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(2020年度新入生の皆さんへ)法政大学 田中 優子 総長から新入生へのメッセージ

  • 2020年04月03日
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新入生の皆様、入学おめでとうございます。保護者の皆様にも心よりお祝い申し上げます。

まことに残念なことに、今年度の入学式は中止になりました。なにをおいても、新型コロナウイルスのリスクから皆さんの健康を守り、元気に新学期を迎えていただくことを優先いたしました。式典は実施できませんでしたが、今日から皆さんが法政コミュニティの一員として、本学でのびのびと学んで下さることを、心から願っています。

さて、入学する皆さんに、私はふたつのことをお話しすることにしています。ひとつは、法政大学がどういう大学か、ということです。これから大学で過ごす皆さんには、それぞれの能力を伸ばすために、大学を大いに活用していただきたいからです。

もうひとつは、社会がこれからどう変化していくか、です。皆さんは祖父母やご両親が生きてきた社会とは違う社会で生きていますし、社会や世界はこれからも変化します。それを理解した上で、将来のことを考えていただきたいのです。

さて、皆さんは、法政大学に入学することになって自信をお持ちになったでしょうか? それとも自信をなくしたでしょうか? たぶん両方いらっしゃいますね。しかしどちらにしても、その基準は高校時代の成績や、受験したときのいわゆる偏差値というものです。皆さんは十分に努力したと思います。しかし大学に入るための能力は、皆さんそれぞれがもっている広く多様な能力の、ごく一部なのです。皆さんの持っている才能のすべてではありませんし、ましてや人格そのものではありません。大学の教員はそれを知っているからこそ、様々な方法を駆使して授業をおこない、ゼミで個人指導をしつつ学びのコミュニティを作ります。その中でおこなわれる学生同士の意見交換や議論によって、皆さんは自分とは異なる考え方と出会うことになります。これが大学で学ぶことの大きな意味であり、能力を伸ばす条件なのです。皆さんがやがて出て行く世界は、もっともっと多様だからです。

では、本学の教職員は、皆さんをどのような方向に指導するのでしょうか。その基盤になるのが、法政大学憲章です。法政大学憲章はまず、「市民のために若者が設立した大学である」と、建学の経緯を述べています。法政大学は明治十三年、西暦で一八八〇年に三人の二十代の若者が作った法律の学校でした。まだ国会も憲法もなかった時代です。若者たちが新しい国を創るために全国に結社を創り、自ら学び、議論していたのです。法政大学は創立者たちのように、「人や社会のために考え行動する力」を大切に考えています。

大学の歴史は、今年度から開館するHOSEIミュージアムの中で、さらに深く知ることができます。このミュージアムには、デジタルサイネージという、手で触れて歴史の奥に入ることのできる仕組みがあります。今後は小金井キャンパス、多摩キャンパスにもサテライトをつくる計画です。同時にデジタル・ミュージアムとして育ててゆき、世界に発信し、世界からアクセスできるミュージアムにします。成長するミュージアムなのです。

法政大学を知るために、憲章の中から大切にしている言葉を取り出してみます。「人々の権利を重んじ多様性を認め合う社会の実現」「真に自由な思考と行動を貫き通す自立した市民であること」「あらゆる立場の人びとへの共感に基づく健全な批判精神をもっていること」「社会の課題解決につながる実践知を創出し続けること」です。これらの内容を象徴する言葉を、大学憲章のタイトル、つまり社会への約束にしました。それが「自由を生き抜く実践知」です。法政大学は「自由」をもっとも大切にします。そして「実践知」とは、理想をもちながら、今いるその場所で理想に向かって実践と知性を積み重ねることによって、自分の生き方を創っていくことです。

自由は、自分の心が閉じ込められている狭い世界のシステムや構造や歴史を知り、その外のもっと広い世界を見ることから始まります。社会が決めた学歴や就職先のランキングで上位を目指さなければならない、という考え方は、日本が欧米に追いつかなければならなかった明治時代から戦後の価値観です。私たちは誰しも、時代や社会の価値観に縛られています。狭く固い「常識」という名の固定観念はなかなか変わらず、特に日本は「普通」という言葉で皆と同じになることを求められますね。しかしこれからは「常識」や「普通」として語られる世間の外に出て、もっと皆さんひとりひとりの多様な能力や感受性、多様な発想や価値観を伸ばす時代なのです。

例えばアメリカのシリコン・バレーというIT産業の集積地には「ニューロ・ダイバーシティ」という言葉があります。感受性の多様性、という意味です。いわゆる健常者を意味する「定型発達者」に対して、自閉症や発達障害者がその範囲に入る「非定型発達者」つまり型にはまらない人々を含めて使う言葉です。「障害」「症状」とされてきたことを個性としてありのままに見ることが始まっているのです。自分の中にある様々な能力のバランスを、自分にしかない固有のものと意識し、教員とともに育てていくことが大切なのです。組織やコミュニティのなかに、異なる感受性をもち、異なる考えを主張する人々がともにいることで、新たな発想が生まれてくるのです。

そこで、覚えておいていただきたいことがあります。理解できない講義、書物、人に出会ったときに、わからなくても聴いてください、読んでください、対話してください。それは今ある自分を超えて、新しい世界を知り、新たな能力や価値観が育つチャンスなのです。自分を理解してくれない人と会った時には、自分が何をどう感じ考えているか、自分の言葉ではっきり語ってください。意見が対立することはあるかも知れませんが、その過程なしに理解し合うことはできません。表現するための言葉が思い当たらない時は、たくさんの本の中から探して下さい。必ず見つかります。

法政大学は皆さんが「自由を生き抜く」ことを支えます。様々な実践を通して、一人一人が、自由を生き抜くことのできる世界をめざしてください。

あらためて、入学おめでとうございます。