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力を適切に発揮する能力と児童期の運動(文学部心理学科 林 容市 准教授)

  • 2020年10月09日
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2019年度に受賞・表彰を受けた教員の研究や受賞内容を紹介します。

林容市准教授は、「令和元年度 日本体育測定評価学会 学会賞」(日本体育測定評価学会)を受賞しました。

  • 論文「就学段階ごとの運動経験が大学生における把握の調整力に及ぼす影響」

受賞した研究の概要

飲み物の入った紙コップを、コップを潰さずに持つ。誰もが意識せずに行っている動作ですが、実際には非常に高度な身体の調整機能が働いています。大事なのは、紙コップの柔らかさと重さを知覚し、それを潰さず、落さないように持つために手の骨格筋の出力を適切に調整することです。このような能力を、体力の視点からは「調整力」といいます。今回、令和元年度の日本体育測定評価学会の学会賞を頂いた論文では、日常生活やスポーツ時などに重要となる身体動作の調整力に着目し、この能力の優劣が発育発達段階での運動や身体活動の経験とどのような関係を有するのかについて検討したものです。

今回受賞した論文では、身体動作の中でも局所的な「握力」を調整して発揮する能力を指標として、就学前、小学校低学年(1〜3年生)、小学校高学年(4〜6年生)、中学校、高等学校および大学生(現在)の各就学段階における運動経験や運動量(運動時間×強度)との関係性を検討しました。握力計は、多くの方が小学校から高等学校までの保健体育の時間に、体力測定で使ったことがあると思います。この握力計を握る際に、例えば、「最大努力で握った握力の30%の握力を発揮してください」と指示された時、上手く力を調節して握れるでしょうか。この研究で指標にしたのは、このように「目標とした値に合わせて主観だけに基づいて適切に握力を発揮できるかどうか」というものです。最大努力で握力計を握った時の握力を100%とし、その30%、50%、70%を目標値に設定して、測定している数値は見ずに握力計を握り、目標となる数値と実際に測定された握力の値の差異が小さいほど調整力が高いと判断されます。

研究から得られた知見

大学1年生を対象に、握力の調整力と過去を振り返っての運動の実施状況を測定・調査した結果、小学校の低学年の時期にしっかりと運動を行っていた学生ほど、握力の調整能力が高いという結果が得られました。高等学校時代に毎日部活動でスポーツを行っていた学生でも、小学校の時に何も運動を行っていなければ、成人になってからの握力の調整能力が低いレベルにあるという事例も多く認められました。他方、高等学校時代は帰宅部で体育以外に運動をしたことがないという学生でも、小学校に入る前や小学校低学年の時期にある程度高い強度で運動をしていた場合には、成人になってからの握力の調整能力が高い傾向にありました。もちろん、すべての人々が必ずこのような状況になるわけではなく、青年期の運動習慣や小・中・高での運動部での活動が身体の調整力の向上に全く貢献しないという訳ではありません。しかし、今回用いた非常に局所的な身体動作である握力においては、小学校低学年の時期にしっかりと身体活動を行うことで、青年期、そして生涯にわたる個々人の調整力に対して有益であることが示唆されたと考えています。  

筋力の最大値は、成人になってからのトレーニングでも増大しますが、筋力発揮時の調整力が小学生時代の運動やスポーツの経験に影響を受けるならば、この時期の身体活動やスポーツ実践のあり方に新たな提言ができるかもしれません。現在、様々な要因によって小学生や成長期前後の児童・生徒における身体活動量の低下が問題となっています。今回の研究が基礎となり、より広く充実した研究が進むことで、幼少期の運動の必要性が再確認され、延いては現在の大きな社会問題である生活習慣病の発症予防にも貢献できるかもしれません。今回は、質問紙調査による結果ですので、あくまでも可能性を示すだけですが、時間をかけて小学校入学前の幼児から大学生にかけて縦断的な調査を行うことができれば、より明確な結論を導くことができる可能性があります。

受賞の感想

今回の受賞は、私とは異なる研究室の出身でありながら、大学院時代からの長い期間、専門分野を超えて色々と論議を重ねてきた二人の先生方との共同研究を評価頂いたものでした。古くからの仲間と共に行った研究が評価されたということも、今回の受賞をより嬉しく感じさせてくれました。今後は、私の指導する学部の学生や大学院生の皆さんに、学内の他ゼミや他大学との交流を通じた研究の大切さも伝えていけたらと考えています。

今後に向けての展望

今回は、局所的な動作によって発揮される握力を指標に検討を行いましたが、今後は複数の関節を用いる動作や、身体移動を伴うような身体全体の動作を対象にして調整力という視点から検討していく予定です。身体動作の巧みさ、美しさの要因となるような体の使い方、そしてその達成のための感覚・知覚などの心理的要因と、骨格筋の収縮に関係する中枢や末梢における神経活動などの生理的な要因との関係を少しずつでも明らかにできたらと思っています。

法政大学文学部心理学科

林 容市 准教授(Hayashi Yoichi)

1973年福島県生まれ。筑波大学大学院体育科学研究科博士後期課程修了。博士(体育科学)取得。筑波大学COEプログラム研究員、千葉工業大学助教を経て、2011年4月より現職。専門とする研究分野は生理心理学、運動生理学。

  • 所属・役職は、記事掲載時点の情報です。