2月

◆2月6日(月)

一般入試は1月14、15日のセンター試験を皮切りに始まっているが、2月5日から本格的な入試期間に入った。昨年度、受験生の数が初めて10万人を越えた。そして今年は、この日で約11万9千人を記録し、本学史上最大の受験生を迎えている。インフルエンザ大流行のなか、受験生たちが無事に、体調を崩さず試験を終えることを祈っている。

◆2月4日(土)

◆2月4日(土)

白鴎大学で、北山修副学長の退職記念講座が開催された。北山先生は今まで、個人としてレクチャーとコンサートを組み合わせた「アカデミック・シアター」を開催し続けていらしたので、この日も、大学としては珍しいコンサート付きの記念講演会だった。精神科の医師であり研究者、そして多くのヒット曲の作詞家だ。コンサートは北山修作品集となった。名曲が多い。「戦争を知らない子供たち」は1970年の万博のために作られた曲だが、「これから何世代もこの歌を歌い続けられる世界にしよう」というこの日のメッセージは、危うい現実の前に心を打つ。

講義はさらに興味深い内容だった。専門教育を受けていない人が、独自の表現で作品を創る「アール・ブリュット」という芸術がある。知的あるいは精神的障害をもった方々のアートとして広まってきた。この日、北山さんはその話をした。作品も印象深いものだが、北山さんが「来なかった人に伝えて欲しい」と言ったのは、その創造過程を包み込む環境のことだった。それが、詩人ジョン・キーツが言った「ネガティブ・ケイパビリティ」である。「短気に事実や理由を求めることなく、不確かさや、不可解なことや、疑惑ある状態の中に人が留まることができる」こと。つまりネガティブなものを包み込む環境や場を作る力である。それがあってこそ、自らの内面のために創造する人々の能力は発揮できる。これは教育とりわけアクティブラーニングの根本だ。「自由という広場」はネガティブ・ケイパビリティをもった場でなくてはならない。私はこの日、多くのことを学んだ。いや、16歳で北山さんを知り、この20年間は仕事や活動を共有してきて、常に学ぶことがあった。

ちょうどこの日の東京新聞は、東京都が秋に「アール・ブリュット」の美術館を常設化するというニュースを載せていた。この排除の時代に不可解を包み込むことは、ことさら大切になる。

◆2月2日(木)

日経ビジネスの大学経営特集の取材があった。企業経営と異なる大学経営の核心をお話しした。大学経営は厳しい定員管理によって収入がほぼ決まっており、企業にように「もっと売って儲ける」ことはできない。さまざまな基準を遵守するために、コストの削減も限られる。収益が目的ではないので、黒字赤字のみで部局を評価することもできない。大学の努力は常に質の向上に向けられるのである。しかしそのために長期的な展望を軸に据えることや、局所の個性を強めながらも全体のバランスをとり続けることは、優れた企業経営と同じであろう。

◆2月1日(水)

◆2月1日(水)

来年度から実施される「日本語教育プログラム」の授業担当予定教員による会合が開催された。これまでESOP(交換留学生受入れプログラム)の一環として実施されてきた日本語教育は、いよいよ独自の科目等履修生を受け入れる「日本語教育プログラム」として整えられ、新たにスタートする。国際日本学を創始した法政大学は、外国人の日本語・日本文化教育に本腰を入れ、その重要拠点になるべきだと思っている。いくつかの学部で始まっている英語のみで卒業できるコースに入学する学生も、日本に来るからには、日本語と日本文化を楽しんでほしい。表面的な日本イメージの下にある日本は、現代の価値観を転倒させる、底知れない面白さがある。