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【法政の研究ブランドvol.17】「破産法」を通して学んだ物の見方を社会に生かす-法律は生きていく力にも武器にもなる-(法学部法律学科 倉部 真由美 教授)

  • 2022年03月02日
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「法政の研究ブランド」シリーズ

法政大学では、これからの社会・世界のフロントランナーたる、魅力的で刺激的な研究が日々生み出されています。
本シリーズは、そんな法政ブランドの研究ストーリーを、記事や動画でお伝えしていきます。

「破産法」との出会いが研究のきっかけに

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私は現在、破産法や民事再生法といった「倒産」に関する法律(倒産法)を専門にしていますが、高校生の頃は英語が好きで、大学では外国語学部に進み、将来は通訳や翻訳家になりたいと考えていました。

ところが実際、高校卒業後の進路を考える時期に、母が様々な職業を紹介している受験生用の冊子を見ながら何の気なしに「司法書士なんていいんじゃない?」と勧めてくれたことで、進路を考え直すことになりました。それまでは「法律に詳しい人が自分のそばにいればいいな」くらいにぼんやり思っていたのですが、母に言われてから「自分がやってみてもいいのかな」と思うようになったんです。幼い頃から両親に「女性であっても手に職をつけなさい」と言われてきたこともあり、資格を取ることにも魅力を感じました。法律といえば真っ先に弁護士を思い浮かべますが、当時の私にとっては、遠い存在に感じられる弁護士よりも、市民の皆さんに近い、町の法律コンサルタントという立場で社会に関わる仕事をしたいと考え、司法書士を志して法学部への進学を決めました。

大学入学後は、今思えば司法書士の資格取得に向けて無謀な計画を立てて勉強していたと思います。大学と専門学校のダブルスクールに通う経済的な余裕がなかったので、入学直後から通信教育で資格試験の勉強を始めました。同時に、通っていた大学は年間の登録単位数の上限がないことをいいことに1・2年生で必要な卒業単位を全て取得し、残りの2年間は資格試験対策に集中しようと、時間割いっぱいに授業を詰め込みました。この勢いで2年生の夏休み期間中の集中講義で「4単位も取れる」という不純な動機で受講したのが、後に私の未来を決定づけることになった「破産法」の講義でした。破産法なるものが一体何をどう規律するのか、まったくイメージがわかないまま飛び込みましたが、新しく学ぶ世界の中では、これまで学んできたこととつながることが多くありました。とくに、既に司法書士試験のために力を入れて勉強していた民法の担保権の知識が単なる字面のものでしかなかった私の頭の中で、民法と破産法の世界が繋がり、ストーリーをもつものとして動き出したような感覚がしたことを覚えています。

担保権の代表である抵当権は、例えば、銀行からお金を借りて住宅を建てる際に、万が一、返済が滞ったときに備えて、銀行が債務者の住宅について設定しておくことができる権利です。返済が予定通りなされていれば、抵当権の出番はありませんが、返済ができなくなったときには、銀行はその住宅を裁判所の手続で売却して、得られた代金から優先的に借金を回収することができます。このことは、お金を返すことができない究極の場面である破産のときこそ大きな意味をもちます。このようなことがわかり、破産法に興味を持つようになり、広く「倒産法」を学ぶようになりました。そしてその後、抵当権を含む「担保権」と倒産手続が私の研究のテーマになります。

実は、「破産法」の集中講義は、当時、同志社大学からお越しの先生が担当してくださり、その後、この先生が最初の就職先である同志社大学に私を採用してくださるというご縁につながります。さて、夏休みが明けて、その先生を招聘なさった、後に私の恩師となる民事訴訟法の先生から「秋から担保物権法について勉強するから、ゼミを聴講して、一緒に勉強してみてはどうか」と誘っていただき、喜んで参加させていただきました。そこで倒産法と担保権についてさらに勉強していくうちにますます倒産法に対する興味が強くなっていきました。

その時の関心を追っていけば全てがつながっていく

当時、司法書士を目指しながらも英語への未練があったため、大学の交換留学に応募し、幸いにもオーストラリアの大学に行くことが決まりました。そこで、恩師にオーストラリアで勉強する面白いテーマはありませんかとご相談したところ、「オーストラリアは倒産法が改正されたばかりなので、どうなっているのか調べてきたらどうですか」というご助言をいただきました。

現地では、倒産法を扱っている授業が大学院の授業しかなく、交渉して聴講させていただき、オーストラリアの倒産法がどのように改正されたのかを学びました。レポートを書くために研究していくうちに、どんどん興味が深まるとともに、次から次へと疑問も湧いてきました。そのこと自体を面白いと楽しめる自分を発見したことに加え、留学中に恩師から「研究者という道も考えてみてはどうか」と書かれたお手紙をいただいたこともあって、将来は司法書士になるのではなく、本格的に研究者の道を目指す決意をするに至りました。

