【研究所設置の背景】
行政文化についての研究は、決して充実しているとは言い難い状況にある。そうした中でも優れたものとして、井出嘉憲『日本官僚制と行政文化』(東京大学出 版会、 1982年)がある。この研究は、行政文化と官僚制に関するすぐれた研究であるが、これ以外には行政文化に関する研究といえるものがないのが現状である。 行政文化の観点からは、官僚制以外にも、重要な研究領域があるが、そうした領域における研究はほとんどないといってよい。
行政文化の研究に関して、比較研究によってそれぞれの国・地域における行政文化を明確にしていく方法が有効であろう。そうした観点から比較行政研究の分野を みてみると、西欧諸国の研究が多いことがわかる。たとえば、鵜飼・辻・長浜編著『公務員制度』(勁草書房、1956年)は英・米・独・仏の比較研究であり、村松編著 『公務員制度改革』(学陽書房、2008年)も英・米・独・仏である。シルバーマン、武藤他訳『比較官僚制成立史』(三嶺書房、1999年)は英・米・仏・日の比較であった。 土岐寛・加藤普章著『比較行政制度論』(法律文化社、2006)は、イギリス、アメリカ、フランス、ドイツ、スイス、スウェーデン、カナダ、タイ、ロシアの比較である。
このような研究の現状からみると、行政制度の比較研究が中心であり、また西欧諸国の比較研究が中心となっている。逆に言えば、東アジア(日本・中国・韓国)における 比較研究や行政文化に関係した研究が少ないことがわかる。とりわけ、歴史的・文化的観点から重要な日中韓の比較は行政文化の分野ではほとんどない。日本にとって 隣国ともいえる中国・韓国との比較研究が重要であるにもかかわらず、きわめて少なく、未開拓の分野であるといえる。そこで、当面は、日本・中国・韓国の東アジアの 行政文化の研究に焦点を絞って研究を進める。
【研究所の目的】
行政文化研究所の目的は、行政文化の概念を研究レベルにおいて明確化するとともに、国際的な比較研究によって行政文化と行政制度の関連性を明らかにすることである。 当面は、上に述べた理由から、日・中・韓の比較研究に焦点をあて、これら3国の比較研究に焦点をあて、これら3国の行政文化と行政制度の関連性を明らかにするとともに、 結果としてこれら3国の相互理解を推進することである。
「行政文化」の概念はそれほど自明であるとはいえないが、「行政と深くかかわる歴史的・社会的な慣習」ととりあえず定義しておく。西欧諸国において、それぞれの 近代国家形成の歴史的・社会的な課程において、あるいはそれ以前の要素を引き継ぎながら、それぞれの固有の行政文化が形成されてきた。日本では、明治時代の近代行政の形成期に、 それまでの武士の世界での慣習が大きな影響をもったと考えられる。また、韓国では儒教の影響が大きな影響をもったと考えられるし、中国では科挙の制度が大きな影響を もったと考えられる。これらの東アジアの3国における武士、儒教、科挙という3つの要素は、相互に影響を及ぼしていると考えられるが、その点は明らかではない。
上記のように、当面は日本・中国・韓国という東アジアにおける行政文化の研究に焦点を絞って研究を進めるが、研究の比較的豊富な西欧諸国の比較研究の成果を活用しつつ、 国際的な行政文化の比較研究の発に寄与することが本研究所の目的である。
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