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【法政の研究ブランド vol.2】「イノベーション」から「ソーシャル・イノベーション」へ ― ベネフィットを生み出し、社会的責任を果たせる企業を目指して ―(現代福祉学部福祉コミュニティ学科 土肥 将敦 教授)

  • 2020年12月24日
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「法政の研究ブランド」シリーズ

法政大学では、これからの社会・世界のフロントランナーたる、魅力的で刺激的な研究が日々生み出されています。
本シリーズは、そんな法政ブランドの研究ストーリーを、記事や動画でお伝えしていきます。

世界に広がる“ソーシャル”な潮流

kenkyu2_tama_doi05.jpg ここ数年、「ソーシャル・ビジネス」「社会起業家」「ソーシャル・イノベーション」という言葉を耳にする機会が増えました。私自身がこうした領域についての研究を始めたのは、90年代後半からです。当時の経営学やイノベーション関連のテキストには、イノベーションとは「経済的な成果を伴う革新である」と定義されていました。その頃の日本といえば、NPO法が1998年に成立して間もなく、ソーシャル・セクターの規模やインパクトもまだ小さな時代でした。ですが、「経済的成果」のみに焦点を当てるイノベーション研究の方向性に対して少なからず違和感を覚えていました。一般的な意味合いでの経済的成果はそれほどなくとも、それを上回るほどの「社会的成果」や「社会的価値」が創造されるユニークなビジネスが世界中で台頭しはじめていたからです。
 しかし、面白いことに、2017年頃になるとイノベーションのテキストにも変化が起こり、「社会に価値をもたらす革新である」と定義し直されました。本当に最近になって、イノベーションの定義そのものが変化したわけです。これは、企業やNPOなどの組織が、社会のどういった現象に目を向けるべきか、見る対象そのものが変化してきたということを意味します。
 日本においては最近まで、NPO中心のソーシャル・セクターの活動では限界があり、思うようなインパクトを出せない一方で、ビジネスセクターが本気で取り組めば多くの社会問題が解決できるにもかかわらず、なかなか実現には至らないというジレンマが続いていました。こうした企業の目線をソーシャルへと動かす後押しとなったものには、2000年のリスボン戦略以降のCSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)の世界的な広がりと、2015年に国連で採択された「SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)」でした。グローバルレベルにおいては、われわれが想像する以上に速いスピードで、また多様なプレイヤーによって責任やサステナビリティについての議論が盛んに行われています(写真参照:ドイツ・ケルンでのCSRとサステナビリティに関する国際会議の様子)。また近年、経済的利益だけではなく、社会と環境への影響にも配慮する企業に適用される「ベネフィット・コーポレーション」や「B Corp認証」という新しい法人形態や認証も世界的に注目されています。そして、2019年8月にアメリカ最大規模の経済団体「ビジネス・ラウンドテーブル」が、数十年にわたって資本主義を推進してきた株主第一主義から「ステイクホルダー資本主義」への転換を宣言しました。アメリカの実業界が、株主利益の追求を主目的とするのではなく、今後は利益を生むこととともに、従業員、顧客のみならず地域コミュニティへの社会的責任を果たすことにも注力すべきだという声明を出したことは大きなインパクトがあるものでした。これは見方を変えれば、従来のような「営利(for-profit)か」、「非営利(not-for profit)か」という区分ではなく、「ステイクホルダーへの便益(benefit)」が軸として重要であることを意味しており、実際に欧米の若手起業家たちがこうしたB Corpムーブメントを牽引しています。
 最近、敵対的TOB(株式公開買い付け)や「お家騒動」的な場面を目の当たりにします。株主こそがすべてであるという株式資本主義の原則に従えば仕方がないのかもしれませんが、企業としてのミッションや理念の中に、社会的責任やステイクホルダーへの便益という軸を据えることで、常に理念に立ち返って議論を行うという姿勢も必要なのではと改めて考えさせられます。企業がソーシャルという視点を意識すべき理由はここにもあると考えています。

