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総長から皆さんへ 第4信(4月27日) 「変化」を受け入れる

  • 2020年04月27日
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「変化」を受け入れる

第1信で私は、石牟礼道子の本を紹介しました。彼女の根幹にある生き方は「もだえ神」であり続ける、ということです。思想として、というのではなく、どうしようもなく、そうなってしまうのです。もだえ神とは、他の人がつらい思いをしているのを見て、何の力にもなれないけれど、もだえるようにしてそのつらさを共有することです。同情とはちょっと違います。他者の気持ちに自然に入り込んでしまうのですね。そういう人であった石牟礼さんは、水俣病をきっかけに、生き方が変わってしまいました。

2011年の東日本大震災とそれにともなう福島原子力発電所事故によって、生き方が変わった人たちも多くおられました。本学の卒業生である小松理虔さんもその一人で、報道の世界から地域活動家へ転身しました。そして『新復興論』(ゲンロン)という本で大佛次郎論壇賞を受賞しました。この本を読むと、足元をしっかりみつめて日常を生きることと、広い視野で根本的なこと(たとえば「人間にとって福祉とは何か」「私たちにとって復興とは何か」など)を考えること、その両立がいかに大切か、わかります。

このコロナ禍をきっかけに、生き方が変わる人たちも、きっといるに違いありません。それは私かも知れないし、あなたかも知れない。教員と学生の関係や、学び方も変わるでしょう。時間の使い方もお金の使い方も、考え直すことが多くなるはずです。

自分が変わろうと思ったわけではないのに、環境がある日突然変わってしまったら、という状況を描いた小説に『カタストロフ・マニア』(新潮社)があります。本学の国際文化学部の教員、島田雅彦さんの作品です。医療の実験中に眠らされた主人公が目を覚ますと、太陽の磁気エネルギーが解放されて力学的なエネルギーに変換される「コロナ質量放出」によって、電気がまったく使えず、感染症が蔓延し、非常事態宣言が出されている世界になっていたのです。2016年から2017年に書かれた小説ですが、意味は違ってもまさに「コロナ世界」の出現を書いているのです。たったひとりで大きな変化にさらされたとき、私たちはどう行動するのか、考えさせられます。

ちかごろ読んだ本にケヴィン・ケリー『<インターネット>の次に来るもの 未来を決める12の法則』(NHK出版)という本があります。その中に次のようなくだりがあります。「われわれが進む先にある未来はいままさに見ているプロセス─ビカミング─から生まれる。いま現れつつある変化を受け入れることで、それが未来へとなっていく」と。この本の目次およびキーワードはすべて動詞でできています。「なっていく」「流れていく」「接続していく」などです。いま世界中の大学で始まりつつあるオンライン授業は、今までとは異なる、知性と創造のプラットフォームを準備している、と私には思えます。インターネットが可能にする世界への想像力をもった学生にとっては、教員が提供する方法は理想にほど遠いかも知れません。だとしたら、次の知のプラットフォームを創るのはあなた方です。

ケリーさんは「われわれが見落としていたことは、このすばらしい新オンライン世界が、大きな組織ではなくユーザーによって作り上げられたことだ」と書いています。日々膨大な映像、動画、文章がネットに入っていきます。そのほとんどはプロが提供しているのではなくユーザーが創造しているのです。「こんなふうにオンラインコンテンツを作れば、もっと私たちは知的好奇心を持てる」という提案もできますね。ご自身で作ってしまうことも可能かもしれません。能動的にオンライン授業に参加してください。物理的な条件が完璧には整わないとしても、夢や構想をもつことはできます。新オンライン世界は新開拓地なのです。

ところで、数々の新しい分野を開いた江戸文学は、変化に価値を置きました。それを「不易(変わらないこと)流行(変わること)」という言葉で表現しました。江戸文学の代表である「俳諧」(現代の俳句のもとになった文学)は、それを文芸化したものです。

ういきょうの実を吹き落とす夕嵐(去来)
 僧ややさむく寺にかへるか(凡兆)
猿引きの猿と世を経る秋の月(芭蕉)
              (『猿蓑』「夏の月の巻」)

大学院生のころ、この『猿蓑』を含む俳諧連句の集「芭蕉七部集」を持ち歩き、機会あるごとに覚えていました。上記はその中の一部です。夕嵐の強風→ひとりの僧侶が寒そうに急いでいる→その寒さの中、猿引きの芸人が猿と身を寄せ合い、そのぬくもりの中でなんとか今日も生き延びる。句はひとりによって完結しません。他者に受け渡されます。受け取った人はシーンを変えます。寒さから命のぬくもりへ、勢いから切なさへ。変化こそが、俳諧文芸の力なのです。

急激な変化は、つらいものです。しかし同時に、次の世界への夢も、もたらします。「こうするつもり」だったことがかなわなくなっても、必ず、新たな夢をもつことができます。