1月

◆1月31日(水)

常務理事会、常務理事会懇談会がおこなわれた。

今年も、観世寿夫記念法政大学能楽賞・催花賞の贈呈式があった。今年の能楽賞受賞者は、能・狂言研究家の小田幸子さんと、観世流シテ方の片山九郎右衛門さんのお二人。催花賞は、能楽ジャーナリストの柳沢新治さんに決まった。

小田さんは、立教大学文学部卒業後、法政大学の大学院に入学。1981年に博士課程修了、1998年に法政大学より博士号(文学)を授与された。法政大学大学院の修了生として、初めての受賞者である。小田さんは、研究者、創作者、評価者と、価値を広める役割を一手に引き受けているかただ。この贈呈式は、能楽研究所の価値がよく理解できる素晴らしい催し物だが、あまり知られていない。このような研究所があるのに、学生たちは能になじみがない。まずは大学の中で、多くの学生が一度は能狂言に接する機会を作るにはどうしたらよいか、考えてみたい。

◆1月30日(火)

大学基準協会の理事会があった。専門職大学の登場など、評価基準について、多くの国公私立大学とともに考えねばならない課題が山積みだ。外国の基準機構との連携も始まった。

◆1月27日(土)

公認会計士試験合格者の祝賀会が開催された。公認会計士は、会計の不正や粉飾を発見し、経営への助言やサポートをする大事な社会的役割がある。ぜひ、良い仕事をしていただきたい。

◆1月26日(金)

私立大学連盟の政策研究部門会議を開催した。国の中央教育審議会は高等教育の将来構想を議論しており、国立大学協会は「高等教育における国立大学の将来像(最終まとめ)」を発表した。そこで私立大学連盟は私立大学の将来構想をまとめることにした。私は政策研究部門の部門長としてこの正月、将来構想のたたき台を書いた。今日は議論しながらそれをたたいていただいたわけだが、あっと間に議論メモが出来上がって送信された。さて、これから完成まで頑張らねば。

『週刊東洋経済』の取材があった。大学経営についてのインタビューである。ブランディング、長期ビジョン、中期経営計画などについてお話しした。

◆1月25日(木)

法政大学ミュージアム(仮称)の「開設準備委員会」が発足し、第1回目の会議を開催した。いよいよ開館に向かっていく。

中期経営計画特設部会を開催し、中期経営計画の完成に向かって議論した。

◆1月24日(水)

常務理事会、常務理事会懇談会、HOSEI2030運営会議 、LU募金委員会、と続く。

◆1月23日(火)

私立大学連盟の常務理事会。今日は内閣官房から地方創生関係の説明があった。23区定員増規制の例外事項がずいぶんはっきり出てきた。今はパブリックコメント募集中で、やがてこの例外が固まるだろう。

◆1月21日(日)

お台場のホテルで、校友会の「オール法政新年を祝う会」が開催された。全国から1000人以上の校友が集まって下さった。その数は年々、多くなるという。催し物も素晴らしかった。菅義偉さんもいらして下さった。

この日は、校友である錦心流琵琶全国一水会会長の古澤史水氏による、琵琶と語り「鉢の木」を聞くことができた。これは「鉢の木もの」と呼ばれ、物語、能、琵琶、浄瑠璃、歌舞伎、浮世絵に多様展開している物語だ。このように多くのジャンルに使われるストーリーを「世界」という。

ある僧(実は北条時頼)が上野国佐野で大雪にあい、民家に身を寄せる。家の主(実は佐野源左衛門常世)は貧困だったが見知らぬ僧に粟飯を振る舞い、松・梅・桜のみごとな秘蔵の三鉢の木を切って燃やし、僧を温めた。そして、「これで全てを失ったが、鎌倉から招集があれば駆けつけられるよう武具だけは残してある」と言う。時頼が諸国の軍勢を集めると、約束どおり佐野が現れる。古澤氏が「惻隠の情」という言葉で語られたのが印象に残った。『孟子』由来の言葉だが、江戸時代の思想家たちがとりわけ大事にしてきた生き方なのである。惻隠に比べると「おもてなし」など甘い。惻隠は、他者に共感するだけでなく、他者のために己をなげうつことを含んでいる。良いものを聞いた。

続いて、本学野上記念法政大学能楽研究所長・山中玲子教授の解説で金春流の半能「高砂」を拝見した。演者はやはり校友の、井上貴覚氏である。前半には相生の松(高砂の松と住吉の松)が出てくる演目だが、後半には後ジテとして住吉明神が舞う。その活き活きとした舞を拝見した。まことに正月らしく、すがすがしい。さすがの山中玲子所長の5分解説がよかった。「能はつまり、旅に出るとそこで何かに出会う、何かが出現する、というものです」と。実に当を得た表現なのだ。日本では、じっとしていれば神(まれびと)が訪れて来るし、旅をすればその土地に住まう神(地霊)に出会う。その両方の神々と交感して文化が作られた。とりわけ芸能の世界は流動的だ。常に旅をしている。古澤さんの「鉢の木」では、佐野から鎌倉への道を琵琶が表現し、私は脳裏にその道が浮かんだ。能ではワキが舟で住吉に向かう、その海が見えた。校友たちに、久々の経験をさせてもらった。

