2011年度

Vol.29 法政大学大学史担当 所蔵資料 『東方研究』と大川周明

2011年12月08日

2011年度

2009年5月、本学大学史担当は戦時中の法政大学に関係する資料を入手しました。『東方研究』(第二刊・法政大学大陸会・1940〈昭和15〉年)、『高商会誌』(紀元二千六百年記念号 第十号・法政大学高商会・1940年)、『政経会誌』(法政大学報国政経学会・1941年)の3冊です。
発行元の「大陸会」「高商会」はそれぞれ大陸部(専門部)、高等商業部(専門部)の教員・学生・卒業生を中心として設立された研究会と親睦会を兼ねたような団体と思われ、冊子はその機関誌的なもののようです。「報国政経学会」は法学部政経学科を中心として設立された「政経学会」が戦時下において、名称を変更し、改組したものです。専門部とは、戦前の専門学校令に基づく教育課程で、大学予科を経なくても旧制中学校を卒業していれば入学でき、旧制私立大学のほとんどが設置していました。
これらの冊子が発行されたのは、日中戦争が激化する中で国家総動員法が制定され、1939(昭和14)年からは軍事教練が学部1年から必修となるなど、教育の戦時体制化が急速に進んでいた時期でした。新東亜建設、大陸経営に当たる人材育成を目的として39年4月に新設された大陸部は、その象徴的な存在とされており、そこでは大川周明が部長に就任しています。
3冊の中で特に注目されるのが、その大川が関わった『東方研究』です。
大川周明(1886—1957)は大正・昭和期の思想家で、民間人で唯一A級戦犯容疑で起訴されたことでも知られます。大川が本学大陸部部長となったのは、1937(昭和12年)から学務担当理事を務め、1943(昭和18)年からは3年間本学総長を務めた国粋主義者の竹内賀久治の招きによるといわれています。

『東方研究』と巻頭の大川周明「二つの希望」。大川の文に続いて、中江兆民などの研究で知られる評論家でジャーナリストの嘉治隆一が「事変と学徒」と題した文を書いており、こちらは嘉治の『南窓記』という著作に収録されている。『東方研究』の題字は大川の筆による。

『東方研究』と巻頭の大川周明「二つの希望」。大川の文に続いて、中江兆民などの研究で知られる評論家でジャーナリストの嘉治隆一が「事変と学徒」と題した文を書いており、こちらは嘉治の『南窓記』という著作に収録されている。『東方研究』の題字は大川の筆による。

『東方研究』の巻頭で大川は「大陸会会長」という肩書きで、志を大陸に抱く青年に向けて「二つの希望」と題した短い文章を書いています。
内容は、「まず青年は、大陸に関する客観的認識を深めねばならぬ」とし、民族の歴史、民族性、社会の組織と慣習を知らずに、ただ「日本精神」を振りかざして横行闊歩するだけでは、決して大陸に根を下ろした仕事はできないと述べています。そして「次に青年は、謙虚の心を養わねばならぬ」として、日本人は朝鮮、当時の満州や中国、南方アジアの諸民族に不当な優越感を抱きやすく、また、強国に対しては必要以上に遠慮し、弱国に対して傍若無人であるのは日本人の悲しむべき習性である。今後もしも日本人がこのような感覚をもって大陸に臨めば、いたるところで抵抗と排斥と猜疑とをもって迎えられるだろうと述べています。
これまでの調査では、この文章は大川の全集などに未収録のものであること、また、現在、山形県の酒田市立図書館に所蔵されている大川の旧蔵書内に『東方研究』自体含まれていないことなどが判明しています。『東方研究』の第一刊および第三刊以降が見つかれば、それらにも大川の文章が入っている可能性があり、大川研究の新しい資料になりうると思われます。
1945(昭和20)年に終戦を迎え、大陸部・高等商業部は同年9月卒業をもってその役割を終えます。他の専門部(法・政治・商科と高等師範部)は、戦後の学制改革による新制大学の発足にともない、1950(昭和25)年度末をもって廃止されました。
注=書名や引用文中の旧字体は新字体に書き替えています。

『政経会誌』の題字は竹内総長の前任・小山松吉総長。報国政経学会副会長・水谷吉蔵教授の「大東亜建設と米国の覇道国際政治」、厚生部長・秋保一郎講師の「弘道館記を読む」などの文が掲載されている。『高商会誌』には小山総長、木村増太郎教授、高木友三郎教授らの文章のほか、学生たちが論文、随想、随筆を寄せている。

『政経会誌』の題字は竹内総長の前任・小山松吉総長。報国政経学会副会長・水谷吉蔵教授の「大東亜建設と米国の覇道国際政治」、厚生部長・秋保一郎講師の「弘道館記を読む」などの文が掲載されている。『高商会誌』には小山総長、木村増太郎教授、高木友三郎教授らの文章のほか、学生たちが論文、随想、随筆を寄せている。

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