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法政大学では、これからの社会・世界のフロントランナーたる、魅力的で刺激的な研究が日々生み出されています。
本シリーズは、そんな法政ブランドの研究ストーリーを、記事や動画でお伝えしていきます。
私たちが子どもの頃は銀行の金利が高く、現金を銀行に預けておくだけでそれなりの利息を受け取ることができたため、預金者が株式投資を強く意識する機会は多くなかったように思います。しかし、金融機関のリスク資産に対する規制強化の影響で株式保有が減少していった結果、これまで預金者であった我々が直接株式のマーケットに関わる機会が増えていきました。
こうした背景もあって、2000年初頭には「間接金融から直接金融へ」としばしば叫ばれるようになり、自分でお金を増やしていかざるを得ない時代となりました。現政権が「貯蓄から投資へ」をスローガンに掲げていることからも分かるように、「投資」はいまや多くの生活者にとって無視できないテーマになっていると言えるでしょう。
ただ「貯蓄から投資へ」と言われても、知識がなければ実際に行動には移せません。たいていの人はまずは本を読んだりセミナーに通ったりと、情報収集からスタートするわけです。なかには株を買うために企業の分析を行う人もいるでしょう。しかし誤解されがちなのですが、一般的な生活者の投資において「企業分析」はそれほど重要ではありません。なぜなら個別銘柄を買うよりも、投資信託などを活用しながら分散投資を行う方が、効率が良いことが数学的に明らかになっているからです。また、ファイナンスの世界において、プロのファンドでさえもTOPIXなどの株式インデックスよりも高いパフォーマンスを示すことは難しいという事実が実証的に示されています。
投資においてもっとも重要なのは、分散投資のメリットを理解したうえで、「いかにリスクを下げて、自分の人生設計に合わせて運用するか」なのです。これは私の講義でも学生に意識して伝えています。生活によってお金が出ていくなかで毎月入ってくる給料をどう回していくのか、つまりライフプランを軸にしてどのように資産運用していくかを考えることが大切だと思っています。
株式の運用において昔から言われていることですが、ドラーコストアベレージという手法があります。例えば給料から毎月数パーセントずつ、銘柄はもちろん、時期も分散させて長期的に投資する。つまり、市場インデックスに連動した投資信託を買い、毎月一定額を投資していくということです。この方法によって、購入価格が受ける価格の変動の影響を平準化できるのです。また、支出に関しても同様に、老後の消費に対応した形で少しずつ引き出していけば購入の時と同様に、売却価格が受ける価格変動の影響を平準化することができます。以上の過去の知見を理解できれば、個別銘柄に一気に投資をすることはギャンブルに近いものであり、銘柄、時間ともに分散することが投資の王道であると理解できるかと思います。
私が投資に初めて触れたのは大学生のとき。「いち早く社会に出たい」と商学部で学んでいた頃で、当時は研究者になりたいという気持ちはありませんでした。
そんななか叔母の相続が発生。さまざまな理由から私が中心となって解決せざるを得なくなったのです。折角のお金をただ消費してしまうのではなく、なんとか毎月お金が入ってくる仕組みが作れないかと方法を模索するなかで、投資について学ぶようになりました。追い詰められた結果として金融商品に触れるようになったわけですが、実体験からの学びは私に大きなインパクトを与え、次第に興味がふくらみ、さらに追求したいと考えるようになったことが研究者になった経緯です。
私が学生に身につけてもらいたいと思っているのが、「生きていくうえで何が自分でコントロールできる変数で、何が動かせない(外生)変数なのか」を判断し、思考する力です。株式投資をはじめとするファイナンスは、あくまでそのための題材と考えています。
例えば株式市場において分散投資をするのであれば、それぞれに何パーセントずつ投資するのか、このウェイトは自分で決定できます。一方で、株式それぞれの将来の価格は分かりませんし、コントロールできるものではありません。学生には自分で決定できるものとできないものを見極めて、自分の望みを達成するためにはコントロールできるものをどう調整すればよいのかを学んでほしいと思っています。
そして自分が決定できるものの中で、何を最適化するのか、何をどう選択するのかをファイナンスという学問を通じて普段の生活の中でも考えられるようになってほしい。この知識を持っているだけでも、世の中の見方がガラッと変わってくるはずです。
