お知らせ

小さな生き物が光の方向を認識するしくみ(法学部法律学科 植木 紀子 教授)

  • 2020年11月09日
お知らせ

2019年度に受賞・表彰を受けた教員の研究や受賞内容を紹介します。

植木紀子教授は、「第57回日本生物物理学会年会 ABiSイメージコンテスト 知的部門賞」(日本生物物理学会)を受賞しました。

  • 動画「泳ぐP ―クラミドモナス細胞レンズ効果の証―」

単細胞生物クラミドモナスの「目」

緑色をしていることからもわかるように、クラミドモナスは光合成をして生きています。陸上に生えている木や草と違って水中を泳ぎながら生活しているので、光が必要になると、明るい方へとスイーっと泳いで移動していきます。このとき、光がどの方向から来ているのか、どのようにしてわかるのでしょうか。一人で37兆個もの細胞を持っている私たちには想像もつきませんが、クラミドモナスは一匹でたった1個しか細胞を持たない単細胞生物です。人間の目のように専用の細胞を作って分業するなどということはできません。けれどもクラミドモナスは、人間の目で使っているのとよく似た、光を吸収するタンパク質を作ることができます。これに光が当たるとタンパク質の形が少しだけ変化して、「光が当たったよ」という情報を細胞に伝えます。ただし、タンパク質は単なる物質なので、光の方向は認識することができません。そこで、クラミドモナスはその光受容タンパク質を体(つまり細胞)の表面の一箇所に集めました。丸い体の表面に小さな「目」の部分を作ったのです。こうすると、一方向から照らされている時、目が光の方を向いているか逆側を向いているかによって光受容タンパク質に当たる光の量にわずかに差ができます。なぜなら、光と逆側を向いているときは、自分の体の陰になる分だけ、目に当たる光が弱くなるからです。あっちを向いてこっちを向いた時に、感じる光の量に差があれば、強く感じた側が光源側だとわかるのです。常にあっちを向いてこっちを向いて、と動いていれば、いつでも光の方向がわかり、光合成をするのにちょうど良い場所へ移動することができます。そのため、クラミドモナスは常にくるくると自転しながら泳いでいます。

  • 二匹のクラミドモナス。細胞の直径は約10マイクロメートル(1/100ミリメートル)。細胞から伸びる二本の鞭毛を動かして泳ぎます。オレンジ色の部分が「眼点」、つまり目にあたる部分です。

遮光板の役割

ところが、それだけでは少し具合が悪いことがわかりました。クラミドモナスはほぼまん丸い形をしているので、体そのものがレンズのようにはたらいて、光を集めてしまうのです。集まる先は体の反対側の表面です。せっかく目が光と反対側を向いていても、丸い体がレンズとして光を目の部分に集めてしまいます。これではあっちを向いてもこっちを向いても明るく感じ、光の来る方向がわかりません。目が体の陰になるとはいっても、実際は体はかなり透き通っているので、レンズの効果に負けてしまい、実際と反対方向から光が来ているように誤って認識してしまいます。そこでクラミドモナスは目のすぐ裏側に、光を遮る板を置くことにしました。こうすれば丸い体が光を集めてしまっても、その光は板に遮られて目には届きません。クラミドモナスがくるっと回って目が光の方を向くと、光を遮るものはなくなるのでずっと明るく感じます。クラミドモナスは、ついでにその板を鏡のように反射させ、目が光の方を向いたときにさらに明るい光を感じるようにしました。これでますます差が大きくなり、光の方向がはっきりとわかります。うまいしくみを考えたものです。

細胞レンズ効果の証明

この遮光板はカロテノイド顆粒層といい、かつては体の陰になることの補強としての意味しか考えられていませんでしたが、私たちは上述のような、細胞レンズ効果を打ち消すという積極的な意味を見出しました。なぜなら、この遮光板を失ったクラミドモナスは、光の方向を正しく認識できず、光と逆方向へと進んでしまうことを発見したからです。細胞がレンズとして光を集めると仮定すると、この行動をきれいに説明できます。しかし、その証拠はありませんでした。そこで、レンズという性質を持っているなら像を結ぶはずだと考え、「光」を表す「photo」の頭文字Pという文字を光路に入れた光を当ててみました。その結果を示したのが、今回受賞した動画です。クラミドモナスの細胞の表面近くに「P」の文字が像を結ぶことがはっきりと示されました。こうして、上記のストーリーが正しいことを証明することができました。

  • 2019年日本生物物理学会年会"ABiSイメージコンテスト"知的部門受賞作「泳ぐP -クラミドモナス細胞レンズ効果の証」(若林憲一)

法政大学法学部法律学科

植木 紀子 教授(Ueki Noriko)

東京大学大学院理学系研究科修了。博士(理学)。理化学研究所、ビーレフェルト大学(ドイツ)、中央大学、東京工業大学、ニューヨーク市立大学ブルックリン校とロックフェラー大学(ニューヨーク)にて博士研究員を経て2019年4月より法政大学准教授。2020年4月より現職。緑藻ボルボックス目の環境応答行動とその進化を分子細胞生理学的に研究している。

  • 所属・役職は、記事掲載時点の情報です。