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データで読み解く 少子高齢社会の贈与と相続(経済学部経済学科 濱秋 純哉 准教授)

  • 2020年11月13日
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2019年度に受賞・表彰を受けた教員の研究や受賞内容を紹介します。

濱秋純哉准教授は、「日本財政学会奨励賞(第76回大会)」(日本財政学会)を受賞しました。

  • 論文「世代間資産移転税制と贈与行動―2015年相続税増税に対する家計の反応―」

研究内容

私の近年の主な研究対象は、生前贈与や遺産相続(世代間資産移転)です。人々が子孫に贈与を行ったり遺産をのこしたりする動機(目的)や、それが消費・貯蓄行動に与える影響を研究しています。世代間資産移転の動機として考えられるのは、親が自分の老後の面倒を看てくれた子に資産を渡す「戦略的動機」や、経済力に乏しい子に資産を渡す「利他的動機」などです。世代間資産移転がどのような動機に基づいて行われるかを明らかにすることができれば、経済政策の効果を検討する際などに役立ちます。たとえば、政府の国債発行によって子世代が国の借金返済のための税負担に直面することが予想される場合、人々が利他的動機を持つなら、遺産を多くのこすことで子世代の負担を緩和しようとするはずです。もしそうなら、国債で財源を調達して財政政策を行っても、人々は(子世代の負担緩和を目的として)遺産を増額するために貯蓄を増やすので、消費刺激効果は望めなくなります。

しかし、世代間資産移転の動機を明らかにすることは簡単ではありません。これまではアンケート調査で人々に動機を直接尋ねるという方法が用いられてきましたが、(たとえ匿名調査であっても)本当の動機を他人に知られたくなかったり、気分で回答が変わったりする恐れがあるため、正確な動機を知ることができるとは限りません。諸外国では、遺産が相続人の間でどのように分割されたかを分析することで、分割方法に反映される被相続人(遺産をのこす人)の動機を明らかにする試みが行われてきました。私も共同研究者とともに、日本のデータを用いて遺産分割の結果から遺産動機を推測する研究を行ったことがあります。

また、贈与と遺産の動機は必ずしも同じとは限らないため、贈与の動機を明らかにする研究にも取り組みました。遺産は相続人同士で誰がいくら受け取ったかが分かりますが、贈与は親から子にコッソリ渡すことができます。親が子の相続をめぐる争いごとを望まないなら、遺産は均等に分割し贈与で差をつけようとするかもしれません。そうだとすると、親の本当の気持ち(動機)は贈与の配分に反映されることになります。

受賞内容

今回賞を頂いた研究では、日本で2015年に行われた相続税増税が人々の贈与行動に与えた影響を分析しました。政府は近年、高齢者に偏在する資産を若年層に移転し消費を喚起するために、相続税増税をはじめとする贈与を促す政策を進めています。このような政策には政府が期待する若年層の消費喚起効果もあるかもしれませんが、一方で富裕層が贈与を増加させることによる子世代の格差拡大や相続税収の減少などのデメリットもあり得ます。そこで、相続税増税のメリットとデメリットを比較するための第一歩として、相続税増税によって贈与が増えたのかを明らかにすることに取り組みました。

相続税増税が贈与に与える影響を分析するためには、増税の影響とその他の要因(景気変動など)の影響を区別する必要があります。そこで、2015年の相続税増税が裕福な人々の贈与行動のみに影響を与えることに着目して分析を行いました。相続税の課税最低限(基礎控除)を上回るような高額の資産を保有している者については、贈与額は相続税増税とその他の要因の両方の影響を受けますが、高額の資産を保有していない者については、贈与額の変化は相続税増税以外の要因のみによって生じます。両者の間で相続税増税以外の要因は共通しているので、前者と後者の相続税増税前後の贈与額の変化の差をとれば、相続税増税が贈与額に与える影響が分かります。

データ分析の結果、2015年の相続税増税によって贈与を行う確率が上昇し、贈与額も増加する傾向が確認されました。このことから、相続税増税の影響を受けるような富裕層は、相続税を回避するために贈与を行っていることが示唆されます。また、もし人々が子孫に遺産をのこしたいと思っていなければ(つまり、死ぬまでに保有資産を自分で使い尽くそうとしているなら)、相続税増税は贈与行動に影響を与えないはずですが、それとは逆の結果です。したがって、人々は遺産動機を有すると解釈できます。

今後に向けての展望

受賞を励みとして研究をさらに進めていきたいです。現在関心を持っている研究テーマは、相続税の回避です。相続税を回避するための最もポピュラーな方法は(基礎控除以下の)贈与を定期的に行うことだと思われますが、この他にも多くの方法があります。日本では2015年の相続税増税以外にも相続税の課税強化につながる政策が次々と実施されていますが、それを回避する方法も日々進化しています。相続税の回避行動を分析することにより、相続税が資産格差の是正や税収確保にどれくらい有効かを明らかにできるはずです。富裕層がどのような方法を用いて、どのくらいの規模やスピードで相続税の回避行動をとるのか、様々な角度から多面的に分析していきたいです。

法政大学経済学部経済学科

濱秋 純哉 准教授(Hamaaki Junya)

1980年石川県生まれ。2003年慶應義塾大学経済学部卒業。2010年東京大学大学院経済学研究科修了、博士(経済学)取得。内閣府経済社会総合研究所研究官、一橋大学大学院経済学研究科専任講師を経て、2014年4月より法政大学経済学部准教授。専門は公共経済学、応用計量経済学、研究テーマは家計行動のミクロ計量分析。

  • 所属・役職は、記事掲載時点の情報です。