お知らせ

東アジア最大のオオムカデ類の新種を発表した研究グループが、今度は世界最小級のジムカデ類の新種を発表

  • 2022年08月22日
お知らせ

1.概要

土壌動物は陸上生態系において、機械的分解者、生態系エンジニア(微小生息環境を作り出す)、キーストーン捕食者(捕食者として様々な動物の個体数を調節する)などとして重要な役割を果たしていると考えられている。しかし、土壌動物は生活史の一部を土壌に依存する系統的には非常に多様な分類群を示す総称であり、個々の分類群の分類学的解明は全般的に不十分である。そのため、それらの分布や生息環境、生活史や系統分化のプロセスの解明を困難にしている。私たち研究グループは、分子系統学的なアプローチも取り入れながら、土壌動物(洞窟棲動物も含む)の種多様性の解明と分類体系の更新に取り組んでいる。

東京都立大学大学院 理学研究科生命科学専攻の大学院生である塚本 将はムカデ類(節足動物門:多足亜門:ムカデ綱)に強い愛着を持ち、大学院では種多様性の解明が遅れているジムカデ類(ムカデ綱ジムカデ目)の分類に精力的に取り組んでいる。その過程で、ナガズジムカデ科のヒメジムカデ属(Nannarrup属:和名新称)に属する2新種、Nannarrup innuptus(和名:カグヤヒメジムカデ)とN. oyamensis(和名:アメフリヒメジムカデ)を発見した。いずれの種もジムカデ類の中では非常に小型であり、特にアメフリヒメジムカデは成体でも体長が8.6 mmほどしかなく、ジムカデ類としては世界最小級である※1。ヒメジムカデ属は北米で発見されたN. hoffmaniを名義種※2として創設されたもので、本研究以前は1種のみしか知られておらず、またその名義種は外来種である可能性が指摘されていた。本研究によって2新種が日本から見つかったこと、また近縁属も東アジアに分布することから、本属は東アジアに自然分布するものである可能性が高いと考えられる。本州・四国・九州に分布するカグヤヒメジムカデの性別判定が可能な成体・亜成体71個体は全てメスであったことから、単為生殖種と考えられる。単為生殖はムカデ類では稀であり、ナガズジムカデ科では2例目である。一方、アメフリヒメジムカデでは雄標本が得られているため、両性生殖種であると考えられる。

なお、カグヤヒメジムカデは東京都立大学南大沢キャンパス内の松木日向緑地でも採集されている。今回の発見は、私たちの身近な緑地の土壌の中にも、未知の種や生物学的現象が眠っていることを明示している。

※1 世界で最小のジムカデ類はアルゼンチンに産するDinogeophilus oligopodus(体長約5 mm)、2番目はブラジルに産するSchendylopus ramirezi(約7 mm)。今回の新種アメフリヒメジムカデはそれらに次ぐサイズ(8 mm台は本種を含めて数種)。
※2 名義種:タイプ種ともいい、その属の学名の基準となる種のことである。ヒメジムカデ属はN. hoffmaniのみに対して創設された属であるため、必然的にN. hoffmaniが名義種となる。

2.ポイント

  • 2021年に東アジア最大のオオムカデ類(ムカデ綱オオムカデ目)の新種(リュウジンオオムカデ Scolopendra alcyona)を発表した研究グループが、今回はジムカデ類(ムカデ綱ジムカデ目)の2新種、Nannarrup innuptus(和名:カグヤヒメジムカデ)とN. oyamensis(和名:アメフリヒメジムカデ)を発見し、記載・命名した。いずれの種もジムカデ類の中では非常に小型であり、特にアメフリヒメジムカデは成体でも体長が8.6 mmほどしかなく、ジムカデ類としては世界最小級である。
  • ヒメジムカデ属(Nannarrup属:和名新称)は北米から発見されたNannarrup hoffmaniを名義種として創設され、今回の研究以前は1種しか知られておらず、またその種(タイプ種)が外来種である可能性が指摘されていた。しかし、今回2新種が日本から見つかったことから、本属は東アジアに自然分布するものである可能性が高まった。
  • 本州・四国・九州に分布するカグヤヒメジムカデは単為生殖種と考えられる。単為生殖はムカデ類では稀であり、ナガズジムカデ科では世界で2例目である。一方、アメフリヒメジムカデでは雄標本が得られているため、両性生殖種であると考えられる。
  • カグヤヒメジムカデは東京都立大学南大沢キャンパス内の松木日向緑地でも採集されている。今回の発見は、私たちの身近な緑地の土壌の中にも、未知の種や生物学的現象が眠っていることを明示している。

3.研究の背景

土壌動物は陸上生態系において、機械的分解者、生態系エンジニア(微小生息環境を作り出す)、キーストーン捕食者(捕食者として様々な動物の個体数を調節する)などとして重要な役割を果たしていると考えられている。しかし、土壌動物の個々の分類群の分類学的解明は全般的に遅れており、そのことが、それらの分布や生息環境、生活史や系統分化のプロセスの解明を困難にしている。私たち研究グループは、分子系統学的なアプローチも取り入れながら、土壌動物の系統的多様性の解明と分類体系の更新に取り組んでいる。

東京都立大学大学院 理学研究科生命科学専攻博士課程の塚本 将は、同所属の江口 克之准教授、法政大学の島野 智之教授の研究指導のもとで、足掛け5年にわたり、日本列島に産するジムカデ類(ムカデ綱ジムカデ目)、特に未知の種が多く含まれる可能性のあるナガズジムカデ科について、分類体系の再検討と、地理的分布や種分化パターンの解明に取り組んできた。

