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2023年9月卒業・学位記交付式 総長告辞

  • 2023年09月09日
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本日お集まりの卒業生、修了生のみなさん、おめでとうございます。ご家族の皆さまにもお祝い申し上げます。

学部生のみなさんが在籍していたこの4年の間には、パンデミック、国際紛争の発生などにともない、人々の生活にも、社会や経済の構造にも、急激な大きな変化が起こりました。大学院修了生のみなさんは大学院に入る前の時期からそんな変化に遭遇してこられたかと思います。人が世界中を自由に移動できること、モノが世界中を自由に取り引きされ流通することなどは、パンデミックの前には当たり前のことだと、ほとんどの人が受け止めていました。それがいったんは全くできなくなりました。グローバルな自由貿易や物流のシステムの整備によってモノの自由な流通が普及し、それを前提とした経済のしくみが出来上がっていましたが、それが突然機能しなくなりました。海外からの部品の輸入が滞ったことによって、日本国内で生産される自動車の台数が減ってしまったり、特定の食材が足りなくなったことによって外食のメニューが変わるなど、思わぬ幅の広さで影響が出ました。

大学生にとっては、たとえば留学に大きな影響が出ました。海外留学に行く予定を諦めた人、時期が変わってしまった人が少なくありません。日本への留学という点は、法政大学に入学した正規の学生であるにも関わらず、日本に入国できないので出身国からリモート授業を受けている人が、一時期は少なくありませんでした。また、2022年には国際紛争の影響で、安全確保の観点から急遽留学を中止して帰国せざるを得なくなった人もいました。

一人一人のみなさんの学生生活を振り返って見ると、自分自身の計画していたことや、夢の実現に大きく影響を受けたということがあったことと思います。また、それだけにとどまらず、今後の社会全体のあり方にとっても、大きな影響のある変化を目の当たりにしながら、今日を迎えているはずです。それを自分の体験として実感したということは貴重なことです。ある時点で「当たり前」と感じていることが、いつでもどこでも「当たり前」なのではない、ということが現実感をもって受け止められているはずだからです。

人生において、それまで「当たり前」だったことが、突然「当たり前」ではなくなってしまうという経験をする機会は、その人が生きている時代によって大きく異なります。法政大学の創立者たちの世代であれば、江戸時代に生まれ、幕末から明治維新の激動の時代を経験し、急速に近代化が進んでいく時代を経験しました。そして、その変化のなかで自分ができる役割を果たそうと行動した結果として、後に法政大学へと発展していくことになる日本初の私立法律学校が誕生しました。それだけではありません、私立の法律学校をつくるという手段があるのだ、と気づいた他の人たちも動き始め、いくつもの法律学校が誕生し、その多くが現在では大規模な私立大学へと発展してきています。ひとつの法律学校をつくった明治の若者たちの、小さな実践が、後に日本の高等教育を支える重要な柱のひとつとなっているのです。

今日この場で卒業、修了を迎えられたみなさんもまた、まずは今日までの経験として、世の中の「当たり前」がいつまでも「当たり前」であるとは限らないことを経験を通して実感し、これから大きな変化が想定される未来へと歩み出して行こうとされています。新型感染症の拡大や国際紛争の突発などは、今後も実際に起こり得ることです。したがって、世の中の「当たり前」を支えている条件が、いつまでもそのまま続く保証などない、という現実にみんなが実感を持って気づいてしまいました。その結果、人の判断や行動の仕方が変わります。それがひいては、世の中の大きなしくみを変化させることにつながっていきます。このようにして、私たちはいま、大きく変わることが当たり前となる時期の入口に立っているのではないでしょうか。

これまでの「当たり前」を支えていた条件が一気に失われたとしても、社会のいろいろな場所で深刻な影響が出てしまわないようにすることがこれからの課題です。そのためには、世の中のしくみをそんな変化に対応できるように再構築していかなくてはならない。みなさんはこれから、社会のいろいろな場所で、その再構築の何らかの部分を担っていくことになります。

ひとつひとつの場所では、社会全体のあり方という大きな課題に直接取り組むということはないのが普通です。しかし、特定の現場で、とても具体的な小さな課題を解決するために取り組んだことが、結果として世の中のしくみを変えるようなことが、現代社会においても起こります。今年の春、みなさんの先輩にあたる、本学卒業生の原昌宏さんが、日本学士院賞、恩賜賞を受賞されました。その受賞理由は、「QRコード・システムの開発とその世界的普及への貢献」です。おそらくこの場にいるほとんどの人が、日常的に使っているQRコードは、原さんの開発によって誕生しました。

原さんは本学ご卒業後、デンソーという自動車部品などを製造する会社に技術者として入社されました。その部品の管理のために使っていたバーコードが、情報の容量が少なく、またちょっとした汚れにも弱いため、何とか改良したいということで、ご自身の開発提案によって開発されたのがQRコードでした。元々は部品メーカーが納品先の企業との間で素早く正確に情報をやりとりするために開発されたものでした。つまり、企業間の取引情報の伝達手段でした。しかし、これをライセンスフリーにすることによって、さまざまな分野のユーザーが新しい用途に導入し、その結果QRコードの使い途や可能性が広がって今日に至ります。ライセンスフリーにすることが、単に一方的に社会に与えるというような意味をもったのではなく、広く社会的に使ってもらうことによって、さらに技術開発を高度に進めていくための有効で不可欠な手段にもなった。広く使ってもらうことによって社会からのフィードバックを得て、技術は鍛え上げられていった。こうして、現場の小さな、具体的な課題を解決するために開発されたものが、やがて世の中の普通のしくみになったのです。

おそらく、原さんご自身や所属されている企業1社の力だけでは、QRコードは企業間取引に活用されるだけで世の中の一般の人の目にはつかないような業務用の特殊な発明に終わっていた可能性が高いのではないかと思います。そうするのではなく、自分たちの専門外の領域については、その領域に強い人が自由に活用できるようにして、そこで気づいた新しい課題を解決することに継続的に取り組んだ結果、QRコードのシステムはさらに改善され、使い勝手の良いものとなっていき、現在では社会のあらゆる場所で使われるに至っているのです。自分たちだけで抱え込むのではなく、さまざまな分野の多様な人たちの力を借りて、技術をさらに進化させるとともに、社会へ普及させていくことに成功したのです。原さんの受賞理由が「開発」だけではなく「世界的普及への貢献」も含んでいることがとても大事なメッセージになっているように思います。

人が一人で出来ることには限りがあります。しかし、他の人と協力することによって、自分自身の限界を超えた何かを実現できる可能性が広がります。他者とどのように協力できる関係をつくるか。自分にないものを持っている人たちとの連携を通して、互いに単独では出来なかったことを実現する。そんな過程を通して、個別的な、小さな課題解決は、世の中のしくみをより良く変えていく可能性をもっている。原さんの受賞はそんなことを私たちに教えてくれます。

みなさんが良くご存知のように、法政大学憲章は「自由を生き抜く実践知」という言葉を掲げています。その実践知の中の重要な要素のひとつは、他者と協力する知恵です。大学憲章の末尾は「世界のどこでも生き抜く力を有するあまたの卒業生たちと力を合わせて、法政大学は持続可能な社会の未来に貢献します」となっています。みなさんは、大学憲章が想定する課題解決のためのパートナーとして位置づけられているのです。大きな変化を迎えていくであろう未来に向けて、将来のみなさんと、法政大学とが力を合わせて何か社会の課題を解決する日が来ることを期待しています。そんな日を待ちながら、まずはこれからのみなさんのご研鑽と幸運を祈り、祝辞と致します。