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【法政の研究ブランドvol.8】建築を通して社会の課題とその解決を考える(デザイン工学部建築学科 岩佐 明彦 教授)

  • 2021年03月05日
  • ゼミ・研究室
  • 教員
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「法政の研究ブランド」シリーズ

法政大学では、これからの社会・世界のフロントランナーたる、魅力的で刺激的な研究が日々生み出されています。
本シリーズは、そんな法政ブランドの研究ストーリーを、記事や動画でお伝えしていきます。

理論を追究するだけではなく広く社会に関わりたい

大学進学で上京した頃の東京は東京ドームや東京都庁が続々完成し、建築が華やかな魅力を放っていた時代でした。小さい頃から建物を作ることに憧れていましたが、大学で学び、社会に対して視野が広がっていくなかで、建築は街や建物を通じて直接的に人や社会と関わることができる。そこに大きな魅力を感じるようになりました。

念願の建築学科に進学してからは課題の締め切り前に大学に泊まり込んだり、夏休みに国内や海外の建物を見て回ったりと建築漬けの日々を夢中で楽しみました。一方、自分の将来を考えた際、建物をつくる実務に憧れつつも、広い社会の中で自分が関われる建物はごく一部なのだという現実にも気づかされました。もしかしたらフロントラインで活躍するよりもそれを支える仕組みづくりに携わったほうがより広く世の中に関わることができるかもしれないと考えるようになりました。

建築計画学というのは設計の理論的裏付けを研究するジャンルです。建物には用途や使い方に応じた平面計画や寸法計画があり、それは動作や知覚、生活習慣、社会規範など様々な決定根拠に基づいています。建築計画学では実際の使われ方を観察したり、理論的な考察を行いながら、建築設計への応用を目指しています。建築に関連付けながら広く社会に関われることに魅力を感じ、建築計画学の研究者をめざす決意をしました。建築学科を卒業したら実務に就くのが当たり前と多くの人は考えるでしょうが、私の場合は父親も祖父も大学の工学部の研究者だったこともあり、キャリアパス的に研究をするという選択肢を知っていたことも大きかったと思います。

研究者としての最初の関心は、技術の進歩で新しく生まれた居住環境でした。卒業論文では高層マンションの上層階に住む人について研究。当時、高層マンションはまだ珍しかったのですが、俯瞰的な地理把握など、我々とは違う住環境での生活を興味深く調査することができました。

博士課程では、私自身が奈良の新興住宅地の出身だったこともあり、「ニュータウンはふるさとになりうるか」という関心のもと、ニュータウンの研究に取り組みました。博士論文で研究したのは秋田県の大潟村です。大潟村は琵琶湖の次に大きな湖だった八郎潟をオランダの技術協力のもとで干拓した広大な農地で、その中心に作られた入植集落は1960年代の最新ニュータウン理論がフル活用された「究極のニュータウン」でした。研究では計画的に整えられた環境に入植した人たちが1990年代後半当時までどのように暮らしを変化させていったのかについて、資料や歴史を調べ、建物の計測やインタビューを行いました。30年の歴史の中で営農形態の変化などに対応しながら人々が家屋に手を加え、様々な出来事を共有していく中で、ズラッと同じ建物が並ぶ無機的な集落が「住みこなし」によって変化していく様子を研究しました。

3年間にわたって仮設住宅で暮らす人の「住みこなし」を調査

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その後、新潟大学に就職しニュータウンの研究を続けていた2004年、中越地震を体験。現在の研究につながる仮設住宅との関わりができました。非常事態下でつくられる仮設住宅は長期間住む前提のものでないため、細かく手がかけられません。お住まいになる方も大変だろうなと思いながら定期的に通っていると、半年も経たないうちに風除室や物置を増築する人、犬を飼い始める人、花壇や畑をつくる人、日よけを上手につくる人などが出て来ました。皆さん、自分たちのライフスタイルに合うように上手に仮設住宅に手を加えていらっしゃる。そこで、3年にわたって仮設住宅の「住みこなし」を調査し、教えていただいた様々な知恵やアイデアの実例を集めたり分析したりしていました。

東日本大震災の時に、この時の資料を『仮設のトリセツ』としてアップしたところ、多くの方が参考にしてくれました。住みにくいとか寒いとか欠点が指摘される仮設住宅で精一杯工夫して前向きに住みこなした方たちの情報やメッセージを共有しながら、東日本大震災の被災者の方の暮らしをサポートするにはどうしたらいいかを考え続けました。『仮設のトリセツ』では敢えてオーバースペックな増築や、妙にこだわりのあるカスタマイズの実例を紹介したこともあります。最初は不謹慎だし怒られるかなとも思いましたが、お住いの方々にポジティブな気持ちを提供できた面もあると感じています。多くの方の交流のきっかけにしていただければと、ワークショップを開催したり、仮設のトリセツ出張所もオープンしたりしました。皆さんの様子を見ていると、女性は比較的アクティブで人と繋がれる方が多いのですが、被災した上に失業された男性はどうしても気分が沈むことが多いようでした。でも、大工仕事などの得意分野で役割が見つかると元気になります。応急仮設住宅という特殊な居住環境では自分で自分の環境にコミットしてもらうことが大切だということが見えてきました。また、被災地の復興プロセスにはセーフティネットや社会保障などこれからの日本が抱える課題が縮図的に詰まっていると痛感しました。