このようにはじめから研究者を目指していたわけではありませんが、その時その時の関心を追っていくなかで研究者という道が徐々に開けていきました。私の場合は英語への関心がスタートでしたが、外国語を勉強して本当に役に立ったと思っています。その後、研究の道を歩み始めますと、オーストラリアだけではなく、アメリカやイギリスの倒産法についても研究することになり、自分が翻訳家かと思うほど毎日ひたすら外国文献を訳して読み進めていました。また、就職後に得られた機会である、アメリカのロースクールでの在外研究や、国連の国際商取引法委員会の倒産法作業部会(UNCITRAL Working group V)への日本代表としての出席は、それまでの英語の学びがなければ果たせなかったでしょう。法律という専門に語学がプラスされ、可能性は確実に広がりました。

  • アメリカのロースクール卒業式にて

  • ウィーンで開かれた国連の国際商取引法委員会(UNCITRAL)会議にて

アメリカのロースクールで在外研究を行った際は、アメリカ社会の考え方や価値観に触れることで大きな影響を受けました。例えば、破産というと日本社会ではネガティブなイメージがあると思いますが、アメリカにおける破産には「リフレッシュスタート」という言葉が使われるなど、明るく「やり直そう!」という発想があり、破産でも、再スタートを後押しする手続として定着しています。日本でも「明るい倒産法」を提唱なさっている研究者もいらっしゃいます。皆さんにも、倒産法の新たな捉え方として知ってほしいと思っているところです。

学生の皆さんには、「大学時代はいろいろなことに手を出して、大いに迷ってください」と伝えています。例えば、アルバイトも様々な経験をした方が社会に出る前の擬似体験ができますし、関心のある分野は多様であればあるほど将来に生かすことができます。たとえあとで変わることがあっても今の目標を立てて歩んで、いろいろな選択肢と出会い迷いながら点を打っていくと、思いがけず全てがつながることがあります。回り道のように見えて回り道ではないこともあります。大いに迷いながら、自分の関心を追い続けて欲しいと思います。

いざという時に必要な情報をとらえる力を身につけよう

近年はコロナ禍で倒産法について改めて社会の関心が集まってきたこともあり、倒産法について解説をする機会が増えました。授業でも法律雑誌の論稿でも、破産法、民事再生法、会社更生法など法律で定められた各種倒産手続について、わかりやすくお伝えするのはもちろんのこと、こういった手続以外にも、倒産処理の方法があることを紹介するようにしています。

例えば、国の法律に基づいて、各都道府県に中小企業再生支援協議会が設定されています。この機関では、資金繰りに窮した中小企業の再起に向けた支援をしており、コロナ禍では、特別な対応も用意しています。実際、その利用件数が増えているそうですが、こうした情報を持っていなければ利用することはできません。やはり、いざという時どこにアクセスすればいいのかという情報をとらえる力は生きていくために必要不可欠ですし、法学を学ぶ学生には特に身につけて欲しい力だと考えています。1年生対象の「法学入門演習」という授業でも、自分で情報を入手する力を身につけることの重要性を具体的に伝えています。

授業では、学生の皆さんに具体的なイメージを持ってもらえるように心がけています。倒産にしても民事訴訟にしても、自分には縁のない人ごとと捉えがちですが、それでは、勉強を進めても頭に入ってきませんよね。例えば、「民事手続法入門」の授業では、かつて思いがけず交通事故に遭って保険会社との共同原告で訴訟を起こすことになった私の父の話を例に挙げて、その経緯を織り交ぜながら、講義を進めています。これは学生の皆さんに好評のようで、授業の良い素材を提供してくれた父に感謝しています。

3年前にはとにかく平易な言葉で初学者でも通読できるような教科書を作ろうと、『倒産法』(有斐閣ストゥディアシリーズ)という本を共著で出版しました。通信教育課程のスクーリングで初めて活用した授業の最後に、「先生、この本は一人で最初から最後まで読むことができました」と言ってくださった方がいて、とてもうれしかったことをよく覚えています。

さまざまな場で話をするなかで、今の若い人は社会貢献への関心が高いと感じています。学生に対しては、社会に出る前に、法律は立派な武器になることに気づいてほしいですし、「身近に困った人がいるときにはアドバイスできるような意気込みで勉強してほしい」「ここで得た知識を発信し、社会に生かしてほしい」と伝え続けていきたいと思っています。

  • 著書『倒産法』(有斐閣ストゥディアシリーズ)

  • 現在、オンラインと対面のハイブリッドで行っているゼミでの一枚

法学部法律学科 倉部 真由美 教授

東京都立大学大学院社会科学研究科基礎法学専攻博士後期単位取得満期退学。同志社大学法学部准教授などを経て、2012年4月より現職。専門分野は、民事訴訟法、倒産法。研究テーマは、「再建型倒産手続における担保権の取扱い」。現在、法務省法制審議会動産債権担保法制部会委員を務める。10年から12年まで国際商取引法委員会倒産法作業部会(UNCITRAL, Working group V)に日本代表として出席。15年から16年まで司法試験考査委員(倒産法)。著書に『倒産法』(共著、有斐閣)等。