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Vol.60 野上記念法政大学能楽研究所 所蔵

2013年04月25日

『みちのくの能・狂言』関連資料

『真徳鏡』。仙台藩5代藩主・伊達吉村は幼少時から能を習い、自らしばしば能を舞った。 吉村はまた多くの能伝書を残し、それらは江戸期の能の姿を伝える貴重な史料となっ ている

『真徳鏡』。仙台藩5代藩主・伊達吉村は幼少時から能を習い、自らしばしば能を舞った。 吉村はまた多くの能伝書を残し、それらは江戸期の能の姿を伝える貴重な史料となっ ている

日本が誇る伝統芸能である能・狂言は、およそ650年前に京都や奈良で成立しました。その後、地方へと広まり、江戸時代には各地の大名がお抱え役者を多数擁するほどに隆盛します。

東北地方では、伊達政宗で知られる仙台藩がその筆頭格でした。野上記念法政大学能楽研究所には、その伊達家に伝えられてきた能楽資料の大半が所蔵され、2012年12月から13年1月にかけて国立能楽堂展示室で行われた「みちのくの能・狂言」と題する「収蔵資料展(終了)」において、公開されました。 その一つが『堀池父子節付観世流謡本』です。伊達家が米沢に居城を置いた天正期、京都から下向してきた能役者・堀池次介親子が節付をした能の台本で、末尾には政宗の父である伊達輝宗を指す「御屋形様」の文字が見られます。

天正4(1576)年の『堀池父子節付観世流 謡本』。奥書には堀池父子が「御屋形様之 御本」の節をつけたと書かれている

天正4(1576)年の『堀池父子節付観世流 謡本』。奥書には堀池父子が「御屋形様之 御本」の節をつけたと書かれている

また、幕府お抱えの狂言師、大蔵勝虎が伊達家に提出した『大蔵八右衛門由緒書』も稀少価値の高い史料です。そこには勝虎が若年の頃に仙台藩お抱えの狂言方・中垣の指導を受けたことが記されており、狂言大蔵家と仙台藩の関わりの深さがうかがえます。

さらに『道成寺習之口伝書』と『関寺小町極秘習之伝』は、能を愛好した仙台藩5代藩主の伊達吉村がまとめた能の伝書です。4代・綱村と5代・吉村は自らシテ(主役)として数多くの舞台に立つほどの腕前で、この両藩主の時代に仙台藩の能は最盛期を迎えました。城下の町人が藩の演能に動員されることもあったほど幅広い層に親しまれていたようです。しかし6代・宗村以降は、徐々に衰退していくことになります。

能楽研究所創設60周年を記念して国立能楽堂資料展示室共催の「収蔵資料展」 が開催された。期間中、野上記念法政大学能楽研究所の宮本圭造准教授による 講座「みちのくの能・狂言」も開かれた

能楽研究所創設60周年を記念して国立能楽堂資料展示室共催の「収蔵資料展」 が開催された。期間中、野上記念法政大学能楽研究所の宮本圭造准教授による 講座「みちのくの能・狂言」も開かれた

近代になって、旧大名の多くは伝来の品々を手放しましたが、伊達家も例外ではありませんでした。その中には能楽に関するものも多くあり、それらはイギリス人言語学者フランク・ホーレーの手を経て、戦後、能楽研究所の所蔵するところとなりました。

このほか能楽研究所では、現存最古の狂言本である『天正狂言本』や、会津藩主・保科正容が金春大夫から能を習った記録『弟子衆へおしへ申候ひかへ』、弘前津軽家に伝来した謡本『遊屋』『三井寺』など、みちのくの能・狂言に関する資料が多数所蔵されています。これらは、みちのくと能楽との豊かな関わりを知ることができる、貴重な資料となっています。

江戸時代中期に狂言大蔵流八右衛門家の3代大蔵勝虎が伊達家に提出した『大 蔵八右衛門由緒書』。仙台藩は八右衛門派の狂言役者を多数抱えていた

江戸時代中期に狂言大蔵流八右衛門家の3代大蔵勝虎が伊達家に提出した『大 蔵八右衛門由緒書』。仙台藩は八右衛門派の狂言役者を多数抱えていた

米沢に伝来したと考えられる現存最古の狂言台本『天正狂言本』。奥書に天正6 (1578)年と記されている

米沢に伝来したと考えられる現存最古の狂言台本『天正狂言本』。奥書に天正6 (1578)年と記されている

伝細川幽斎自筆謡本『遊屋』『三井寺』。外箱は昭和20(1945)年の空襲により 焼け焦げてしまったが、弘前津軽家に伝来した謡本は今日も原型をとどめている

伝細川幽斎自筆謡本『遊屋』『三井寺』。外箱は昭和20(1945)年の空襲により 焼け焦げてしまったが、弘前津軽家に伝来した謡本は今日も原型をとどめている

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