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犯罪心理学を切り口に人間の心理・行動を分析する(文学部心理学科 越智 啓太 教授)

  • 2024年03月01日
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「法政の研究ブランド」シリーズ

法政大学では、これからの社会・世界のフロントランナーたる、魅力的で刺激的な研究が日々生み出されています。
本シリーズは、そんな法政ブランドの研究ストーリーを、記事や動画でお伝えしていきます。

心理学では手つかずの研究分野がたくさん残されている

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私は、高校時代は生物学が好きで、将来は動物行動学者になってサバンナなどで、双眼鏡で動物を観察するような仕事をしたいと思っていました。しかし、残念ながら、そういう研究をしている大学には進学できず、「人間も動物だから、心理学でもいいかな」というかなり不純な動機で心理学科に進学しました。そして、結果的にはこの学問にはまってしまいました。

心理学は人間の行動の原因やそのメカニズムを研究する学問なのですが、他の学問と大きく違うところがあります。それは「行動」は時代や状況によってかなり変わってくること。つまりまだ手がつけられていない分野がとても多いのです。さらに言うと歴史が他の学問に比べて浅いため、まだ解けていない謎や多くの人が誤解しているような現象もたくさん残されている。これは他の学問にはない面白さだと思います。

大学時代に興味があったのは、特に「記憶」で、ミステリー映画や推理小説が好きだったので、目撃者の記憶やストレス状況下での記憶、犯人の記憶みたいなことに興味を持って勉強をしていました。人生で初めて書いた学術論文は「子どもの目撃者の記憶」についてです。そんなときにたまたま大学の就職部の掲示板で、警視庁の心理学研究職の募集の貼り紙を見つけ、「これは面白そうだ」と思って応募したところ、運良く合格することができました。そして警視庁科学捜査研究所、いわゆる「科捜研」に所属し、実際の事件捜査の支援やその手法に関する研究の仕事をするようになりました。

犯罪心理学は防犯や安全な街づくりにも貢献

科捜研は基本的には犯罪現場に残された証拠等を科学的に分析する職場です。テレビ朝日ドラマ『科捜研の女』では主人公が事件現場に行くこともありますが、事件捜査はあくまで現場の警察官の仕事。実際の科捜研では現場から採集された試料について「この白い粉末はメタンフェタミン」や「事件現場に落ちていた血痕のDNAはこの被疑者のもの」といったことを分析して、それを裁判で使うために鑑定書にするといった仕事を比較的淡々と行っています。法医学や化学などが花形部署で、心理学は比較的マイナーな部門です。ただし、良かったのは心理職だけは、かなり頻繁に事件現場に臨場したり、被疑者や被害者、目撃者などと会うこともあったという点です。この経験を通じて、犯罪や犯罪者というものを肌で感じることが出来ました。

では、犯罪心理学の研究が捜査にどのように活かされているのでしょうか。一つの例は、プロファイリングでしょう。例えば極めて猟奇的な、一般人の感覚では理解に苦しむ犯罪が起きたとします。しかし常軌を逸しているように見える事件でも、心理学や精神医学の知識、あるいは過去の事件をもとにすると、意外と思考や行動のパターンが見えてくるものなのです。こうした情報を伝えることで、捜査のサポートを行うのが科捜研の仕事の一つです。

また犯罪心理学は、「犯罪を未然に防ぐ」という観点でも意味のある学問です。我々は、防犯のためにいろいろ努力していますが、その多くは意外と見当外れでコストの高すぎるものです。犯人やその行動を知れば、より効率的に防犯をすることができます。例えば、侵入窃盗犯の多くは無施錠の窓から侵入するか掃き出し窓を割って入ることが多いのですが、彼らの手口はどちらかというと、数撃てば当たる的方法です。数分以内に侵入できなければ諦めて次のターゲットに移ることが分かっています。これは、掃き出し窓に100円ショップで売っているような補助錠をつけたり、まめに鍵をかけるだけでかなりの防犯効果が得られることを示しています。一方で、現在は玄関の鍵をピッキング的な手法で解錠する犯人は極めて少なくなっています。これは、10万円くらいだして、立派な玄関の鍵をつけても防犯効果はあまり変わらないことを示しています。

