト、映画製作者、作家たちの芸術作品を通じて重要な議論の扉を開くことを意図し、このテーマに関わる研究者やアーティストを招き、横断的で協働の枠組みから探求することを目指している。特に、集団的記憶、他者の苦痛、共感と感情の概念化における行き詰まりについて着目し、研究を推進する予定である。本研究所はこれらの概念を、国家に基づく世界しかないという想像から解き放ち、生態学的地球規模の展望に導くことを目指し、美学的、哲学的、実証的な探求を展開する計画である。
研究員
 

大学院
特任研究員

John Namjun Kim カリフォルニア大学リバーサイド校准教授
小川 翔太 名古屋大学大学院人文学研究科准教授
 
設置期間 2025年9月5日~2030年3月31日
設置場所 社会学部 琴仙姫 研究室