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数値シミュレーションで想定外に備える(デザイン工学部都市環境デザイン工学科 山本 佳士 教授)

  • 2022年07月07日
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デザイン工学部都市環境デザイン工学科
山本 佳士 教授


ESSAYでは、15学部の教員たちが、研究の世界をエッセー形式でご紹介します。

日本の自然災害リスク

日本の国土は、地震、津波、台風、豪雨、洪水、土砂災害、火山噴火など、さまざまな自然災害が高頻度で発生する厳しい地理的条件下にあります。コロナ禍の影響で人口の流出入の傾向が変化したとはいえ、依然として日本の人口、資本は大都市圏に集中しており、さらには、南海トラフ地震、首都直下地震などの巨大地震の発生も切迫しています。国連大学の「世界リスク報告書2016年版」でも、日本は、世界で自然災害リスクが最も高いグループに入っています。
冗長性と強靱性
一方、1995年の阪神・淡路大震災、2011年の東日本大震災などの経験を経て、日本の土木・建築構造物の、補強技術や復旧技術を含む耐震技術は飛躍的に向上しています。また、前述の震災の経験は土木・建築構造物の耐震設計の考え方にも影響を与えています。すなわち、単に想定する地震動に耐え得る強度を確保すればいいというのではなく、建設地点で起こりうる最大級の地震動、あるいはその想定を超える極大地震動が作用した場合でも、損傷を一定程度は許容しても構造物の機能は担保する(例えば新幹線の鉄道高架橋であれば、新幹線を止めずに運行できるなど)、早期に低コストで復旧できる、あるいは部材単体としては破壊しても構造システムとしては機能を保つなど、冗長性(リダンダンシー)や強靱きょうじん性(レジリエンス)と呼ばれる性能を確保することが要求されるようになってきました。

なお、一般的に土木・建築構造物は現地の一品受注生産品であって、実際に実物の耐震性能試験を行うのは不可能です。既に実績が多くある比較的単純な構造物を除いて、設計した構造物が想定以上の作用を受けてどのように振る舞うかを予測することは難しく、復旧性、冗長性、強靱性といった性能を的確に評価する方法の確立が課題として残されています。

鉄筋コンクリート構造物の劣化・破壊シミュレーション

前述の課題に対して、筆者は鉄筋コンクリート構造物を対象としたシミュレーションモデルの開発と応用により解決を試みています。専門的な話になりますが、現在は、鉄筋コンクリート構造物のシミュレーションといえば「有限要素法(Finite Element Method, FEM)」と呼ばれる手法が主流です。FEMは連続体力学に基づいた手法で、金属など滑らかに変形する材料の挙動予測を得意とします。コンクリート材料は圧縮には強いのですが、引っ張る力には弱く、比較的容易にひび割れが生じます。このため、コンクリート構造物の中で引っ張る力が作用する箇所には、引張・圧縮の両方に対して強度が大きくて靱性(粘り強さ)に富む、鋼製の棒状の材料である鉄筋を内部に配置して補強します。コンクリートのひび割れやコンクリートと鉄筋の間の不連続すべり挙動を連続体力学に基づくFEMで直接表現するのは難しく、ひび割れと鉄筋をFEMの枠組みの中でいかに表現するかが鉄筋コンクリートのシミュレーションの研究の主な課題でした。

筆者も学生の頃にはFEMを用いた研究を行っていましたが、一方で、FEMと比較してシンプルな材料モデルで、リアリティのあるひび割れと複雑な力学応答を再現可能な「剛体バネモデル(Rigid-Body-Spring Model, RBSM)」にも惹かれていました。防衛大学校に着任してからは、主な研究テーマをRBSMの開発、拡張と応用に変更し現在に至っています。RBSMは元々ばらばらの剛体粒子同士をバネで結合するモデルで、粒子間のバネの破壊により、ひび割れやひび割れ面のすべりなどの不連続挙動を簡便かつ合理的に表現でき、後述するように鉄筋コンクリートのような材料に対してはFEMと比較して優れた性能を示すことが分かってきました。

国際ベンチマーク解析

鉄筋コンクリート構造物のシミュレーションに関する研究は、古くから行われています。計算機性能の飛躍的な向上により、近年になって高解像度で大規模な3D計算や、内部の水分移動、熱伝導、化学反応などとの連成シミュレーションも可能になったものの、特に原子力発電施設のシビアアクシデント(重大事故)に対する安全性評価あるいは長期安全性評価のために、さらに精度の高い高度なシミュレーションモデルの開発が望まれています。

その取り組みの例として、例えばフランスや、経済協力開発機構/原子力機関(OECD/NEA)などが中心となって、シミュレーション手法の妥当性確認用のベンチマーク実験を実施するとともに、世界中の研究者が、実験結果を隠された状態でシミュレーションを実施し、各研究者のモデルの解析精度を評価する試み、いわゆる国際ベンチマーク解析が近年盛んに行われています。筆者もこれまでに、フランスの国家プロジェクトである「ConCrack2」(鉄筋コンクリート壁の破壊解析、ひび割れ詳細情報に対する予測技術の現状の評価が目的) や「SMART2013」( 準実物大鉄筋コンクリート原子炉建屋の地震応答解析)、OECDの原子力施設安全委員会(CSNI)が開催した「ASCET」(アルカリ骨材反応により劣化した鉄筋コンクリート壁の破壊解析、下図)などの国際ベンチマーク解析に参加しています。いずれのプロジェクトでも、他の研究機関がFEMを用いているのに対し、前述の不連続挙動の再現が得意なRBSMを適用しているのは筆者のみでした。手前みそになりますが、FEMでは不連続挙動の詳細な再現には限界がある一方、筆者のモデルではひび割れや破壊現象を高解像度、高精度で再現しており、ワークショップの報告書や関連論文などで高い評価を得ています。

  • SMART2013(準実物大鉄筋コンクリート原子炉建屋の地震応答解析)のブラインド解析結果の一例。上左図がRBSMの要素分割図、上右図が鉄筋モデル図、下図が原子炉建屋の屋上4隅の点の変位と時間の関係。赤色の実線が解析結果で黒色破線が実験結果。変位の振幅、周期等、良好に再現していた。

その後も、航空機・竜巻飛散物衝突、火災・高温作用、腐食などの劣化作用を受けるコンクリート構造物の応答を再現できるよう、同手法の拡張・高度化を続けており、各種の劣化、損傷を経て、最終的に想定以上の外乱を受けて崩壊していく過程までを再現できる手法として、あと少しというところまで来ています。

数値シミュレーションの魅力は、仮想の時空間上で、実験では観察できない、あるいは実現できない領域でも自由に安全性を評価できることです。これまでの経験でも、「外から見えない内部のこの亀裂が起点になって破壊に至るのか」「それならここを補強すれば、強度を飛躍的に向上させられる」など、シミュレーション結果から、たくさんの新しい知見、アイデアが得られています。

(初出:広報誌『法政』2022年6・7月号)

デザイン工学部都市環境デザイン工学科

山本 佳士 教授(Yamamoto Yoshihito)

1979年生まれ。博士(工学)。2002年名古屋大学工学部卒業、2004年同大学大学院工学研究科博士前期課程修了。防衛大学校助教、名古屋大学大学院准教授を経て、2020年に法政大学准教授に着任。2021年10月より現職。専門は構造工学および計算工学。日本計算工学会よりグラフィクスアワード特別賞、日本コンクリート工学会より同学会賞論文賞、土木学会より構造工学シンポジウム論文賞およびAI・データサイエンス奨励賞などを受賞。