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現場の肌感覚と透察する力を武器に地方自治を多面的に探究(社会学部社会政策科学科 谷本 有美子 准教授)

  • 2021年05月25日
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社会学部社会政策科学科
谷本 有美子 准教授


区職員として現場を知り、民間団体の研究員として視野を広げてきた経験を生かし、地方自治の探究にまい進する谷本有美子准教授。教員としても、学生らの学びをサポートすべく努めています。

疲弊する地方自治の現場に募る危機感

行政の活動を基軸に、地方自治について研究を続けています。

もともとは東京の北区に勤務する自治体職員でした。市民と連携してリサイクル活動の拠点づくりに関わった職務経験から、自治体行政の活動領域の問題を提起したいと思い、研究者を志すようになりました。

地方自治を取り巻く環境は、自治体ごとに異なります。ある自治体で成功した取り組みが、他の自治体でも成功するとは限らない。自治体それぞれに個性があるのです。それは、自治体職員として働いていた現場で、肌感覚として認識していました。

一方で、制度は全国一律に適用されます。そこで、中央レベルで画一的に制度設計される地方自治への理解を深めたいと、中央政府から見た地方自治についての探究に着手しました。

日本では、地方自治法が1700を越える地方自治体に共通する基本ルールです。2000年の地方分権改革を経て、自治体の意思決定の自律性は高まりましたが、法制度の企画立案者は国で、画一性はそのままです。

日本最大の基礎自治体で人口370万人以上の横浜市と、伊豆諸島にある人口170人弱の東京都青ヶ島村が同じ制度を運用し続けられるのか。分権後の自治体や仕組みはどうあるべきなのか。中央と地方との責任関係はこれまで通り曖昧のままでよいのか。市民自治という観点から多くの疑問は浮かびますが、残念ながらその点を疑問視するような議論は高まりません。

人口減少・少子高齢化、ライフスタイルの多様化が進む社会で、自治体職員の職務は多角化・複雑化しています。さらに追い打ちを掛けるように、新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)が世界的に流行し、地域経済と住民感情の落ち込みに直面している現場では、制度の在り方を問うだけの余裕が持てずにいるのが実情でしょう。市民生活を第一に捉えたときに、自治体はどうあるべきなのか、多面的な視野で考察を続けていきたいと思います。

  • 自治体学会岡山倉敷大会分科会に登壇した際の一枚(1999年8月)。自治体職員や活動する市民、学界の第一人者との交流が学究への関心を高めた

経験を重ねてたどり着いた今に感謝し、恩返ししたい

2020年に社会学部に着任する前まで、神奈川県地方自治研究センターで研究員を務めながら、人間環境学部で兼任講師をしていました。

3年次の演習形式の研究会も担当しましたが、その経験は衝撃的でした。人前で発表することもおぼつかなかった学生が、翌年度受講生に向けて就職活動の体験談などを語ってもらうと、見違えるような姿で快活に語り出す。人は1年でここまで変われるものかと、その成長力に驚かされたのです。

それまでは自身の研究を極めることに重きを置いていましたが、「この時期の若者たちの飛躍的な成長を見届けたい。教育者として、継続的に関わり合いたい」と感じ、専任教員への思いを強くしました。

社会学部の教員に着任してからは、多摩キャンパスで研究活動ができることの幸運に感謝しています。キャンパス周辺の町田市や八王子市、神奈川県相模原市などでは郊外住宅地を抱え地域の超高齢化とともに、空き家問題や公共交通の問題など、人口減少時代の都市問題が横たわっています。課題解決に向けて自治体は何をすべきか、寄り添って考えられるからです。

仕事を始めた時には、自分が研究者、教育者になるとは思っていませんでした。経験の積み重ねと好機の巡り合わせで、やりたいことにまい進できる「今」にたどり着けました。だからこそ、ここでも最善を尽くし、恩返しをしていきたいと考えています。

  • 研究員時代には機関誌の編集業務にも従事。福祉、地方財政、災害対策など、幅広いテーマを扱う中で地方自治を巡る多面的な視座が養われた

社会を構成する大人同士として敬意を払って向き合いたい

コロナ禍の影響で、2020年はほとんど対面授業ができず、ゼミ生との関わりも画面越しのオンライン授業が中心となってしまいました。この混乱の日々が落ち着きを取り戻し、学生たちと対面での交流や現地での学びを始められる日を楽しみにしています。

社会に出たら、どこで暮らそうとも地方自治と無縁ではいられません。この1年の状況で、自治体には各地域で人々の生命や生活を守る重要な役割があることも再認識されたはずです。地域住民の一人として、自治体の動向には関心を持ち続けてほしい。また、自身や周囲が、社会課題に直面した際には、大学での学びを思い起こし、「実践知」として生かしてほしいと願っています。

私との関係も、今は学生と教育者と呼び分けられますが、あと数年もすれば、ともに社会を構成する大人同士となります。人としての立場は対等、その敬意を持って、学生たちと向き合っていきたいと思っています。

  • 月に1度、がん患者や家族・遺族などが、互いの思いを語り合う「王子がん哲学外来メディカルカフェ」のボランティアスタッフとして活動を続けている

(初出:広報誌『法政』2021年5月号)

法政大学社会学部社会政策科学科

谷本 有美子 准教授(Tanimoto Yumiko)

東京都生まれ。法政大学大学院社会科学研究科政治学専攻修士課程修了。博士(公共政策学)。東京都北区職員、東京財団リサーチフェロー、東京大学21世紀COEプログラム特任研究員、公益社団法人神奈川県地方自治研究センター研究員などを経て、2005年より人間環境学部兼任講師を務め、2020年より社会学部准教授に着任。現在に至る。