  • 著書『仮設のトリセツ ―もし、仮設住宅で暮らすことになったら―』(主婦の友社)

  • 東日本大震災から10年が経過し、応急仮設住宅にも様々な改良が加えられている。写真の応急仮設住宅は熊本県球磨村に建設された仮設住宅だが、茨城県でホテルとして活用されていた住居モジュールを移設した「空間備蓄型仮設住宅」。

社会の中で自分が行っていることを意識することが重要

現在、コロナ禍で世界全体が被災地のようになっています。他の災害と違うのは、密接に繋がることで助け合うことができない点です。大災害時にはお互い助け合う「災害ユートピア」と言われる現象が現れますが、コロナ禍ではそれがなかなか生まれない。現在、このような特異な状況下で建築に何ができるのかを考えているところです。

例えば、大学やオフィスのあり方も当然変わる必要がある。講義やミーティングの多くがオンラインで行われるようになりましたが、空間に依拠した人との繋がりを大事にすることも今まで以上に重要になり、オンラインではできない深い関わりが可能な空間設計が求められていくと考えています。こうした空間は大学にとどまらず、オフィスでも求められていくでしょう。

住みこなしの専門家として気になっているのが、生活環境の更新です。最初の頃はリモート会議などで背後がちらかっていた人も徐々に環境を整えているように見えます。お店でもビニルシートを上手に使いこなしている。こうした知恵や工夫を今きちんと調べておけば次の研究のヒントにつながるものもあるかもしれません。コロナ禍での環境変化への対応は、コロナ後も無駄になるとは限りません。そう考えると、今の状況をチャレンジングな視点で見ることができると思います。

現在、課題解決型の教育が必要と言われていますが、建築はまさに課題解決型の学問です。建物を設計する際には社会的背景を調べ、要求に対するブレイクスルーを考えていきます。そういう意味でも建築は間口が広い学問です。実際、私のように理系なのに数式を使わない研究をしている人も多い。就職先は建設業界はもちろん行政職という選択肢もありますし、ソフト・ハード様々な分野で活躍できます。人生で必要なことは建築で学ぶことができます。進路を悩んでいる高校生には迷わず建築学科をお勧めしたいです。

私のゼミでは現地で実物を見ながらディスカッションすることを心がけています。たとえば、新宿副都心の高層ビルの足元を見て回るだけで、建物の高密化・高層化を図りながら豊かな外部空間をどの様に確保しようとしてきたのか、その試行錯誤を学ぶことが出来ます。そこから渋谷に移動すれば街と建築が一体となった都市大改造のフロントラインを見ることもできます。建築とそこでの工夫や試行錯誤を見ていくと、社会の課題を一度でブレイクスルーできるアイデアなどは存在せず、課題の解決のためには社会全体での地道な積み重ねが必要なことがわかります。だからこそ自分が関わっていることを社会全体の中で意識することが重要であり、そこにこそ大学で学ぶ大きな意味があると私は考えています。学生の方には若いうちに自分とは違う軸を持った多くの仲間をつくって欲しいと思っています。法政大学はいろいろな専門を学ぶ人が集っている場です。学部や学科を乗り越えて仲間を見つけ、一生の宝にしてほしいですね。

  • ゼミでは現地でディスカッションすることを重要視し、毎週を目標に「外ゼミ」を実施していた。いまはコロナが収束して再開できることを願うのみ

  • まちづくりのお手伝いで地域の巨大模型を制作

  • ゼミ合宿のスナップ。どこに行っても「見るべき建築」はたくさんある

  • 理論と実践の両方に取り組むマインドを忘れないように研究室の壁にはツールウォールを設置

デザイン工学部建築学科 岩佐 明彦 教授

東京大学大学院博士課程修了。博士(工学)、一級建築士。新潟大学工学部准教授を経て、2015年より現職。著書に『仮設のトリセツ』(主婦の友社)、『まち建築―まちを生かす36のモノづくりコトづくり』(日本建築学会編、彰国社)、『まちの居場所―まちの居場所をみつける/つくる』(日本建築学会編、東洋書店)などがある。受賞に日本建築学会教育賞(業績)、日本建築学会著作賞、人間・環境学会賞、JAABE BEST PAPER AWARD、グッドデザイン賞など。