経済学部はいわゆる「文系」と呼ばれる学部ですが、金融を学ぶうえで重要になるのが確率と統計、つまり数学です。近年、高校では金融教育が義務化され、資産形成のための授業がスタートしましたが、高校数学の教科書を見ると、やはり確率・統計が占めるウェイトが昔の世代と比較して大きくなっていることが分かります。分散投資も確率の話ですし、金融教育においては数学をしっかり学習することが最も重要だと考えています。
つまり確率・統計をきちんと学習することがファイナンスへの興味、理解に結びつくということ。「数学が苦手だから」という理由で経済学部へ進むと、いずれ壁に突き当たってしまうかもしれません。それほど高度な数学を必要とするわけではありませんので、あまり心配しなくても大丈夫ですが、ファイナンスを学ぶのであれば、確率・統計は絶対に必要な知識であることを、ここでしっかりとお伝えしておきたいと思います。
2023年1月に学生と東京証券取引所の見学に行き、株式の取引ゲームをせざるをえない状況になったのですが、大人げないことにこのゲームで私は学生に圧勝してしまいました。その理由は今提示されているゲームがどのようなモデルで作られているだろうかという見方をしたこと。株価がどのような確率分布で、長期的に上昇トレンドを持っていることは学術的には知られていることなので、これを前提としてモデルが作られており、たまにショックを与えるんだろうと予測しました。結果として、株価はほぼ予想の範囲内で動き勝ちに繋がりました。こうした確率・統計の見方、考え方ができるだけでも、投資にとどまらず、生きていくうえで非常に役立つのではないかと思います。
最近は、「経営者の特性が、リスクテイクや収益性にどのような影響を与えるのか」を主な研究テーマとしています。その一例が行動バイアスです。
経営層が何らかの行動バイアスを持っている場合、それがどんな形でネガティブな結果を生むのかなどを調査しています。こちらの研究成果は最近学会で報告したのですが、企業自身が市場で企業の株式を購入する(自己株式取得)とき、企業の購入価格が既存株主の平均購入価格に近くなるアンカリングという現象が観測されました。また、戦争を経験した経営者は企業リスクにどのような影響を与えるのか、よりアグレッシブになるのか、それともコンサバティブになるのか、などについて調査するなど、経営者の特性が企業活動やマーケットに対してどのような経済的インパクトを与えているのかということを、科研費のプロジェクトの一環で研究しています。現状では、戦争経験が経営者をよりアグレッシブにするが、対外的な投資に対してはコンサバティブになるという面白い結果を得ています。こちらの解釈については非常に難しいのですが、社会学や行動・実験経済学の文献に依拠しながら、経営者に近いグループに対して利他主義(altruism)の傾向が強くなることを示しているのではないかと解釈しています。
上記の研究はすでに理論モデルが確立されているファイナンスの世界で、モデルの中に組み込まれてこなかったものです。ただ、現実の世界では理論モデルから乖離するアノマリーという現象が観察されることが多く、その理由は何であるのかをファイナンスの研究者は追究してきました。
私がこうした研究をしている最大の理由は、そのわからない部分を少しでも明らかにしたいというものです。それが明らかになって何の役に立つのか、従来のモデルで説明できたものと比べどれくらいの改善があるのかと聞かれると答えに窮してしますが、自分の提示した仮説がデータによってサポートされたときの喜びには代替できないものです(笑)。自分が進めている研究の貢献度はとても小さいかもしれませんが、多くの研究者が今まで分からなかったことを少しでも従来のモデルに組み込むという作業をし、その知見が蓄積されることが学術的な観点で大きな意味があることだと私は考えています。本当に微力かもしれませんが、自分もその一部になれることを目標として日々研究に精進しています。
一橋大学商学部卒業、一橋大学大学院商学研究科博士後期単位取得満期退学。博士(商学)。一橋大学大学院商学研究科特任講師などを経て、2020年より現職。2019年から2021年までカーディフ大学ビジネススクール客員研究員。研究分野はファイナンスの実証分析。最近の主な研究テーマは「コモンオーナーシップが株価形成、企業ガバナンスに与える影響」、「ガバナンス体制の違いによる企業価値への影響」など。著書に『金融市場における規制・制度の役割』(編著・日本評論社)など。