お知らせ

(2019年度卒業生の皆さんへ)法政大学 田中優子 総長から卒業生へのメッセージ

  • 2020年03月24日
  • イベント・行事
お知らせ

皆様、卒業おめでとうございます。保護者の皆様にも、心よりお祝い申し上げます。

まことに残念なことに、今年度の学位授与式は中止になりました。なにをおいても、新型コロナウイルスのリスクから、新しい社会に出ていく皆さんの健康を守らねばなりませんでした。式典は実施できませんでしたが、今日が晴れやかな卒業の日であることは間違いありません。この出来事も学びの機会として心にとどめ、次の世界に晴れ晴れと踏み出してくださることを、心から願っています。

さて皆さんはどのような大学生活を送ったでしょうか? 楽しいことも厳しいこともあったでしょう。充実した時間も退屈な時間もあったに違いありません。それらを乗り越えて今日卒業の日を迎えた皆さんの努力に、心から敬意を表します。大学で力を尽くした経験はこれからも必ず、皆さんの未来を切り開いていきます。

今後も素晴らしい数々の出会いがあるはずです。しかし皆さんはさらに大きな社会に出ていきますから、がっかりするような出会いもあるかも知れません。それをも皆さんは自分の力にすることができます。私はそういう場合、その出会った人や出来事を自分にとっての「反面教師」だと思うことにしています。自分はどうありたいかを考えるとても良い機会なのです。人は他人を変えることはできませんが、その人を通して自分を変えることはできます。どんなことも、自らの成長の糧にできるのです。

とりわけ二十代では、ひとつひとつの体験がその後の基礎になると言われています。私自身も、法政大学とその大学院で過ごした十年間は忘れることができませんし、確かにその後の基盤になりました。どのような体験であろうと、単に通りすぎるのではなく、自分の言葉で記憶に刻み付けていってください。体験はそれをまっすぐ見つめ、その意味を探り、言葉にして確認し、それまでの人生のなかに位置づけることで、生涯の大事な「経験」になります。

ところで、皆さんの大学での経験や記憶とかかわる、「思い出すための場所」「新たな出発のための拠点」とでもいうべきものを、法政大学は作りました。HOSEIミュージアムです。これから皆さんは九段北校舎という新しい校舎で、できたばかりのミュージアムを見学することができます。そこでは「デジタルサイネージ」という仕組みで、皆さんが学んだ場所がどのような歴史を刻んで作られてきたのか、画面に手を触れながら確認することができます。

大学の歴史を知ることは、日本の近代史を知ることです。近代日本には法律や市民の権利の出現、新しい技術や文化の創造、という明るい面もあれば、長きにわたる植民地支配や戦争、という悔やむべき側面もあります。先日オリンピック・パラリンピックのために新国立競技場が完成しましたね。そこはかつて明治神宮外苑競技場と呼ばれていました。戦争の末期、そこから文部大臣や大学総長によって、多くの大学生が戦場に送り出されました。これは、二度とあってはならない出来事として、しっかり記憶すべき大学史の一ページです。日本の近代史のなかで、皆さんがいまどのような時代に生きているのか、ぜひ考えてみて下さい。

HOSEIミュージアムは、法政大学の特徴を表す6つのテーマで企画展もおこなっていきます。「市民と地域への視点」「平和の探求」「働く人々とその社会の探究」「対話する伝統と現代」「持続可能性」そして「文化・芸術・スポーツの群像」です。オリンピック・パラリンピックの年である今年は、そのなかからHOSEIスポーツの原点を展示します。

大学スポーツの存在は、大学での学びが勉学だけでなく、心と体のコントロール、時間管理、チームワーク、競争と協力、国際交流など多くの面に及んでいることの現れです。スポーツは大学の宣伝のためにあるわけでもなく、就職のためにあるわけでもありません。スポーツを通して学びをより広げるためにあるのです。たとえば今から88年も前の1932年、法政大学野球部は、アメリカのイリノイ大学で受け取った1冊の本を監督と部員で翻訳し、『野球読本』として岩波書店から刊行しました。そこから、アメリカの野球技術を日本人の体力に沿ったかたちで発展させたのです。知性とスポーツは大学の中で結びついていました。法政大学のスポーツは、これからもそうありたいものです。

「市民と地域への視点」というテーマを代表するのは沖縄文化研究所でしょう。私は法政大学に在学したからこそ、沖縄について考えるようになりました。日本文学科には沖縄の古代文学「おもろそうし」の授業がありましたし、私が在学中の1972年に沖縄が日本の地域の一つになり、法政大学に沖縄文化研究所ができたのです。同じ時期に法政大学に在学していた故・翁長雄志氏はのちに沖縄県知事となり、党派を超えて沖縄の人々の意志を結集しました。これはミュージアムのテーマのひとつである「平和の探求」につながっています。

世界的に知られている能楽研究所も法政大学にあります。日本文化の基礎である能狂言も在学中に学び、その大切さを知りました。法政大学は私が在学していたころにはすでに「国文学」ではなく「日本文学」という名称を使い、世界から日本を見るまなざしをもっていました。それが日本で最初に、「国際日本学」の研究所と大学院をつくる基礎になったのです。ミュージアムの企画テーマのひとつ「対話する伝統と現代」は、伝統文化への法政大学の革新的な視点をよく表しています。

また法政大学の大原社会問題研究所は、「働く人々とその社会の探究」というテーマを象徴しています。日本では稀な、「働く」ということに特化した研究所で、法政大学の建学の精神である市民のための学問は、ここにも継承されています。在学中にとことん物事を考えてきた皆さんはいずれ、法政大学が社会のなかで重要な価値観を担っていることに気づくでしょう。

新しく開館するスペースは、ミュージアム・コアと呼ばれる中心的なスペースです。行ってみてその狭さに驚くかもしれません。HOSEIミュージアムは今後、各キャンパスにミュージアム・サテライトを開きます。さらに学内のあちらこちらにミュージアム・ポイントを設置し、QRコードなどで情報をあけることができるようにします。そして最終的には、世界のどこにいても見ることのできるデジタル・ミュージアムをめざしています。HOSEIミュージアムは重厚で権威的な建物ではなく、世界を動く卒業生在学生たちがアクセスできる発信拠点なのです。

ところで皆さんは在学中に、法政大学憲章を目にしたことはあるでしょうか?大学憲章のタイトルは「自由を生き抜く実践知」です。誰もが自由を生き抜くためにはこの社会、この世界がどのようであったらよいのか、理想を持ってください。そしてそれぞれの自由を生き抜いてください。理想と現実のあいだには大きな距離があります。しかし今自分が立っている現実のなかに、理想と自由に向かう道が必ずあるのです。行動しながらその道を探り、読書を通じて自分の言葉を紡ぐ。それが、自由を生き抜くための実践知です。HOSEIミュージアムには「自由を生き抜く実践知」が至る所に息づいています。ぜひ卒業後も、このミュージアムをはじめ、皆さんの大学での経験や記憶を思い起こす場所に、時には立ち戻りながら、皆さんひとりひとりの実践知をどうか持ち続けてください。

本日は、まことに、ご卒業おめでとうございました。