ただプロファイリングという言葉が独り歩きしてしまった結果、「犯人とはこういうもの」という決めつけや偏見、差別が起こりやすくなってしまったという側面もあります。何か事件が起きたときについ「犯人はこういう人物でこういう動機だ」と推測したり、警察の捜査活動や裁判所の判断に文句をつけるSNSでの投稿が数多くでてきます。また、テレビではコメンテーターや解説委員も同様な発言をします。しかし、それらの意見はだいたい間違っています。犯罪や犯罪心理学に関する正しい情報はネット上にはほぼ存在しません。だからこそ犯罪心理学を大学などできちんと勉強していく必要があるのです。

日常の中のふとした疑問が研究テーマになる

科捜研は憧れていた職場でしたので、楽しく仕事をしていたのですが、その後、縁あって大学に移ることになりました。科捜研では、警察の業務や組織に縛られていたので、あまり自由な活動は出来なかったのですが、大学に移った後はさまざまな新しいことにチャレンジすることが出来ました。

例えば、ドラマの監修です。ちょうどその頃、刑事ドラマや医療ドラマでよりリアリティが追求されるようになり、警察のOBだったり、医師だったりが監修として協力するようになったのです。私もいくつかのテレビドラマや映画で監修を行いました。そこでは実際の犯人の動機や警察の捜査活動などについてコメントし、よりリアルな犯人像、捜査活動の再現の手助けをしました。しかし、実際の捜査は地味で専門的なので、あまりにリアルになるとエンターテイメントとしては面白くなくなってしまいます。このあたりはどう折り合いをつけるのかが難しく、監修者の腕の見せ所になります。

現在、主に取り組んでいる研究テーマは三つあって、もっとも時間を割いているのが「デートバイオレンス」です。交際初期は「恋は盲目」状態で気づかないことが多いのですが、相手の行動パターンなどから将来の暴力傾向、ストーカー傾向などを予測することを目的に研究しています。

二つ目は「大量殺人事件」。これは京都アニメーション事件など、一つの場所で同時に多くの無関係な人を殺害する凶悪な犯罪です。社会的な影響力が大きいので、そもそもなぜこういう事件が起こるのか、どうすれば防げるのかなどについて研究しています。

三つ目は「取調べ」。取調べでは、もちろん対象者が言っていることだけを信じてもいけませんし、厳しく追及しすぎるのも人権侵害になってしまいます。また、嘘や口裏合わせも見破っていかなければなりません。冤罪を防ぎつつ、事実を認定していくことはなかなか難しいことですが、コミュニケーションや臨床心理学についての研究、嘘を見破っていく技術の研究をもとに、より効果的で適切な取調べ方法を実験的に開発しています。いま残念に思っているのは、会社や学校でハラスメントやいじめについて調査をする第三者委員会(主に弁護士から構成される)の調査能力が極めて貧弱なことです。特にいじめ問題が闇に葬られてしまうことが多く、これをなんとかしなくてはと思っています。

ざっと話しただけでも気づいていただけると思いますが、犯罪心理学は社会心理学や臨床心理学など、他の分野とも隣接していて、切り分けて話せないことがたくさんある学問です。だから私のゼミでも研究テーマはバラバラ。それぞれ日常の中でのふとした疑問を見つけて、仮説を立てて実験し、自分なりに解明して結論を出し、それを効果的にプレゼンすることに取り組んでもらっています。もちろん、犯罪関係の研究も多いですが、恋愛関係やマーケティング、パーソナリティなどの研究をする人もいます。心理学には解けていない謎が大量にありますから、うまくいけば大学生でも世界で最初にその謎を見つけ、解明することが出来るかもしれません。人間観察が好き、日常のなかでいろいろな疑問が湧く、そんな人であれば好奇心をそのままエネルギーにしてまい進できる学問だと思います。

  • 犯罪心理学をテーマとした書籍を多数発行

  • 近年は社会心理学を中心とした多様なテーマを扱った書籍を発行

文学部心理学科 越智 啓太 教授

学習院大学大学院人文科学研究科心理学専攻修了。警視庁科学捜査研究所研究員などを経て、2008年より現職。専門は犯罪捜査における心理学の応用、プロファイリング、目撃証言の信頼性など。主な著作は、『ケースで学ぶ犯罪心理学』(北大路書房)、『犯罪捜査の心理学-プロファイリングで犯人に迫る』(化学同人)、『すばらしきアカデミックワールド-オモシロ論文ではじめる心理学研究』(北大路書房)、『特殊詐欺の心理学』(誠信書房)など多数。