2011年度

Vol.5 プロパガンダ・ポスターなどのポスターコレクション

2011年05月25日

2011年度

法政大学大原社会問題研究所 所蔵資料

社会・労働問題の研究所として日本で最も古い歴史を持ち、海外にも知られる法政大学大原社会問題研究所では、多数の貴重書・資料を所蔵しています。近年、その資料価値に注目が集まっているのが、社会・労働問題に関連するポスターコレクションです。

日本にポスターという形式が定着したのは、石版(リトグラフ)印刷の技術が導入された以降の明治中期頃といわれます。それ以前は浮世絵の伝統を受けた木版画が一般的でしたが、耐久性の低い木版よりも多くの枚数を印刷でき、より大きな判が刷れる石版印刷の普及によって、デパートの美人画ポスターをはじめ商業ポスターが全盛を迎えます。

その後、大正期に米騒動で社会運動が一気に高まると、労働組合や農民組合などの労働団体がポスターの有効性に気づき、社会運動関連のポスター、いわゆるプロパガンダ・ポスターが登場します。

さらに昭和期になって、政府や地方自治体による公共ポスターが作られました。労働災害防止や一般国民の健康増進、火災予防などを訴えたものが中心でした。 このようにして、商業ポスター、プロパガンダ・ポスター、公共ポスターという、ポスターの3つの大きなジャンルが戦前に成立しました。本研究所には、戦前期のもの約3000点、戦後期約1500点のポスターを所蔵しており、とくに戦前のプロパガンダ・ポスターは、他に類を見ない規模と内容を持ちます。

また、戦前のコレクションの中で貴重なのが、1928(昭和3)年の第1回普通選挙のポスターやチラシです。内務省のポスターのほか、政党や候補者のポスターが見られ、これらの多彩な形態や表現から、日本におけるイメージ選挙の出現が第1回普選に見いだすことができるという研究者もいるほどです。 これまで社会運動の研究はさまざまに行われてきましたが、その現物資料となるのが、当時は役目が終われば紙くず同然だったこれらポスターやチラシです。それが時代を経て、当時の状況を生き生きと今に伝える第一級の資料へと生まれ変わってくるのです。

本研究所では現在、これまで研究が手薄だった公共ポスターも収録した、協調会『産業福利』の完全復刻に取り組んでいます。

  • 中央は第1回普通選挙で内務省が棄権防止を訴えたポスター。その右は野田律太候補のもので、当時ポスターは2色刷りで大きさは新聞紙見開き大まで認められ、それを利用して新聞に赤字で名前を書いた。前列は、「健康維持」を訴えた公共ポスターや、演劇運動、労働争議、部落解放運動など多彩なポスター。

  • 1925(大正14)年創刊の『無産者新聞』の宣伝ポスター。新聞の上に赤い手を描いたポスターの原画は、専属画家の柳瀬正夢(やなせ・まさむ)による。

  • 第1回普通選挙に社会民衆党から立候補した作家・菊池寛の選挙ポスター。タレント候補のはしりともいえるが、次点で落選した。

  • はたおり機の横糸を織り込む器具「杼(ひ)」が飛んで目をケガする事故を無くすよう、安全装置の取り付けを訴えた労災防止の公共ポスター。産業福利関係では一般からデザインを募集した。

参考文献=『ポスターの社会史〜大原社研コレクション』法政大学大原社会問題研究所編、梅田俊英著

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