4.研究の詳細

ナガズジムカデ科にはこれまで日本からは8属28種が知られていた。しかしながら、属や種レベルでの形態学的な特徴が乏しいため、多くの種が見逃されているのではないかと考え、DNA塩基配列情報を種認識の一次キーとする分子系統学的手法も取り入れて、日本産ナガズジムカデ科の分類学的再検討に取り組んできた。

共同研究者の協力も得ながら、日本全国で精力的に標本収集を行い、約1,000点のナガズジムカデ類の標本を収集した。それらの標本について、DNA塩基配列に基づく分子系統解析や、属や種の分類において重視される形態学的特徴の精査を進める中で、北米からのみ知られていたヒメジムカデ属(Nannarrup属:和名新称)に同定されるが、既知種(1種のみ)とは形態的に区別可能な2種が認識された。これら2種は「頭部腹面にある網目構造の違い」のみによって互いに区別できるが、ミトコンドリアのCOI遺伝子、16S遺伝子、核の28S遺伝子の塩基配列では矛盾なく明瞭に区別できるため、異なる種と判断した。新種Nannarrup innuptus(和名:カグヤヒメジムカデ)は本州・四国・九州から広域的に、新種N. oyamensis(和名:アメフリヒメジムカデ)は神奈川県伊勢原市大山のみから見つかっており、神奈川県においてほぼ同所的に分布する。これら2新種を含めたヒメジムカデ属3種はいずれも非常に小型であり、特にアメフリヒメジムカデの記載に用いた雄の成体の体長は8.6 mmほどしかなく、本種はジムカデ類としては世界最小級である。

ヒメジムカデ属は、2003年にFoddaiらによって北米で発見されたN. hoffmaniを名義種として創設された属であり、今回の研究により2新種が追加されるまでは名義種1種のみしか知られておらず、その名義種はニューヨーク州セントラルパークで見つかっていることから外来種である可能性が指摘されていた。本研究によって2新種が日本から見つかったこと、また近縁属も東アジアに分布することから、本属は東アジアに自然分布するものである可能性が高いと考えられる。

新種カグヤヒメジムカデの性別判定が可能な成体・亜成体71個体は全てメスであったことから、単為生殖種と考えられる。単為生殖はムカデ類では稀であり、ナガズジムカデ科では2例目である。一方、新種アメフリヒメジムカデでは雄標本が得られており、またヒメジムカデ属の名義種であるN. hoffmaniの記載に用いられた標本にもオスが含まれることから、これら2種は両性生殖種であると考えられる。

Nannarrup innuptus(和名:カグヤヒメジムカデ)は単為生殖種と考えられるため、学名には「未婚の」という意味のラテン語を充て、和名は、求婚を受け入れることなく月に帰っていった「かぐや姫」に因んで命名した。新種N. oyamensis(和名:アメフリヒメジムカデ)はこれまで神奈川県伊勢原市大山のみからしか採集されていないことから、学名は「大山」に因んで、また和名は大山の別名「雨降山」に因んで命名した。追加標本を求めて塚本 将と江口 克之が大山に訪れた際に大雨に見舞われて、ずぶ濡れとなり、結局1匹も採集できずに坊主に終わったという、後になれば愉快な思い出も含めてのことである。野生生物を扱った研究での「あるある」な出来事ではあるが。

【論文情報】
<タイトル>
Two new species of the dwarf centipede genus Nannarrup Foddai, Bonato, Pereira & Minelli, 2003 (Chilopoda, Geophilomorpha, Mecistocephalidae) from Japan.

<著者名>
Tsukamoto S, Shimano S, Eguchi K. 

<雑誌名>
ZooKeys, 1115, 117-150.(論文公開日:2022年8月1日)

<DOI>
10.3897/zookeys.1115.83946

5.研究の意義と波及効果

カグヤヒメジムカデは、塚本 将や同僚の沓掛 丈氏により東京都立大学南大沢キャンパス内の松木日向緑地でも採集されている。今回の発見は、私たちの身近な緑地の土壌の中にも、未知の種や生物学的現象が眠っていることを明示している。土壌動物は種レベルでの正確な分類は難しいが、大きなグループ(目や科)レベルでは、簡易的な分類の手引きもあり、40倍程度の安価な実体顕微鏡でも行うことができる。そのレベルの分類でも、土壌動物の形態的多様性(系統的多様性や生き様の多様性をある程度反映している)を目の当たりにすることができるし、大まかな植生(例えば、常緑広葉樹林vs落葉広葉樹林vs杉林vs竹林や、健全な落葉広葉樹林vsナラ枯れが顕著な落葉広葉樹林)の間での土壌動物の種・グループの構成の違いが見出せる。身近な自然を理解するための入り口として、足元の土壌に暮らす土壌動物にぜひ興味を持ってほしい。


【本件に関するお問合せ】

<研究に関すること>
 法政大学 国際文化学部 国際文化学科 教授 島野 智之
  TEL:03-3264-9345 E-mail:sim@hosei.ac.jp

 東京都立大学 理学研究科 生命科学専攻 准教授 江口 克之
  TEL:042-677-2427 E-mail:antist@tmu.ac.jp


<大学・機関に関すること>
 法政大学 総長室広報課
  TEL:03-3264-9240 E-mail:koho@hosei.ac.jp

 東京都公立大学法人 東京都立大学管理部 企画広報課 広報係
  TEL:042-677-1806  E-mail:info@jmj.tmu.ac.jp