お知らせ

虚の世界が現実に――巻貝・蜘蛛の巣?(理工学部電気電子工学科 中野 久松 名誉教授)

  • 2020年09月14日
お知らせ

2019年度に受賞・表彰を受けた教員の研究や受賞内容を紹介します。

中野久松名誉教授は、下記の通り受賞しました。

  • 「Outstanding Research Award at Swansea University」(Swansea University)
    受賞対象「Investigation on Meta-Lines and Dual-Patch Antennas」
  • 「2020 European Association on Antennas and Propagation (EurAAP)Antenna Award.」(ヨーロッパ連合アンテナ伝播機構 (European Association on Antennas and Propagation : EurAAP) )
    受賞対象「For contribution to the field of antennas through innovative antenna designs, realizations for modern communication systems in collaboration with European actors and for training new generations of researchers.」

マックスウエルの方程式とマルコーニによるアンテナ

誰が「光」をこの世にもたらしたのでしょうか。旧約聖書創世記には「神」と書かれているのですが…。近代科学は光を「電気の波(電波)」ととらえ、学問体系を作り上げてきました。小学校では、光が直進することや反射することを、大学学部では、光の速さが変わらないことを、さらにはこの事実をもとにアインシュタインの相対性理論が生み出されたことを学びます。

実は、光の速さが変わらないことはある方程式から導かれます。「マックスウエルの方程式(MX方程式)」です。マックスウエルは今から約150年前に活躍したスコットランド生まれの理論物理学者。大学学部ではこの方程式のもつ物理学上の意味を「電磁波工学」の中で、大学院では電磁波工学を深化させた「アンテナ工学」の中でその解き方を学びます。

アンテナ工学の発展とともに、これまでに様々なアンテナが新しい原理のもとに作られてきました。黎明期におけるアンテナとしてはマルコーニによる長さ50mにも及ぶ長い棒状のアンテナを挙げることができるでしょう。彼はこれを用いて英国から大西洋を越えカナダへと電波を飛ばし、初めての無線通信に成功しています。1901年のことであり、今日の無線通信の原点といえる偉業となりました。1909年に「ノーベル物理学賞」を受賞しています。

「こちらから遠くに向かう波」と「遠くからこちらに向かってくる波」

現在、アンテナ工学の分野では、マルコーニの時代から100年以上を経て、大きな変化を迎えています。こんな話から始めましょう。池の真ん中に石を投げると、波紋が池の淵に向かって広がっていきます。波紋、つまり「波」は「水」を媒体にして進んでいきますが、「もし池の淵がかなり遠くにある」とすると、波は進むにつれ次第に弱まりやがて消滅します。波が池の淵から、池の真ん中に向かって逆戻りすることは絶対にありません。これは自然界に起きる事実です。実は、物質の中を伝わる「電気の波」についても同じことが言えるのです。この事実はMX方程式を解くことにより導き出せます。

MX方程式の中には、物質の特性を表す重要な「2つの因子」があります。現実の世界、つまり自然界においては、これら2つの因子は「共にプラス(正)の値」を持っています。このことによって、物質の中を伝わる電気の波は「こちらから遠くに向かう波」になります。それでは物質の特性を表す2つの因子を「共にマイナス(負)の値」に変えたら何が起きるでしょうか。MX方程式によれば「遠くからこちらに向かってくる波」が生まれる、ということになります。しかし、これはあくまでも数式上のことであり、現実の世界からかけ離れた夢物語、架空の話にすぎません。

超自然系カールアンテナ、超自然系スパイラルアンテナの創造

ところがです。最近「共にマイナス(負)の値」をもつ物質を人工的に作り出すことができるようになってきました。この人工物質は「超自然系物質」とよばれ、小さな個体を周期的に配列することによって実現されます。これにより「こちらから遠くに向かう波」と「遠くからこちらに向かってくる波」を一つの特別なアンテナ上で作れるようになり、架空であった話が現実の話になったのです。

これまでのアンテナが「自然系アンテナ」とよばれるのに対し、超自然系物質を基にして作られる革新的なアンテナは「超自然系アンテナ」とよばれます。今回の受賞では、巻貝の形をした「超自然系カールアンテナ」や、蜘蛛の巣の形をした「超自然系スパイラルアンテナ」を世界に先駆けて創造した点が評価されました。

超自然系スパイラルアンテナ

アンテナ工学は積み重ねの学問です。過去の成果を進化させることによって新しいものが生まれていきます。超自然系アンテナを創造するに至った根底には、長年続けている「自然系アンテナ」の研究成果を挙げることができます。一つは「ループ形状アンテナ」の研究成果。このアンテナは新しい通信方式を目指すソクラテス衛星などに搭載されました。

ループ形状アンテナ(日本アンテナ株式会社写真提供)

もう一つは「ヘリカルアンテナ」の研究成果。このアンテナは、現在、衛星放送受信用アンテナや電波天文用アンテナ(石垣、入来、小笠原、水沢に設置)として使用されています。昨年打ち上げられたベッピコロンボ衛星は七年かけて水星に到着し探査活動を開始しますが、この衛星に搭載されているのもヘリカルアンテナであり、今回の超自然系アンテナに繋がっています。

ヘリカルアンテナ

アンテナは人間の目や耳にたとえられ、高度情報通信技術に支えられた「スマート都市」の構築、あるいは宇宙の神秘の解明に欠かせないものとなっています。それ故、本受賞を研究生活の一つの節目として、これからもアンテナの研究を続行していきます。研究に終わりはありません。最後になりましたが、日ごろ研究に御理解と御協力をいただいている本学の山内、柴山両教授、三牧講師に感謝を申し上げ、アジアからの初の本受賞を皆様と共に慶びたいと思います。

法政大学理工学部電気電子工学科

中野 久松 名誉教授(Nakano Hisamatsu)

1974年本学に就任。1984年教授。2016年名誉教授。この間、米国カリフォルニア大学等で客員教授を歴任。専門は電磁波工学。査読校閲付き論文336編を公表。「低姿勢自然系・超自然系アンテナ」等の英文著書11 冊(共著を含む)を執筆。衛星放送受信用パラボラ、 GPS、携帯電話アンテナ等を実用化。文部科学大臣表彰科学技術賞、 米国電気電子工学会(IEEE)顕著業績賞、ヨーロッパ連合アンテナ伝搬機構アンテナ賞等を受賞。工学博士。

  • 所属・役職は、記事掲載時点の情報です。