9月

◆9月30日(月)

泰日工業大学とタマサート大学を訪問した。どちらも本学の協定校である。泰日工業大学とは2015年に一般学術協定を締結しており、タマサート大学とは1984年に締結している。どちらも学長、国際交流担当のスタッフ、そして日本と関わりが深い教員たちが迎えて下さった。

◆9月30日(月)

泰日工業大学は1970年代から日本型ものづくり技術の研修団体として活動していた泰日技術振興協会を前身として、2007年に認可を受けて発足した私立大学である。学生数は約4000人で、就職率は一貫して100パーセントを誇り、卒業生の一定割合が日本企業に就職するという。日本の商工会議所のバックアップもある。Bandhit Rojarayanont学長は東京工業大学出身で、英語にも日本語にも堪能である。時事通信社の講演も聞いて下さった。ものづくりからAIまで、タイの政治問題から社会の変化に至るまで、広い視野でご自身の考えをお持ちで、それを話して下さった。タイでも近年18歳人口減少が始まり、大学進学率は頭打ちだという。 同大でも学生数確保が課題となりつつあり、国内には中国に「身売り」する大学も出ているとか。これからのタイ発展には、18歳に限らず働いている年代の再教育訓練が不可欠なのだが、企業がそれに乗り出すには政府の支援が今ひとつだという。また、国籍も持たず教育も受けられない多くの移民がいることを懸念しておられた。これから日本も抱える、乗り越えねばならない課題であることなどを、私からも話した。たいへん興味深い会話ができた。また泰日工業大学からは現在、本学の理工学研究科に留学生が来ていて、同行して下さった八名和夫教授は、本学の理系大学院の英語プログラムであるIIST(総合理工学インスティテュート)を学長たちに紹介し、留学生たちのメッセージ動画を学長に見せて下さった。その後、八名教授は学生たちにもIISTのプレゼンテーションをおこなった。

◆9月30日(月)

泰日工業大学の学長室では、本学OB(人間環境学部・修士)の水谷光一さんが働いておられ、今回の私たちの大学訪問や法政ミーティングの開催にも大変尽力くださった。長く泰日技術振興協会で働かれていて、タイの学歴主義の壁を感じるようになった頃、本学人間環境学部の社会人入試の情報を知り、一念発起されて入学なさった。その後、修士課程修了まで6年間日本に「留学」して学位を取り、再びタイに戻って、発足したばかりの同大で働くようになられたとのことだ。

加えて同大学には、学長顧問をされている本学OB、吉原秀男さんもおられ、法政ミーティングにも、この日の大学訪問にも同席くださった。同大卒業生の日本企業へのマッチングの仕事などをされているという。今年は4月に武道館の「50年目の入学式」にも参加してくださった。

泰日工業大学と本学は、まだ学生交換協定を締結していない。タイ国内で独特な地位を築いてきた私大で、かくも有力な立場に本学との繋がりある方々が複数おられ、その皆さんが本学とより強い繋がりを切望されているようにお見受けした。今後に繋がればと思う。

タマサート大学のGasinee Witoonchart学長は女性学長である。1980年代に最初の女性学長が誕生したようで、タイでは総合大学の女性学長は珍しくないようだ。1930年代にタイで初の法学を学ぶ大学として発足した名門大学で、民主主義と正義と自由のための大学との理念も掲げられている。本学の憲章の説明を含む紹介を受けて、本学とタマサート大学の間には法学教育からの出発やめざす理念などの共通性がありますねという話が交わされた。

◆9月30日(月)

タマサート大学には、本学のグローバル教養学部在学中の学生が留学しており、その学生とも話すことができた。東南アジア諸国について学んでいるという。マレーシアやベトナムなど東南アジアの学生が多く留学していて、その交流を楽しみ、充実した学校生活を送っている。試験期間中は制服を着ることになっているということで、この日は素敵な制服で来て下さった。タマサート大学には、英語で教えるインド学、中国学、タイ学のプログラムもあり、まさにアジアの中心大学になろうとする意気込みを感じる。私立大学として民主化運動の先頭に立ち、激しい運動の末に国立大学に組み入れられた歴史がある。今でも、言論の自由とタイの民主化の中心に位置している。

学長以下、国際交流セクション部長、日本語学科の准教授、リベラルアーツ学部の副学部長、インターナショナル部門副責任者のかたなどが出席くださった。法政に研究滞在されたというPuli博士も顔を出してくださった。

話題の中心は、ここ5年間ほどタマサート大学から法政への交換留学生がいないこと。同じタイのチュラロンコン大学からは毎年1名来ているという。ダブルディグリーやジョイントディグリーの可能性はあるか?日本語学科学生が短期留学して(日本語の語学よりも)日本の経営学などを少し学び刺激を受ける機会があれば良いのだが、といったお話が出た。ESOP(交換留学生受入れプログラム)の説明などをあらためて行う。本日は専ら市内キャンパスの学部特性からリベラルアーツや社会科学系学部での交流に期待が示されたが、明日はタマサート大学の郊外別キャンパスにある工学部に、八名先生たちIISTプロモーションチームが別途訪問され、今後のコンタクトを試みられる予定だ。