◆1月20日(土)

保護者の会である後援会の、賀詞交換会があった。たいへん活き活きとした活動を展開しておられて、ほんとうに頼もしい。

私大研究ブランディング事業の推進のために作られた「江戸東京研究センター」が、今月17日に正式に発足し、今日は最初のシンポジウムである。今回のテーマは第一回にふさわしく「江戸東京の基層――古代・中世の原風景を再考する」だ。まず、本学講師・神谷博氏の「水都府中の成立と東山道武蔵路」、葛飾区産業観光部観光課・谷口榮氏の「家康以前の江戸――東京低地の古代・中世の様相――」、本学デザイン工学部教授・高村雅彦氏の「古代・中世の聖地を取り込む江戸の都市開発」の3つの発表を伺い、さらに、3人に本学国際日本学研究所長・小口雅史教授、府中市郷土の森博物館長・小野一之氏を加え、本学デザイン工学部の陣内秀信教授をコーディネイターにして、シンポジウムを開催した。


江戸を江戸時代だけで考えるのではなく、古代からとらえた。「水口」「山口」という聖なる場を古代ではどう祀り、それを中世の都市にどう使っていたかは、江戸の名所の発生に重要な視点である。何もないところに都市を作る際に、古代からの聖地をみつめ、新たな境界を聖地にする(神社を置く)ことで、領域を決めていった。それがやがて市場となり名所となる、という高村教授の話は、とりわけ刺激的だった。江戸は古代から、水路による、ものと人と文化のターミナルだったのではないだろうか。江戸を作る上で、歴史的な裏打ちが必要だった、という小野氏の話も気づかされることがあった。『江戸名所図会』は、ヤマトタケルの武蔵平定の図など、古代にちなんだ絵を入れて江戸時代の泰平の世を表明している。この、京都や大坂の名所図会にはない編集方法の理由は、江戸がそもそも、歴史を含みこんでデザインされているからだ、という。この視点は学ばねばならない。

江戸時代の埋蔵物は長い間、捨てられていたらしい。鎌倉時代までが遺跡として登録され保存されていたが、江戸時代の埋蔵物は遺跡ではない、とみなされたからだ。今は保存に方向転換したが、区ごとに地方に持って行って保存しているという。江戸時代はまだまだ、ないがしろにされている。
ともかく、江戸東京研究センターは、素晴らしいスタートを切った。

◆1月19日(金)

付属中高校長たちとの学校長会議、中期経営計画の学校長懇談会、法政ミュージアム開設準備委員会の打ち合わせなど。

◆1月18日(木)

「日本の明治維新150年・ロシア革命100年」というシンポジウムが開催され、冒頭挨拶に伺った。江戸研究者は、ロシアとの関係に関心があり、感慨深いものをもっている。詳しくは、本学社会学部卒業生、渡辺京二著『黒船前夜』を読んでほしい。江戸幕府の日露関係の選択によって、日本のありようが今とは違っていたかも知れないと感じるはずだ。

3月に卒業生する学生たちへのメッセージを録画した。

◆1月17日(水)

常務理事会、理事会、理事会懇談会、と続いた。

◆1月16日(火)

2019年度大学案内用の写真を、富士見ゲートと外濠校舎で撮影した。

◆1月15日(月)

床亜矢可さん、床秦留可さん、鈴木世奈さんは、本学在学生と卒業生の、平昌オリンピック、アイスホッケー女子日本代表だ。今日は、3人の壮行会を開催した。学内者たちで、3人の元気な活躍と帰国を、心から願った。

JOCの考えでは、学校の壮行会はマスコミ非公開であるべきだという。直前にその新聞報道があり、当日学内で協議し、来て下さる予定であったマスコミの方々を断らざる得なくなった。広く知らせることで応援者が増える。壮行会の報道は、多くの卒業生たちの、アイスホッケーへの関心も掘り起こしただろう。にもかかわらず非公開とは、スポンサー企業を守るためなのだろうか?

◆1月10日(水)

常務理事会、役員ミーティング。長期ビジョン、アクション・プランを着々と実現しているが、もっと教職員とのコミュニケーションを密にし、そのプロセスをお知らせしなければならない。

◆1月9日(火)

あけましておめでとうございます。総長日誌再開です。

日本私立大学連盟も新年を迎え、理事会のあとに新年交歓会が開催された。「箱根駅伝、法政はすごかったですね」と、何人もの学長さんから声をかけられた。マスコミの扱いは1位の大学に偏っているが、皆さんは走る過程をちゃんと見ていてくれるのだ。19位から出発して総合6位は、見事だった。走った人も走らなかった人も含め、陸上部みなの力である。駅伝終了後の会に出席してくれた常務理事(副学長)たちは、一人一人の選手の姿勢と言葉の素晴らしさに、心を動かされたという。区間1位で区間新記録だった青木君を9月に紹介した記事が、ブランディングサイト「法政フロネシス」に掲載されている。ぜひそちらも読んでいただきたい。