7月

◆7月13日(土)

例年の集英社「開高健ノンフィクション賞」選考会が行われた。最終選考4作品はそれぞれ全く異なる個性のある作品で、比較するのは容易ではない。例年どおり、最後は言葉を尽くしての議論となった。受賞作品の発表はこれからだが、「ダイバーシティ宣言」を出した私自身が、自分の中の偏見と向き合う作品であった。

◆7月12日(金)

外部企業の役員会に出席。執務室に戻って各種打ち合わせ。

◆7月11日(木)

午前中に、ミュージアム開設準備委員会の打ち合わせ、ミュージアム開設準備募金委員会、ミュージアム開設準備委員会を開催し、午後に、グローバル戦略本部会議、学部長会議を開催した。

◆7月10日(水)

常務理事会、定例理事会を開催した。いつも議題が多く、3時間かかることはよくある。この日は理事会が3時間を越したが、それでも時間が足りなかった。

◆7月09日(火)

大学基準協会理事会が開催された。大学基準協会は大学を会員とし、自主的に評価活動をおこなう団体である。その役員は29名の理事と2名の監事で構成されている。そのなかから会長、副会長のほか、国立大学から1人、公立大学から1人、私大連加盟校の私大から1人、私大協加盟の私大から1人の4人の常務理事がいる。この日、永田恭介筑波大学学長の会長続投が決まり、常務理事であった関西学院大学の村田治学長が私大からの副会長となり、私が、私大連加盟校からの常務理事に指名された。今期の常務理事会が考えておくべき重要課題が提案された。

◆7月06日(土)

◆7月06日(土)

「後援会 鳥取・島根県支部20周年記念 支部総会・父母懇談会」がおこなわれた。挨拶と、今までの役員への感謝状贈呈のあと総会、さらに記念講演をおこなった。各地方で講演をおこなう際は、後援会のために用意した法政大学の近況についてのお話しとともに、その地域についての歴史や文化に関して、私が思うところや訪問の経験をお話しする。この日は、1996年に鳥取県の青谷にある山根の和紙工房で和紙制作の経験をしたこと、そのとき和紙職人の方が集めておられた倉吉絣(かすり)を見せていただいたこと、そして柳宗悦がこの地を訪れてどのような影響を与えたかなどを、写真を使ってお話しした。私にとっても鳥取は思い出深い地なのである。

懇親会では、倉吉市長・石田耕太郎氏と親しくお話しできた。市長の奥様は、絣の研究者である福井貞子さんが主宰する倉吉絣保存会に属し、絣を実際に織り続け継承しておられるという。福井さんは倉吉市在住で、法政大学出版局から『絣』『木綿口伝』『野良着』『染織』などの本を出版なさっていて、私も多くを学んだ。今回は保存会を訪問できなくて残念だった。機会があれば保存会で終日、織っていたい。副市長の山﨑昌徳氏が校友ということもあり、石田市長は懇親会の最後までお付き合い下さった。校友である松江市のフリーアナウンサー森山悟子氏が見事に司会進行して下さった。なお会場であり宿泊場所でもあったホテルセントパレス倉吉は、後援会の名越宗弘氏夫妻が経営している。ここにはお名前を書ききれない多くの方々にたいへんお世話になった。感謝申し上げたい。

◆7月05日(金)

「後援会 鳥取・島根県支部20周年記念 支部総会・父母懇談会」に出席するために、鳥取に向かった。この日は、後援会の役員の皆様と会食し打ち合わせをおこなった。

◆7月04日(木)

キャンパス再構築特設部会に、オブザーバーとして出席した。
またこの日、体育会部長・監督会があり、日ごろの感謝をお伝えしたく思い、ご挨拶させていただいた。大学スポーツはプロスポーツと異なり、学生たちが「学ぶ」ためにある。スポーツによって考え、自らをマネージメントし、チームの中での役割を認識しつつチームワークを経験し尽くす。学びたいという意思を持つ選手を、勝敗を理由に排除することなく、適切な場を与えて欲しい。勝負ごとでもあるスポーツの世界で多様な学生に配慮することは大変なご苦労だと思うが、教職員も同様に、多様性への配慮という課題に向き合っている。ともにその実現を目標にしたい。

◆7月03日(水)

常務理事会を開催した。

◆7月01日(月)

◆7月01日(月)

台湾の淡江大学の学長が代わられ、新しい葛煥昭学長をはじめとする大学関係者が来校なさった。淡江大学とは2008年から学術一般協定、2014年より学生交換協定を結んでいる。日本台湾教育センターの日本事務所は市ヶ谷キャンパス内にあり、法政大学台湾事務所は淡江大学内にある。そのようなかかわりがあり、たびたび来校してくださっている。淡江大学は、台湾でもっとも古い私立大学である。