◆9月29日(日)

バンコク市内を見学した。

私は中国はもちろんのこと、インドネシア、インド、ベトナム、ミャンマー、ラオスに複数回行ったが、タイは、2000年に、少数民族の暮らす北方の山岳地帯ドイトゥンに行っている。そこには当時、アカ族、カレン族、ラフー族、リス族、モン族、ミエン族など7民族26集落があった。王族による、アヘン栽培を農業と工芸に転職させるドイトゥン・プロジェクトがあって、雑誌の依頼でそれを取材しに行ったのである。その時、チェンマイとその郊外の織物の取材もした。

2003年にはラオス領内を舟でメコン川を移動しながら、ラオルム族、ルー族、カム族、モン族の集落に入っている。江戸時代と同じ綿花栽培や綿打ち、染織を見聞できた。そこからチェンセンに移動し、舟と象でカレン族、ラフー族、アカ族、ヤオ族の村を巡った。それらの旅では、バンコクは経由地であったり、通り過ぎるだけで、時間をかけて見ていなかった。そこで今回は、じっくりと寺と王宮を巡った。

大事なことを発見した。それは、タイの文化がインド、スリランカ、カンボジアのクメール文化、ミャンマー文化、ラオスの文化、中国文化、ヨーロッパ文化の影響を受けた混合の文化であることだ。王宮の建築は特にそれを表現しており、全ての様式が渾然と集まっている。タイ式の屋根をもったヨーロッパ建築もある。現在でもミャンマーなどから多くの人々がタイに入って来て、バンコクに来るという。タイはずっと、多様な民族の国なのである。

◆9月28日(土)

◆9月28日(土)

この日は本出張のメイン企画である「法政ミーティングin バンコク」が開催された。今回の参加者は、卒業生が約40名でご家族含めて60名ほどであった。タイの大学に留学あるいは日系企業で長期インターンシップ中など現役学生も3人参加してくれた。多くが日本企業の駐在でタイに一時居住されている方々で、小さなお子さんをもつ年代の方が多い。しかし世界のどこに行っても、根を下ろして生活なさっている方もいらっしゃる。タイでは、30代、40代の複数の方々が起業して、自ら経営を担っておられる。

その中のお一人を中心にOBOGの集いがすでに30人ほどに輪が広がってきているとのことである。それを今回のミーティングを機に公認組織にしようと、会の途中で校友会支部の立ち上げが提案され賛同が得られた。今後は、タイ国内の校友に更に輪を広げながら、校友会活動が本格化することだろう。

今回も、法学部卒でありながら公認会計士となり、国内の大手監査法人からスピンアウトしてタイに移住して日系企業相手の会計事務所を開業された方や、社会学部卒業と同時に、就職先の日本企業から派遣されてミャンマー・タイ国境地域の物流を担うセクションを日本人一人で任されて3年目という青年など、いかにも法政らしい面白いOBに何人も出会えた。

◆9月27日(金)

◆9月27日(金)

この日は、ロンドン、ニューヨーク、ロサンゼルスに続いて4回目となる「時事通信社トップセミナー」での講演会が開催された。これまで法政ミーティングの開催地ではいずれも、時事通信社が「トップセミナー」を展開されており、訪問に合わせて、話をする機会を頂いている。今回はバンコクにおけるトップセミナーの200回記念(30年ほど継続)特別企画になるということで、日系企業トップや官公庁関係者が100名ほど集まって下さった。通常は昼食講演会だが、今回は夕方からの開催で立食パーティもあり、特別な企画となった。私の講演のあと、在タイ日本大使の佐渡島志郎氏が、参加者のためにタイ日関係をめぐる経済・政治の近況を話し、その後、対談をおこなった。江戸時代のイノベーションの方法を端緒に、タイの技術や技能の豊かさ、女性の活躍などについて充実した対談ができた。

◆9月26日(木)

例年の、海外における「法政ミーティング」は、今年はタイのバンコクである。そこでこの日、日本を出発した。法政ミーティングとは、海外にいる卒業生たちと大学の集まりのことである。すでに校友会として組織されているところもあれば、まだ組織化されていないところもあるが、総長が行くことを現地の日本人向けメディアで知らせることで集まる機会を作り、校友会組織につなげるのが目的だ。
夕方、大学側5名と校友会の桑野秀光顧問の6名で、バンコクのスワンナブーム国際空港に到着した。今年も桑野顧問のご配慮で、タイで展開する曙ブレーキのグループ企業Akebono Brake (Thailand) Co., Ltd.の社長が車を手配くださり、自らお出迎えくださった。

