お知らせ

植物ウイルス病の発病機構と防除に関する研究(生命科学部応用植物科学科 津田 新哉 教授)

  • 2020年11月17日
お知らせ

2019年度に受賞・表彰を受けた教員の研究や受賞内容を紹介します。

津田新哉教授は、「2020年度(令和2年度) 日本植物病理学会学会賞」(日本植物病理学会)を受賞しました。

  • 業績「植物ウイルス病の発病機構と防除に関する研究」

はじめに

二十世紀に勃発した不幸な歴史から、類い稀なる近代化を成し遂げた我が国発展の影の立役者に農業の技術革新が挙げられます。その中でも、農業工学に基づく農作業機械と生化学に裏打ちされた化学合成農薬の開発は圧倒的な貢献度があったことは言うまでもありません。単一作物の周年栽培で発生する連作障害を巧妙に制御し土壌病害虫のみならず雑草防除にまで卓効を示した化学農薬の土壌くん蒸用臭化メチル剤は、長年に渡り生産現場で使用されてきました。しかし本剤は、国際条約の「モントリオール議定書」により地球のオゾン層を破壊する物質に指定され、我が国では2012年末で全廃されました。臭化メチルの絶大な効果に依存してきたピーマンモザイク病の防除は新たな技術開発を余儀なくされました。

ピーマンモザイク病とは

ピーマンモザイク病は、種子・土壌・接触伝染で感染拡大するトウガラシ微斑ウイルス(PMMoV)により引き起こされるトウガラシやピーマンのウイルス病です(写真1)。

ピーマン等がこの病気に罹ると葉に明瞭なモザイク症状が発生し、その後の生育が著しく抑制されます。また、果実収量は減少し収穫できても奇形果が多発して収益性を著しく損ないます。このウイルスは伝染力が極めて強いことから、圃場(ほじょう)※ に感染したピーマン株がひと株でもあると管理作業で次から次へと容易に拡がります。また、PMMoVは非常に安定なウイルスです。感染株の地上部を除去したとしても、地中の残根に感染性を維持したウイルスが長期間に渡り留まり、次作の伝染源になります。従って、過去に発病した圃場での新たな栽培は常に感染リスクに脅かされています。

  • 作物を栽培する田畑

土壌からのウイルス検出法の開発

病気を防ぐための第一歩は正確な検査です。圃場でのPMMoVの伝染源は汚染土壌です。従って、土壌のウイルス汚染程度を正確に把握することが重要です。従来の土壌中のウイルス検出法は、緩衝液で調整した土壌抽出液をタバコ等の検定植物に物理的に接種し、その後に現れる症状を定量的に測定する生物検定法でした。しかし、検定植物の育苗温室の確保や操作の煩雑さなどから多数の試料を扱うには不適当でした。そこで、迅速かつ大量の試料が検定でき比較的廉価な血清学的検定法(ELISA法)を開発しました。本法では、界面活性剤とスキムミルクを添加した特殊な溶液でウイルスを汚染土壌から効率的に抽出し、その液をELISA法で検査します。この方法は、土壌成分により発生する非特異的反応を抑え込みウイルスだけを正確に定量することができます。これにより、モザイク病発生圃場の目に見えない感染リスクを正確に判断できるようになりました。

モザイク病発生メカニズムの解明

感染葉に現れるモザイク症状は、植物遺伝子の抵抗反応とウイルスのゲノム複製とのせめぎ合いの結果で生じます。この攻防をうまく抑え込むことができればモザイク症状は現れません。卓効を示す化学農薬がないウイルス病を制御するためには、植物とウイルスの遺伝子機能を調節する技術が必要です。そこで、モザイク病の発生メカニズムを解明しました。植物遺伝子の抵抗反応は細胞内で過剰生産されたウイルスゲノムRNAの分解反応で、それに対してウイルスはその反応を抑制する遺伝子を有し闘っていることが判明しました。一連の研究から、そのウイルス遺伝子が変異し植物の抵抗反応を邪魔しない系統は感染してもモザイク症状を示さない、すなわち弱毒化することが分かりました。

植物ウイルスワクチンの開発

ある種のウイルスに感染している植物は、同種もしくは近縁ウイルスの感染から免れる現象が知られています。この現象を利用して、弱毒化したウイルスを予め植物に接種しておくことでその後に侵入する強毒ウイルスの感染を防ぐ生物防除法があります。モザイク病発生メカニズムの解析からPMMoVの弱毒化に寄与するウイルス遺伝子が分かりましたので、その遺伝子が変異した弱毒系統を多数選抜し強毒ウイルスに対する防除効果を比較しました。その結果、農家規模の試験栽培で高い防除効果を示し、収益性も確保できる弱毒系統を選抜することができました。それを「植物ウイルスワクチン」として生物農薬登録し(写真2)、先の土壌中のウイルス検出法等と組み合わせた総合的病害虫管理体系を創出し産地に適応しました(図1)。

おわりに

地球環境に有害とはいえ、化学農薬に代え経営も成り立つ環境に優しい病害虫防除技術の開発は困難を極めます。生産現場で起こる病害虫の発生を正確に予察し、被害を最小限にくい止めるために複数の防除技術を調和させた総合的病害虫管理体系の開発がひとつの突破口になるでしょう。21世紀の農業では、その様な管理体系の概念に基づく持続的な安定生産技術の開発が求められていると考えています。生産者は元より、行政や技術開発機関の関係者とも連携し未来に安心できる研究を続けていきます。

法政大学生命科学部応用植物科学科

津田 新哉 教授(Tsuda Shinya)

主な研究は、野菜類に発生する植物ウイルス病の感染メカニズムおよび伝染環の解明、ウイルス病診断技術および防除技術の開発等である。2018年度から現職。前職は、(国研)農業・食品産業技術総合研究機構中央農業研究センターの病害研究領域長である。2008〜2010年まで「モントリオール議定書」締約国会合日本政府代表団技術顧問も務め、我が国の環境保全型農業技術開発を率先する研究者のひとりである。

  • 所属・役職は、記事掲載時点の情報です。