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電気・電子回路で生物の仕組みを模倣医療工学分野での社会貢献を目指す(理工学部電気電子工学科 鳥飼 弘幸 教授)

  • 2020年05月19日
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理工学部電気電子工学科
鳥飼 弘幸 教授


生物の働きを真似するような電気・電子回路の設計に取り組んでいる鳥飼弘幸教授。耳や脳の機能を人工的に作り出すことで、不自由を軽減させる仕組みづくりの実現を目指しています。

内耳や脳の一部の機能を人工的に模倣する回路を設計

電気・電子回路(以下、回路)に関する研究を続けています。現在は、生物の仕組みを模倣する大規模集積回路(VLSI)※の設計を手掛け、特に「耳」と「脳」の分野に注力しています。

10代の頃から回路の設計に興味を持ち、基礎理論を深める研究に従事していました。ところが、2005年に参加した国際会議で脳の一部の働きをICで代用させようとする研究を知り、転機が訪れます。自分が長年手掛けてきた研究を、医療工学という応用分野で生かせる可能性に気付いたのです。

回路設計の成果の一つが「人工内耳」です。耳の最も内側にある内耳は、音を認識するために大切な器官で、外耳から入ってきた音の情報を電気信号に変換して脳に伝える働きがあります。その働きを大規模集積回路を用いて再現することで、内耳の異常で聴力を失ってしまった人も音を取り戻せるのです。

人工内耳は既に実用化され、人との会話が可能なレベルまで進化しています。ただ、音の性質はクリアとはいえません。さらに聞き取りやすくなるように精度を向上させ、本来の人間の耳と同等の性能に近づけることを目指しています(図1参照)。

脳に関しては、中枢機能だけに仕組みは複雑で、一つの装置で全てをカバーするのは物理的にも困難です。そこで、多用途に使える万能基盤を作り上げ、回路を組み替えることで脳の一部を代用する仕組みを考えています。中でも、大脳内で記憶や空間学習能力をつかさどる「海馬」の働きに着目して研究を進めています(図2参照)。

脳内の海馬の働きを人工的に模倣する研究は、米国を中心に世界規模で進められています。私の転機になった2005年の国際会議ではラットでの実験でしたが、2018年には脳に障がいを持つ人を対象とした臨床へ向けた基本的な実験が行われ、わずかながら脳機能の向上が確認されたという検証結果が発表されています。

今後、実用化を目指して、さらなる研究が進められるでしょう。回路設計の工夫で性能を上げる余地は十分に考えられるので、将来的な需要を見込んで先行研究を進めています。

  • 図1:人工内耳の回路設計のための実験装置。マイクで拾ったスピーカーからの音を、正しく電気信号に変換できているか、測定装置を用いて確認している
  • 図2:人工的な海馬回路の測定画像。脳内の海馬の働きを波形で示す装置を用いて、動物実験で得られたデータと回路で作り出したデータを比較し近づけていく

多くの英知に支えられ、創意工夫と知恵を生み出す

私の研究者人生は、法政大学から始まりました。途中、関西方面でキャリアを積み、2018年に母校に戻ってきました。学生時代から通う小金井キャンパスは、再開発されて校舎は様変わりしましたが、学生らの雰囲気はあまり変わっていないように感じます。

小金井キャンパスには、創意工夫と知恵で勝負していくような研究室が多いので、刺激を受けています。そうした研究スタイルを支えてくれる、法政の研究環境には感謝しています。

生物機能を模倣することは、電気・電子工学の知識だけでは、実現できません。模倣したい機能の仕組みを理解し、体内の細胞や神経などにどのような影響を与えているのか、詳細に知る必要があります。それには、生物や医学分野のあまたの研究者が残してくれた成果や測定データの存在が不可欠です。それぞれの分野で研究者が蓄積してきた英知を結集し、社会に役立てていきたいと考えています。

基礎研究を積み重ね一流の技術者を目指してほしい

生物機能の働きをそっくり模倣できれば、人工的に生物機能を作り出せることになります。それは、医療工学だけでなく、さまざまな分野に応用できる可能性を秘めています。

研究室でも、学生たちが応用研究を手掛けています。

ロボットの電子脳を開発する取り組みでは、昆虫の脳を模した回路を設計し、六足歩行ロボットに昆虫のような動きをさせることに成功しました。

遺伝子情報を治療に役立てるゲノム医療、ゲノム創薬分野で活用するための「遺伝子シミュレーター」の設計開発に取り組んだ学生もいます。細胞内にある遺伝子やたんぱく質の働きが再現されるので、投与した薬が特定の遺伝子にどのように作用するのか、事前にシミュレーションできます。

こうした応用研究を、社会に役立つ「実践知」として活用するためには、基礎研究を積み重ね、知の土台を強固にしておくことが重要です。しっかりとした基礎力がなければ、柔軟性のある応用力は働かせられません。

近年、中国やインドに代表される諸外国の研究活動の活性化が著しく、相対的に、日本の研究力は埋もれたような印象があります。これからは、研究現場も多様化、国際化が進むでしょう。日本の研究力を発揮するために、優れた技術者、研究者の育成は急務だと感じています。その一助を担えるように努めたいと考えています。

※大規模集積回路:主に半導体を用いて無数の素子で構成される大規模な電子回路を基板上に実装した回路。VLSI(Very Large Scale Integrated circuit)とも呼ばれる。

(初出:広報誌『法政』2020年4月号)

  • 研究室の夏合宿は、学部生と大学院生が合同で開催。3年次は基礎力向上のため回路設計研修に励み、上級生はそれぞれが進めている研究内容を発表する

理工学部電気電子工学科

鳥飼 弘幸 教授

1973年兵庫県生まれ。法政大学工学部(現・理工学部)電気工学科卒業、同大学院工学研究科電気工学専攻修士課程、博士課程修了。博士(工学)。法政大学工学部情報電気電子工学科助手、大阪大学大学院基礎工学研究科准教授、京都産業大学コンピュータ理工学部教授を経て、2018年4月より法政大学理工学部教授に着任。現在に至る。