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2023年秋季入学式 総長式辞

  • 2023年09月09日
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新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。法政大学にようこそ。大学を代表して心よりみなさんを歓迎致します。新入生のご家族のみなさんにも、お祝い申し上げます。

さて、みなさんは新型コロナウィルス感染症のパンデミックから、パンデミックが終わっていく過程の3年半余りを経験した上で、いま法政大学での学びをスタートさせようとしています。パンデミックというのは感染症の世界的な大流行という意味ですが、流行の度合いや、その状況に対する学校や社会の対応も一様ではなく、場所によっても、時期によっても大きく変化してきたことを、みなさん自身が体験されてきたと思います。そして、危機的な事態が発生して急にそれに対応していく時期よりも、徐々に平常に戻っていく時の方が、判断に迷うことが多く、それぞれの段階に応じた行動の変え方が難しかったという感想を持っている人が多いのではないでしょうか。緊急事態に入った瞬間は、「このように行動を制限してください」というメッセージが伝えられ、一人一人の判断の余地はあまり与えられませんでした。その制約は、それまでほとんどの人が経験したことがないようなもので、自由に行動できない不満はあったかも知れませんが、みんなが同じ状況に置かれていました。

ところが徐々に行動の制限が緩和され、やがてさまざまな行動についてどうするかが「自分の判断」に委ねられるようになると、周囲の人がどのように行動するかを参照しながら、一定の幅の選択肢があるなかで、自分がどれを選ぶのかが問われるようになります。行動の制約を最小限にしたいのか、制約を受け入れるかわりに感染リスクを最小限にしたいのか。自分の中に明確な方針をもっている人はあまり迷いなく、自分の自由な判断ができることになります。状況が許す限り最大限パンデミック前の普通の行動をしようという方針の人は、外出、教室での授業の受講、旅行、マスクを外すことなど、率先してできるだけ制約のない行動を選べば良いわけです。逆に、最大限慎重にしようという方針の人は、現在でも不要不急の外出はできるだけ控え、今年度は1割程度の科目で継続しているオンライン授業を最大限選び、今もマスクの着用を続けています。どちらもそれで良いのです。そしてどちらの場合も、自分自身の選択をつらぬくことができています。

しかし、実際には多くの人はその中間にいて、周囲の状況を見ながら、制約の小ささ優先か、感染リスクの小ささ優先かについて、ある人は世の中の流れよりも少しだけ制約の小ささを優先し、また別の人は少し感染リスクの小ささを優先して行動を選んできたと思います。その結果、世の大勢が少しずつ変わっていきますから、また一人一人の判断も少しずつ変わっていくことになります。誰かが一律にこうしなさいとは言ってくれませんが、世の中の全体の状況を無視して自分が判断するわけでもない。誰かに命令されるわけではないから、確かに「自分の判断」に委ねられているけれども、そんなに自由なわけではない。いろいろなことを配慮して、命令はされないけれども制約は感じながら自分の判断を迫られる。本当だったらもう少し早く行動を変えたかったのだけれど、周囲の状況に合わせてやむを得ず我慢したり、逆にまだ自分は行動を変えたくないのに、周囲に合わせて変えるなど、自由に判断したというよりも、周りの状況に配慮して不本意な面もありながら自分の行動を選択した。そんな経験を、多くの人が持っているのではないかと思います。

ところで、法政大学には大学憲章があります。そのタイトルが「自由を生き抜く実践知」です。大学にも、社会のさまざまな方面から、いろいろな要請、要求が寄せられます。自分たちにとって不本意なことを要請されたとき、それをただ拒絶すれば良いというわけにもいきません。人が社会とは関係なく一人だけで生きていくことができないのと同じように、大学もまた社会の中にあって活動しており、社会を無縁に大学だけで活動を続けていくことはできません。そして、大学がこうありたいと思っている理念もまた、社会の中でこういう役割を果たしたい、社会にこんな風に貢献したいという要素を含んでいます。社会の中にある法政大学が、「自分たちはこうありたい」と思う活動を続けていくためには、社会からの要請をまったく無視してしまうこともできないし、何にでも応えて自分たちらしさを見失ってしまってもいけないのです。そこで、「法政大学がその原点と方向性を見失わず、大学に集う全ての人々とともに、教育と研究の理想を創造的に追求し、社会的責任を果たしていくため」に、法政大学がこうありたいと思っていることを文章にして、いつでも振り返って確認しながら活動していくことが重要だと考えました。そのためにまとめられた文書が大学憲章で、そのタイトルが「自由を生き抜く実践知」なのです。

先ほど述べたように、周囲の状況に配慮しながら自分で判断するという状況のもとでは、なかなか「自由」を実感できません。でも、社会の中で生き続けていく以上、周囲のことをまったく無視して自分の思いにだけ忠実に行動し続けていくことができるわけではありません。法政大学の143年の歴史もまた、社会の状況のなかにあって、その制約のなかでもなお、自分たちの原点と方向性を見失わずにありたいと思って積み重ねてきたものです。自由であり続けるためには知恵が必要です。そして、その知恵は単なる知識や理念にとどまるのではなく、実際の行動の中で発揮していかなければならないようなものとしてある。そして、それはいったん身に付ければずっと効果があるというようなものではなく、自分の行動のなかで悩みながら判断を重ねていくことによって、少しずつ磨いていく他ないようなものです。

法政大学に入学した2023年9月という時点と、自分の自由と社会の状況とのすり合わせについて感じている、今の思いを胸に刻んだ上で、これから学生生活が始まる法政大学という場は、「自由を生き抜く実践知」を目指すところなのだ、ということを意識して、過ごしていって欲しいと思います。そして、何よりも判断に迷ったり、判断はしてもそれに何か納得がいかない感覚があるときには、そのことをぜひ周囲の友人や教職員と共有して、一緒に考えてみてください。自分自身が本気で悩むことなしに「自由を生き抜く実践知」を身に付けることはできませんが、自分一人で考え込んでいるだけでも、それを身に付けることはできません。そのために、法政大学という場をフルに活用してください。

ここには、さまざまな地域から、多様な価値観や関心をもった人が集まっています。教職員や卒業生まで含めると幅広い年代の人とコミュニケーションをとる機会も豊富です。自分では想定できないような視点から物事をとらえたり、自分が知らなかった知識を参照するからこそ生まれてくる考えをもった人がいます。ただ、同じキャンパスの中で過ごしているというだけでは、そういう多様な仲間との深い交流は生まれてきません。自分の迷いや、スッキリしない思いを積極的に伝え、それをめぐって意見を交わしてみることによってはじめて、深い交流ができていきます。これから始まるみなさんの学生生活が、数多くの仲間との出会いや、豊かな発見に満ちた日々になることを期待して、歓迎の挨拶とします。