タイには在留日本人が登録者だけで7万人以上いて、バンコク市内だけで4万人以上とのこと。(タイの人口は約7000万人、バンコクは800万人)登録しない在留者も結構いるので、実態はもっといるだろうということだ。
また、タイでは女性がフルタイムで就労するのがあたりまえで、出産前には一定の配慮があるが、出産後はすぐに職場復帰するとのこと。管理職になる人も珍しくない。保育施設は高価なので、子供を故郷の両親に預けて働いている、同居する親や夫にみてもらっている、近所の人に預けているなどさまざまな方法で育てているという。

◆9月25日(水)

常務理事会を開催した。常務理事会懇談会を開催した。その後、理事会も開催した。最後に、予算編成方針を議論するために評議員会を開催した。

◆9月24日(火)

拡大学校長会議を開催した。
その後、北海道上川郡下川町と法政大学の「持続可能な開発目標(SDGs)推進に係る協定締結式」をおこなった。下川町では、町の最上位計画である「総合計画」と「SDGs未来都市計画」に、「持続可能な開発目標(SDGs)」を取り入れた。その活動は「2017年度第1回ジャパンSDGsアワード」の本部長(内閣総理大臣)賞を受賞した。2018年6月には、「SDGs未来都市」及び「自治体SDGsモデル事業」に選定されている。
一方本学では、昨年12月に「法政大学におけるSDGsへの取り組みに関する総長ステイトメント」を出している。ステイトメントでは、「SDGsの達成を支える知識と課題解決策の社会への提供」「SDGsの達成に取り組む力をもつ人材の育成」「様々なパートナーとの連携」をうたっている。SDGsはその達成に、協力関係が欠かせない。そこで、自治体との連携に踏み切った。SDGsの推進に特化した自治体との協定は初めである。特に学生同士の交流に期待している。法政大学への進学者は首都圏に偏っている。ぜひ北海道からも入学してほしい。また、本学の学生がすでに下川町に滞在し、インターンシップを経験している。首都圏出身者である学生たちも、地方での経験はこれからの財産になるはずだ。学内でも、地方での経験、ボランティア、ピアネット活動、そしてSDGsへの取り組みなどを、ゼミや授業での成果にもできるような仕組みが必要なのではないだろうか。

◆9月20日(金)

学校長会議を開催した。その後、HOSEI2030運営会議を開催した。

◆9月19日(木)

◆9月19日(木)

広報誌「法政」11・12月号の企画で、本学学生との座談会をおこなった。法政大学新聞学会で活躍する西森知弘さん、市ヶ谷ボランティアセンター学生スタッフ(VSP)の藤山雄多さん、チーム・オレンジの小長井愛さん、課外教養プログラムプロジェクト(KYOPRO)スタッフの横溝満里奈の4人との座談であった。彼らは55・58フェアウェルdaysや3キャンパスバスツアーにも尽力してくれた学生たちだ。多摩キャンパスの教員である私は、総長就任以来、授業やゼミをもつことができず、キャンパスをひとりで自由に歩くことも難しい。社会は急速に変わり学生も変わって行くわけなので、本当はそれを肌で感じたい。今回の座談会はとても大きな収穫だった。不安を抱えながらも一歩前に出てみて目の前が開け、さらにそこから興味関心を外へつなげていく行動を、4人ともとっている。もともと自信があるわけではないのだが、勇気をもって行動し実践し言語化している。どの学生たちも課外活動を講義やゼミで知性につなげていた。確かに法政大学は、それができる場所だ。この座談会の掲載で、他の学生たちが勇気づけられるよう、この日の熱気が伝わる編集にしたい。
この後、法政大学新聞の取材を受けた。
終了後、学部長会議を開催した。学部長会議終了後、データ・サイエンスの研修会をおこなった。

◆9月18日(水)

本日、大学評価室より2019年度の「大学評価報告書」を受領した。
常務理事会、常務理事会懇談会を3種実施。全学質保証会議も開催した。

◆9月17日(火)

◆9月17日(火)

都庁で小池百合子東京都知事にお目にかかり、松本洋一郎・東京理科大学学長、福原紀彦・中央大学学長と、3大学学長連名で、「外濠・日本橋川の水質浄化と玉川上水・分水網の保全再生に関する提言」を手渡した。江戸城の外濠ぎわにキャンパスを持つ3大学は、水質改善のための研究をおこなってきた。同時に、地元の高校や自治会や企業と連帯し、水辺の保存再生の活動を展開してきた。提言は三項目で、第一に玉川上水・外濠・日本橋川に多摩川からの河川水を導水することにより、水質浄化・水循環改善・防災水利確保・自然歴史文化の保全再生などの役割を果たすグリーンインフラとして位置づけること。第二に2020東京大会のマラソンコースとなる外濠と沿川の再開発が進む日本橋川については、河川水を試験的に通水することで早急に水質改善を図ること。第三にこれら水系の水質改善・維持管理等の検討について、大学・研究機関・市民(団体)の知見を集約し、協働するための委員会等を設置すること、である。

