国際文化学部国際文化学科
粟飯原 文子 准教授
アフリカ文学を探究し、多言語社会を描いた文学作品の翻訳にも取り組んでいる粟飯原文子准教授。多様性豊かで、希望にあふれたアフリカの姿を広く伝えていきたいと考えています。
アフリカ文学を専門として、研究を続けています。
現在、アフリカには50を超える国があり、それぞれの主要言語は異なります。私が研究対象としているのは、特定の国や地域に限定したものではなく、古典として重要な作品から、現在の新しい潮流を代表する作品まで、主に英語やフランス語で書かれた小説になります。
文学史的な観点からすると、アフリカ文学の始まりは、アフリカ諸国が植民地支配から独立を遂げる直前の1950年代だとされています。代表的な作品は、「アフリカ文学の父」と呼ばれるチヌア・アチェベの『崩れゆく絆』。植民地化されたことで、自分たちの暮らしに根付いた文化や風習が変容させられていく様、共同体が崩壊していく様を描いた、アフリカの歴史的経験を象徴する作品で、世界中で読み継がれてきたベストセラーです。
アチェベを筆頭とするアフリカ文学初期の作家たちは、自らが直面してきた苦難の歴史と真剣に向き合い、来るべき新しい世界のさまざまな可能性を、文学作品の中で探求しました。苦しい過去の経験から目を背けることなく、未来への希望を紡ぐことでアフリカ大陸の新たな礎を築いたのです。
アフリカの文学作品は、そうした背景を持つアフリカの激動や情熱にあふれています。学生時代、アフリカに関する予備知識が無いまま作品を手にした私は、その力強さに衝撃を受け、今も魅了され続けています。
2013年に『崩れゆく絆』の新訳を手掛けたことを機に、アフリカ文学の翻訳にも取り組んでいます。アフリカ文学の祖と位置付けられる作品を、新たに読み解く作業に携われたことは、とても幸運だと思っています。
文学作品の翻訳は、作品が持つ世界観をそのまま異なる言語に移し替える橋渡しです。当然ながら、描かれている世界を理解するために、言葉にされていない背景や文化、歴史などの知識も学ぶ必要があります。
私が研究対象としているアフリカ文学は、多言語社会を描いた作品が多いという特異性があります。それがアフリカの姿だからです。
例えば、『崩れゆく絆』は英語で書かれた作品ですが、著者であるアチェベはナイジェリアのイボ民族なので、唐突にイボ語が登場します。英語では表しきれない独特な言い回しやニュアンスを表現するためなのでしょう。イボ語を知らない読者がいることも承知の上で、あえてそのように記しているのです。
そうした作家の意図や狙いを、どのようにして日本語に翻訳するか。それが苦労する点でもあり、面白いところでもあります。全てを日本語に書き換えてしまったら、原作に含まれる「著者が意図した違和感」は伝わらないでしょう。『崩れゆく絆』の翻訳では、ひらがな、カタカナ、漢字を併用できる日本語ならではの表記として、ルビや注釈を活用しました。「長老(ンディーチェ)」のように、イボ語の読みをルビとしてカタカナで表記することで、「人々が実際に話す言葉」を印象付けています。
多言語社会の歴史的背景、独特な文化。その地で暮らす人なら、語らずとも分かる空気感。作品の行間に含まれている魅力を損ねることなく、日本語で伝えるにはどのようにすればよいか。常に、その難題に悩みながら挑んでいます。
国際文化学部に着任して7年目を迎えますが、学生たちのアクティブで、学びに意欲的な姿勢に刺激を受けています。2020年度に新たにアフリカ研究の導入となる授業を開講したところ、想定の4倍もの受講者が集まり、驚かされました。
他国の文化に触れる時には、先入観や思い込みのフィルターに縛られないようにする、学びの姿勢が大切です。特にアフリカ諸国は、距離的にも心理的にも日本から遠く、偏見やステレオタイプのイメージに踊らされやすい地域です。学生には、文学や音楽、映像作品を通じて多角的にアフリカを知り、アフリカを中心に世界を見るとどうなるか考えることを勧めています。そこに生きる人々の経験や心の動きに寄り添うことで、遠く離れた世界を自らのこととして受け止め、考える想像力が養われます。
コロナ禍で外出もままならない状況が続く現在は、世界中で文学の魅力や価値が再認識されています。日常では交わることのない世界に触れて固定観念を学び捨て、心を育てる「実践知」を培ってほしいと願っています。
(初出:広報誌『法政』2021年3月号)
法政大学国際文化学部国際文化学科
粟飯原 文子 准教授(Aihara Ayako)
大阪府生まれ。英国ロンドン大学東洋アフリカ研究学院修士課程、博士課程を経て、神奈川大学外国語学部で非常勤講師を務める。2015年に本学国際文化学部専任講師に着任。2017年より現職。日本英文学会、日本アフリカ学会、アフリカ文学会(ALA)会員。