お知らせ

地域の中で生活の場を構想する(デザイン工学部建築学科 下吹越 武人 教授)

  • 2020年09月14日
お知らせ

2019年度に受賞・表彰を受けた教員の研究や受賞内容を紹介します。

下吹越武人教授は、「住まいの環境デザイン・アワード2020 グランプリ」(主催:LIVING DESING CENTER OZONE 共催:一般社団法人ベターリビング)を受賞しました。

  • 作品「K2 house」

撮影:川辺明伸

私の研究分野は建築デザイン・建築設計で、単体としての建築とその集合体として成る都市の両側面から建築と都市の関係を考察し、フィールドワークや建築設計の実践を通して、私たちの豊かな暮らしや社会のあり方とこれからの新しい価値の創造について研究を行っています。

この度、私が設計した戸建て住宅『K2 house』が「住まいの環境デザインアワード2020」グランプリを受賞しました。この賞は首都圏に完成した住宅を対象として、「人と環境と住空間デザインの融合」をテーマに優れた住宅を表彰しています。住宅を評価する際に環境という現代的な視点を強く打ち出していることと、日頃より共感し、刺激を与えてくれる3名の建築家と環境研究分野の第一人者からなる審査員構成に魅力を感じて応募しました。多数の優れた応募作品の中、グランプリに選定されたことは大変光栄に思いますし、今後の活動に向けての大きな励みとなりました。

K2 house_外観全景(撮影:小川重雄)

庭を纏う

『K2 house』ではまず庭をつくりたいと思いました。庭はとても個人的な場所です。勝手気ままに花木を植え、物をつくり、飾る。個人的な興味や嗜好の一片が脈絡なく堆積し、濃密な私空間として場を形成します。玄関先に並べられた大小のプランター群も住人の嗜好が集積する小さな庭空間です。

住宅地を観察すると庭は私空間であるにもかかわらず、空間的に閉じず、街と繋がっています。住宅からはみ出して隙間を埋め尽くすように周囲に広がり、住宅本体よりも庭の連なりが主導して街並みをつくっています。表から見える部分だけでなく、裏側にそっと植えられた花木やきれいに並べられた用具から、暮らし方に対する気品や誇りが垣間見えたりします。住人の個人性が現れる庭が街全体の生活環境の質を担保しているように感じるのです。

暮らしの場を自分らしく整え、表に現すことは、自身と生活をその場所に定着させるための社会的な振る舞いなのかも知れません。庭を構えることは街という共同体への参加表明でもあり、庭の連なりは人間らしい暮らしの風景をつくるだけでなく、暮らし方の多様さを許容する共同性の現れでもあります。その連関によって、個人の生活領域が街と地続きで繋がっていくのではないでしょうか。『K2 house』を設計するにあたり、新しい土地に暮らし始める構えとして、個人性と街への拡張性が共存する庭を纏った住宅がふさわしいのではないかと考えました。

3つの〈ニワ〉が生み出す光の斑

敷地は大規模な都市開発による開放的な街区と旧来の木造密集住宅地の境界上に位置しています。街区側は行き交う人々と保育園や公園の賑わいによる活気に溢れていて、住宅地側は隙間を縫うように小さな空地の緑が連なり、光や風の抜け道として網目のように広がっています。これらのさまざまな周辺環境への接点として設けた3つの〈ニワ〉がこの住宅の特徴です。

三角形という特殊な敷地形状のため、中央に諸室をコンパクトにまとめた四角いボリュームを置き、周囲を3つの三角形〈ニワ〉で囲む構成としました。三角形という形態的特徴と狭隘道路に囲まれた施工条件を考慮し、柱や梁の数を極力減らした立体的な架構によって中央のボリュームを軽やかに持ちあげ、内外が交じり合うように繋がる一室空間を創出しました。

3つの〈ニワ〉は半屋外のような空間で太陽の動きに合せて光の斑をつくりだします。室内に陽だまりが点在し、時には〈ニワ〉が外より明るかったりします。光の斑によって内外の境界は曖昧になり、空間に不思議な奥行きと広がりが生まれます。住まいの中に多種多様な場所がつくられ、過ごし方も季節や天候に合わせた選択性が得られます。ご飯を食べたり、本を読んだり、くつろいだり、デスクワークする場所が、日によって変わるのです。そして、外部と連続的な空間性によって自然に意識が住宅を超えて地域へと拡張していきます。

空間構成のダイヤグラム

住宅の硬い殻を開く

現代の住宅はプライベートな空間という共通認識の下にプライバシーという硬い殻で閉じています。そのため、社会との関連が希薄になりがちで、環境という視点が室内の問題に狭小化してしまう傾向があります。しかし、住宅から環境を考えるということは、個人が地域や社会とどのように関わりながら暮らしていくのかという、生活の根幹に関わる問題に向き合うことです。地域の中で生活の場を築くということは、住宅の中に様々な外的要因を引き込むことになります。他者が介在することで暮らしが充実したり、時には思いがけず困惑したりすることもあるでしょう。しかし、地域との関わりの蓄積は新しい豊かさや生き甲斐を醸成し、生活がその場所に根を張るように定着していくのではないかと考えます。この賞のテーマである「人と環境と住空間」を包括的に捉えるということは、ひとりの人間や家族と地域社会の関係を捉え直す古くて新しいテーマであり、先人が培ってきた多様で雑多な暮らしの文化を次の世代へと継承する試みです。今後も建築デザインを通してその探求を続けていきたいと考えています。

K2 house_ダイニングからの様子(撮影:小川重雄)

法政大学デザイン工学部建築学科

下吹越 武人 教授(Shimohigoshi Taketo)

建築家。1965年広島県生まれ、1988年横浜国立大学工学部建築学科卒業、1990年同大学院修士課程修了、北川原温建築都市研究所を経て、1997年A.A.E.設立。2009年法政大学デザイン工学部建築学科准教授、2011年教授。専門分野は建築デザイン、建築設計。代表的な建築作品に和歌の浦アートキューブ、材木座の住宅、FLEG代官山、キラービル、rim、K2 houseなど。主な著書に『住宅の空間原論』(彰国社)、『小さなコミュニティ』(彰国社)(共に共著)など。

  • 所属・役職は、記事掲載時点の情報です。