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法政大学では、これからの社会・世界のフロントランナーたる、魅力的で刺激的な研究が日々生み出されています。
本シリーズは、そんな法政ブランドの研究ストーリーを、記事や動画でお伝えしていきます。
私は、アントレプレナーシップ(起業家精神)の養成を軸に、新しいビジネスをデザインするための経営のあり方を研究しています。アントレプレナーシップという言葉を「起業家を育成するためのもの」という意味で捉えられる場合も多いのですが、社会に新しい価値をもたらすことは、すべてアントレプレナーシップだと考えるのが世界的な時流。言われたことだけやってリスクも取らずにいたら、その仕事はいずれAIに取って代わられる時代になりました。新しいビジネスを創造してリスクに挑戦する姿勢、つまりアントレプレナーシップは、今後は起業家だけではなくあらゆる職業、働き方、社会活動で求められるものなのです。
私がなぜここまでアントレプレナーシップを強く意識するようになったのか、その理由は私が在日コリアン3世だということが大きいでしょう。今では状況がずいぶん変わりましたが、私が子どもの頃は、在日コリアンは日本の会社に就職することが難しく、周りの大人はみんな起業し、商売をしていました。そんな環境で生まれ育つと、起業よりも日本の一流企業に就職する方がすごいことだと感じられ、大学を卒業後、正社員として会社に勤めたことがありました。ただ生まれ持った性格のせいか、会社勤めがどうにも合わなくて(笑)。ちょうどビジネスチャンスもあって、25歳のときに起業しました。現在も自分の会社を経営する他、上場企業の役員も務めており、半分実業家、半分教員として、ビジネスと研究をクロスオーバーさせながら学生の指導にあたっています。
研究者によってアントレプレナーシップへのアプローチはさまざまですが、私の研究室では大きく「イノベーション性向」「プロアクティブ性向」「リスク性向」の3つの視角で見ることが多いです。経験上、イノベーション性向とプロアクティブ性向は教育で伸ばすことができるものの、リスク性向は生来の素質と、幼少期から思春期の生育環境の影響が強いと感じています。私が子どもの起業家教育に力を入れているのもこのためで、アントレプレナーシップ教育は早ければ早いほどいいと考えています。
では18歳になるとリスク性向が伸びないのかというとそうではありません。学生と一緒に勉強をしたり、ビジネスをしたりといろいろな取り組みをした結果、リスク性向がもっとも変わると感じたのが、“子どもに教えること”でした。そのため私の研究室では、子どもと一緒にビジネスをするワークショップを運営しています。2023年に「東京都との共同事業」に採択された「TOKYOこども起業家ゼミワークショップ」もその一環。大学生が子どもと一緒にかき氷や焼き芋のショップを運営するプロジェクトで、大学生にとっても子どもにとってもビジネスを学べるいい機会になっています。
また東京都との共同事業では、「大学研究者による事業提案制度」に採択された「東京の未来を拓く起業家教育循環システム」プロジェクトも2024年4月から実施しています。3年間かけ、東京都の次世代を担うイノベーション人材育成を進める計画です。法政大学を起業家教育の課外活動の場にするプロジェクトで、これには大学生のみならず、本学の付属校や協定校の高校生、OB・OGの起業家も参加し、まさに「オール法政」で取り組んでいます。このプロジェクトのほか、「法政大学アントレサマーキャンプ」など、法政大学は今、高大連携事業が非常に盛んです。若い世代が自発的に集まり、日本の将来を良くするビジネスを一緒に考えることは、大学生や高校生はもちろん、私たち教員にとっても非常にインパクトのある体験。法政から日本と世界を変える新しいスタートアップがどんどん生まれるはずです。
子どもの起業家教育と同時に、私が力を入れているのが女性起業家の育成です。私は女性起業家こそ、地域経済の地盤沈下を救う存在だと考えています。最近、全自治体の4割が「消滅可能性自治体」に当てはまるというというショッキングな試算が話題になりましたが、なぜ人口が減るのかというと、出産可能な女性の人口が減るためです。そしてその出産可能な女性の人口が減る理由は、女性たちが稼げる仕事がその地域にないからです。つまり女性が稼げる地域が、これから生き残っていくと考えられます。