つまりは、外濠を江戸時代のような「流れる川」に戻し、「水の都」を取り戻す。隅田川の様子も、ロンドンのテムズ川やパリのセーヌ川とは全く異なる。堤防が高すぎて水が見えないのだ。温暖化が進む東京という世界都市には、水が必要なのである。

ミュージアム開設準備委員会を開催した。ミュージアムの空間がかなり見えてきた。サイネージを設置する。画面に触れることで情報に触れる仕組みだ。とても楽しみだ。

◆9月6日(金)

学外企業の会議に出席した。

◆9月5日(木)

◆9月5日(木)

放送大学の事務局長が来室。10月1日からの新しい年度の放送大学理事および評議員の就任依頼であった。
三菱商事の藤田様が来室。『三菱みらい育成財団』の評議員就任依頼であった。

ブランディング推進チームの会議に出席した。推進チームの職員たちも新しい世代に入れ替わっている。そこで、本学の今までのブランディング・プロセスについてお話しした。これについてはすでに日本経済新聞朝刊(2019/7/1付)に書いている。社会学部の先生方、外部の企業のかた、総長室長をはじめとする教職員の方々の力で、ブランディングをおこなっている。そのプロセスも、大事な記録として残しておきたい。

◆9月4日(水)

常務理事会およびミーティングを開催した。

◆9月3日(火)

◆9月3日(火)

東京新聞の新社長・菅沼堅吾氏が来室。就任のご挨拶だ。東京新聞とは縁が深く、かつて連載をしていた。長らく購読者でもある。また、本学の沖縄文化研究所と共催でシンポジウムを開催し、そのときに故・翁長雄志沖縄県知事が本学で講演をなさったことも思い出深い。今回は新年に10回の連載を依頼された。どうやらご挨拶だけではなかったようだ。

先日亡くなった、鬼塚豊吉元総長代行お別れの会を、市ケ谷キャンパスのスカイホールで開催した。鬼塚豊吉元総長代行は経営学部教授で、1990年から1998年までの9年間、理事として法政大学を支え、総長代理および総長代行を務めてくださった。1980年代の法政大学は、多摩移転、川崎校地の売却、組織改組の動きなど大きな出来事が続いた。
1988年、阿利莫二総長の体制が発足し、法政大学理事会は大学組織の改善にも着手した。当時の鬼塚豊吉理事は、阿利莫二総長の任期の最後にその総長代理として、またその後、総長代行として、阿利莫二総長に代わって法政大学全体の指揮をとられた。たいへんな重責を果たされたのだ。現在の法政大学は、ひとりひとりの総長、理事がそれぞれの時代の責任を担って支えてきたのである。その思いを、次の時代に丁寧に受け渡さねばならない。歴代のゼミ生が集まる会を長く開催していたとかで、多くのゼミ卒業生が集まって下さった。奥様もご親族とともにいらして下さった。薬剤師をしていらしたかたで、東大薬学部時代に鬼塚先生と知り合ったとか。

◆9月2日(月)

◆9月2日(月)

今年も総長杯ゴルフ大会がおこなわれ、優勝者にトロフィーをお渡しした。酷暑の日だったが、無事に終わって何より。

◆9月1日(日)

8月は総長日誌をお休みした。9月から再開である。8月は例年、会議は少なくなるものの、理事や学部長も含め、各地の後援会に出かける。私は学外の講演やテレビ出演のほか、毎日少しでも執筆していないと間に合わないほど、原稿が混んでいた。まだ終わらないものもありながら、9月になってしまった。

8月にひとつ、卒業生の国際文学賞最終選考の知らせが届いた。1967年に母校経済学部経済学科を卒業し、現在カナダ在住の山岸邦夫さんが、第二次世界大戦中のカナダの日系人強制収容をテーマにした小説『The Return of a Shadow』を上梓なさった。この小説が、英国に本部を置く由緒ある国際文学賞、Rubery Book Awardの最終選考8作品の一つに残った、という知らせが飛び込んできたのである。惜しくも受賞は逃したが、何千という作品の中から選ばれたという。

山岸さんは在トロント日本国総領事館で調査の仕事に従事したのち、米国ニューヨークのウオール街で投資銀行業務に携わり、退職してカナダで執筆活動をなさっている。

総長になってから、海外で活躍する私よりも年長の卒業生や、海外でも仕事の展開をしている卒業生によくおめにかかる。法政大学卒業生の国際的な活躍は、決して新しい傾向ではない。世界中に働く機会が広がっていることを、ぜひ今の在学生にも知ってほしい。