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凸版印刷株式会社 文化事業推進本部コンテンツ企画部 課長 岸上 剛士さん

  • 2021年03月16日
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プロフィール

岸上 剛士(Kishigami Tsuyoshi )さん

法政大学第二中・高等学校を経て1998年に工学部建築学科に入学。2004年に大学院工学研究科建設工学専攻修士課程を修了し、CG映像制作会社に入社。2008年、凸版印刷株式会社に入社。2013年に刊行された陣内研究室編『アンダルシアの都市と田園』(鹿島出版会)では、「第2章アルコス・デ・ラ・フロンテーラ-天空の街」を担当。

先人から受け継いだ文化財の魅力を、 デジタルの力で多くの人に伝えたい

文化財の持つ魅力を多くの人に知ってほしいと、凸版印刷株式会社でデジタルアーカイブの構築やコンテンツ制作に携わっている岸上剛士さん。大学時代に陣内研究室のフィールドワークで受けた数々のカルチャーショックが今につながっていると言います。

文化財を伝える仕事が私のライフワーク

私の仕事は、先人から受け継いできた文化財を後世に伝えるためにデジタルアーカイブを制作すること、そのアーカイブを活用してインタラクティブなコンテンツを開発し、文化財の魅力を現代の多くの人に伝えることです。

最初に就職した会社では主に都市計画の映像を制作していましたが、運良くルーブル美術館の「ミロのビーナス」のデジタルアーカイブプロジェクトに関わる機会があって、先人の暮らしや思いが詰まった文化財の奥の深さに魅了されました。それをきっかけに、文化財から得られる学びや感動をデジタルの力で伝える仕事をしたいと思うようになり、その分野を積極的に展開している凸版印刷に入社しました。

今取り組んでいるのは、地震で大きな被害を受けた熊本城の復旧・復興支援プロジェクトです。実は熊本城とは以前から縁があって、2011年にオープンした観光施設の目玉コンテンツとして、明治時代に西南戦争で焼失する前の姿を体感できるVR作品を制作するために何十回も足を運んでいました。目の裏に焼き付いていた石垣が崩れた様子をニュースで目にした時の居ても立っても居られない気持ちは今でも忘れられません。

VR作品『熊本城』の構想段階の取材中の様子。この作品は、歴史文化体験施設「わくわく座」で公開されている。

VR作品『熊本城』の構想段階の取材中の様子。この作品は、歴史文化体験施設「わくわく座」で公開されている。

幸い、凸版印刷に約4万点の記録データが残っていたため、崩落した10万個の石材の元の位置を特定する「石垣照合システム」を熊本大学と共同で開発し、自治体や研究者と共に照合作業を進めているところです。

デジタルというと、アナログと対立するものと捉えられがちです。CGやVRはデジタル、文化財はアナログと別々の存在として扱うのではなく、両者をうまく融合させられれば、それぞれの強みが生かされ、新しい価値を生み出せるのではないかと考えています。

陣内研究室で経験した数々のフィールドワーク

高校生の時にCGに興味を持ち、それに関連する勉強ができそうだなという軽い気持ちで、工学部建築学科を選びました。陣内秀信教授の最初の授業で、迷宮のような中東の都市のスライドを見た瞬間に目がくぎ付けになり、そこから風土や暮らしが見えてくるという説明に吸い込まれました。

陣内研究室で行った最初のフィールドワークは、新宿・歌舞伎町でした。増築や改築を繰り返してカオス状態になった建築物をスケッチしながら、この部分は逃げ道として使われたんだろうな、いかがわしい事務所も入っていたに違いない……と想像を膨らませていくのが、とても楽しかったです。今も、資料を元にいろいろなストーリーを思い描いていく過程が、文化財をデジタルで再現する際の醍醐味となっています。

アンダルシアでのフィールドワーク。左が岸上さん。中央の男性は芸術家で、お互い絵を描きながら街の造形について話をした。

アンダルシアでのフィールドワーク。左が岸上さん。中央の男性は芸術家で、お互い絵を描きながら街の造形について話をした。

卒業後は、就職というかたちにこだわらず創作活動をしたいと考えていましたが、両親のアドバイスもあって、創作の幅を広げるために、建築物や都市の研究をもう少し掘り下げてみようと思い、大学院に進学。並行して、専門学校でCGを本格的に学びました。
大学院の夏休みの海外フィールドワークでは、スペインのアンダルシア地方にある「天空の街」と呼ばれるアルコス・デ・ラ・フロンテーラ村を担当し、実測調査や古い建物に住んでいる方へのヒアリングなどを行いました。

建築学科の卒業生は、フィールドワークで学んだことを建築設計に生かす人が多い中、陣内研究室の仲間はファッションや広告、映像など進路が多岐にわたっていて、私もCG映像の制作会社に就職しました。

いつもと違うことをすれば新しい発見がある

熊本城のプロジェクトからも分かるように、デジタルアーカイブやVR技術は、文化財の魅力を伝えるだけにとどまらず、地域活性化や観光振興など、社会課題の解決にも活用されています。

2020年10月にスタートした「しあわせ文化財プロジェクト」もその一つで、長引くコロナ禍で旅行が控えられる中、オンラインツアーを介して、文化財やその地域・人との接点を提供し、現地へ利益を還元する仕組みとなっています。ツアー第一弾の行き先は、2016年に私がデジタルアーカイブを担当した奈良・興福寺で、リモート拝観などが自宅にいながらにして楽しめます。また、12月には東京国立博物館をオンライン上のバーチャル空間で見学できるイベントも開始します。

今、学生時代を振り返ってみて感じるのは、たくさんのカルチャーショックを受けたことが今の自分につながっているということです。陣内先生と一緒に歩いていると、先生がふといなくなってしまうことがよくありました。
路地に入り込んで積極的に迷子になるのが、いろいろな魅力を発見するコツなんだなと思ったものです。学生の皆さんもぜひ、積極的に普段とは違うことをして、カルチャーショックを受けてください。いつもとは違う道を歩いてみる、それだけでも何か新しい発見があるはずです。

 

(初出:広報誌『法政』2021年1・2月号)