私が2020年に金沢でスタートした女性起業家塾は今や日本最大レベルの規模にまで成長し、成功例も多数生まれつつあります。女性はカフェやエステサロンといったスモールビジネスが得意なようで、みなさん得意を活かしながら起業し、着実に一歩を踏み出しています。見ていると女性の起業家は、一人で子どもを育てる母親をパートで雇ったり、社会的弱者にある友達をビジネスに参加させたりする人が多く、そのビジネスがセーフティネットになる側面も観察されています。
カフェなどの小さなお店を増やして、観光客を呼び込んで、女性の雇用を増やしていくと、自然と女性がどんどん集まってきます。そして女性が増えると、当然ですが人口も増加していくでしょう。これからはいかにして女性に地域に根付いた強いビジネスを行ってもらえるかが、地域活性化のカギだと言えます。「起業家の育成」というとビジネスや個人の成功、またはお金の話が取り上げられがちですが、実は社会が抱える課題に直結したテーマなのです。
過去30年間の日本の経済にまったく足りていなかったもの、それがアントレプレナーシップだと私は捉えています。その結果が今の日本経済の低迷であり、海外観光客から安く買いたたかれている現状を見ると、正直言って悔しいです。今こそみんなで「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の時代を取り戻すべく、立ち上がるべきです。そのためのエネルギーになるのがまさしくアントレプレナーシップ。そして一人一人のアントレプレナーシップに火を点けるべく、学問やプロジェクト、イベントなどさまざまな場を通じ、ハブとしての役割を果たすのが、法政大学や私に課せられたミッションなのだと感じています。
法政大学は日本ベンチャー学会発祥の地であったり、第16代総長の清成忠男先生が「ベンチャービジネス」という言葉を生み出したりと、スタートアップを研究している人たちにとっては聖地のような大学。起業家のなかにも法政大学の卒業生が非常に多く、最近では「アントレの法政」なんて言葉も聞かれるようになっています。これは教員である私にとっても嬉しい傾向。今回の東京都のプロジェクトや、高大連携など、いろいろ法政らしいアントレのプロジェクトが始まっていますし、アントレプレナーシップの「実践知」としての価値が、アントレプレナーシップや起業を学びたい若い世代に伝わればいいなと思います。
2024年11月には、学内に「アントレプレナーシップ教育研究所」を開設しました。日本経済の未来を握る喫緊の課題であるイノベーション人材の育成を目的とし、デザイン工学部システムデザイン学科の教員が中心となり、実践的研究拠点として展開していきます。学際的、ビジネスとアカデミックがボーダレスに交わるフィールドで、さまざまな年代、バックグラウンドの人々が集い、ともに「社会に新しい価値をもたらす」という意味での起業家活動に取り組むことを実践しながら、それを研究することでアントレプレナーシップにまつわる新しい知見の発見と、社会への還元を目指しています。
今後は法政大学でアントレプレナーシップを育み、社会に新しい価値をもたらす人たちがどんどん生まれてくるでしょう。そんな法政大学の若い力が一つになり、より良い未来づくりに貢献してくれることを期待しています。
早稲田大学政治経済学部経済学科卒業、早稲田大大学院アジア太平洋研究科国際経営学専攻修了、早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程修了。経営学修士(専門職)。博士(商学)。2022年より現職。主な研究分野はアントレプレナーシップ、ベンチャー、起業家、スタートアップ、起業家教育など。スタートアップ都市政策を各地自治体と協働、実践的アントレプレナーシップ研究拠点を主宰。2011年に日本創造学会論文賞、2018年に日本創造学会第39回研究大会発表賞などを受賞。2022年よりゲンダイエージェンシー株式会社社外取締役、アントレラボ株式会社代表取締役。主な著書に『コンテンツ創造プロセスとクリエイターのマネジメント』(晃洋書房)など。