ソーシャル・イノベーションをマネジメントする時代へ

kenkyu2_tama_doi03.jpg この「ソーシャルな視点」、つまり、企業や個人がどのような社会的課題を見据えていくかということは、簡単なようで実際はなかなか難しいものです。というのも、「ソーシャル」の意味内容は常に変化し続けており、マイナーでローカルなものから、メジャーでグローバルなものまで多種多様に存在しているからです。例えば、サーキュラー・エコノミー(循環型経済)を追求する中で、ゴミを全く出さない「完全リサイクル」の洋服やシューズをつくりだそうとするグローバル企業の動きや、従来は廃棄物やゴミとして扱われていたものから新しい商品を生み出そうとするアップサイクルの活況は、10年前には想像もできませんでした。企業の事例ではありませんが、先進国に子どもの貧困問題が存在していることに日本中が驚き、「子ども食堂」という新しい解決策が提示されたことも、ローカルなソーシャル・イノベションと呼べるかもしれません。SDGsが掲げる目標にもあるように、われわれ個人が、そして企業やNPOが、変化し続ける多種多様な社会的課題を「自分ごと」として捉えて、それに向き合って努力していくことが今、求められているわけです。
 では、われわれはどうすれば実際にソーシャル・イノベーションを起こすことができるのでしょうか。超人的な能力を持ったヒーローの登場を待つ以外にないのでしょうか。いま、ソーシャル・イノベーションを偶然ではなく、意図的にコントロールし、マネジメントできるようにするための研究が求められています。現在のソーシャル・イノベーションの先行研究では次のようなことが示唆されています。例えば、「経営理念」や「社会的ミッション」といった組織の基盤や存在意義を示すような方向性(大きなベクトル)を明確にし、メンバーと共有すること。個人のみならずグループで問題解決に取り組み、多様なステイクホルダーとの「協働や共創」の促進を視野に入れること。思い切った革新的な事業を推進するために、イノベーションの推進者は多くの関係者が納得するような「正統性(もっともな理由)」を常に用意すること。ある程度大きな組織の場合は、組織のメンバーが思い切った(ある種の創造的逸脱)行動ができるような「組織文化」や「場」をつくりあげること、などです。これらの内容は実はそれほど新しいものではなく、教科書にもよく出てくる「ありふれた」ヒントかもしれません。しかし、逆に言えば、いかに多くの個人や組織においてこうしたセオリーが十分に理解されていないか、ということでもあるのです。

大学でソーシャル・マインドを育むキーワードは「社会実験の場」と「カタリスト」

 現在、私は現代福祉学部に所属しています。そこで学ぶ学生たちを見て感じることは、本当に多様な価値観をもっているということです。大企業だけではなく、NPOや起業などにも関心を持って具体的なアクションに繋げている学生も多くいます。
 例えば、授業のゲストスピーカーも、NPOの代表や学生起業家、中小のベンチャー企業など、これまでのように大企業に偏らず、様々な分野で活躍する人を紹介することで、学生たちのマインドは自然と変化していきます。もちろん大企業の良さもあります。しかし一方でデメリットすらも敏感に感じ取っているのが今の世代なのです。
 そのため、「ビジネスの成功とは何か」ということを、売上高や株価の話だけではなく、世の中にいかにインパクトを与えているか、人や地球環境、地域コミュニティに配慮しているかといった視点からも、丁寧に授業やキャリア支援の中で示していくことが必要であると思います。
 一方で、授業で学んだことを自分事化することも大切です。例えばエシカルファッションに興味をもって研究をしている学生が、自分自身はファストファッションを身に付けているという矛盾に気付いていないという話も耳にしたことがありますが、やはり、サステナビリティやソーシャルなマインドを考える授業を大学が提供することも必要でしょう。
 法政大学には「ちょっと一丁やってやろうか」という在野精神に満ちた、面白い学生が多くいます。だからこそ、大学がその背中を押せるようなサポートの仕組みさえ作れれば、思い切ったチャレンジができるのではないでしょうか。その際のキーワードは「実験場」と「カタリスト(触媒)」です。大学も企業もそうですが、やっぱり、面白くてわくわくする人材を集めるためには、何かしら挑戦的な実験をしなくてはと思うのです。失敗するかもしれないけどやってみよう。そんな気持ちにさせるような、ソーシャル・イノベーションの種を発芽させる社会実験の場として大学を価値ある場所にしていかなければなりません。そして大学教員のみならず、大学院生やOB/OG、留学生 、外部のプロフェッショナルなどがカタリストとなって、学生と様々な世界の人々との化学反応を次々と起こしていく必要があります。法政大学には多様な学生が全国、世界から集まっています。法政大学が大切にしている「自由を生き抜く実践知」という理念をしっかりと学生の間に根付かせ、広大な多摩キャンパスの中で、学部間の交流をより活発にすることで、われわれが意図せざる化学反応が起きるでしょう。まさに実験の場として大きな可能性があると思っています。

現代福祉学部 福祉コミュニティ学科 土肥 将敦 教授

一橋大学経済学部、一橋大学大学院商学研究科博士後期課程を経て、2009年に高崎経済大学地域政策学部准教授。2014年より法政大学現代福祉学部准教授に着任、2016年より現職。商学博士。著書に『CSR経営ー企業の社会的責任とステイクホルダー』(共著、中央経済社)、『ソーシャル・イノベーションの創出と普及』(共著、NTT出版)、『ソーシャル・エンタプライズ論』(共著、有斐閣)などがある。