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Vol.32 法政大学ボアソナード記念現代法研究所 所蔵資料 ボアソナードの署名入り論文と梅謙次郎の書軸

2012年01月12日

ボアソナードの署名入り論文と梅謙次郎の書軸

本学ではボアソナード、梅謙次郎関係の資料を多数所蔵していますが、その中に、両博士の筆跡を見ることのできる資料があります。
ボアソナードの署名が入った上製本の論文『HISTOIRE DES DROITS DE L’ ÉPOUX SURVIVANT(生存配偶者の諸権利の歴史*)』(1874年刊)は、昨年、ボアソナード記念現代法研究所が入手したもの。扉ページ上部に、ボアソナードによる献辞と頭文字の署名が残されています(写真下)。

『生存配偶者の諸権利の歴史』の扉ページに残るボアソナード自筆の献辞とイニシャルの署名。Possozという民間人へ贈呈したものと思われる。「ss」と文字が重なるときに最初のsを縦長に書くのがボアソナードの癖。本書が公刊された1874年には、すでにボアソナードは来日しており、このサインがいつ、どこでされたのか定かではない。

『生存配偶者の諸権利の歴史』の扉ページに残るボアソナード自筆の献辞とイニシャルの署名。Possozという民間人へ贈呈したものと思われる。「ss」と文字が重なるときに最初のsを縦長に書くのがボアソナードの癖。本書が公刊された1874年には、すでにボアソナードは来日しており、このサインがいつ、どこでされたのか定かではない。

ボアソナードの論文は、27歳のときにパリ大学法学部博士論文コンクールで第一等金メダルを受賞した『夫婦間の贈与の歴史、およびナポレオン法典における同制度にかんする試論』(1852年提出)、グルノーブル大学の教員時代に精神・政治学学士院の懸賞論文で受賞(1867年)した『遺留分とその精神的経済的影響の歴史』がよく知られています。後者の受賞の業績により、ボアソナードはパリ大学アグレジェ(教授資格者)に抜擢されるのですが、この論文を公刊するため補筆を行うかたわら、同じ学士院が公募した別の懸賞論文応募のために執筆したのが『生存配偶者の諸権利の歴史』(1872年受賞)です。
受賞の翌73年9月、ボアソナードは明治政府の招きで日本へ向けてマルセイユを出港しますが、その直前まで同論文公刊のための補筆に従事していたといいます。

扉の後の標題紙。ボアソナードの肩書きは「パリ大学法学部アグレジェ」となっていて、この身分を維持したまま来日した。アグレジェとは教授資格を取得した者で正教授が講義を休んだとき、代理で授業を担当する。

扉の後の標題紙。ボアソナードの肩書きは「パリ大学法学部アグレジェ」となっていて、この身分を維持したまま来日した。アグレジェとは教授資格を取得した者で正教授が講義を休んだとき、代理で授業を担当する。

梅謙次郎の書軸(写真下)は、遺族の梅みち子氏を通して梅家から本学ボアソナード記念現代法研究所に寄贈されたもので、「世の中は夢ばかりなるものぞかし 夢に夢見る夢の世の中」と書かれています。明治政府の要職を歴任しながら法政大学の運営に身をていした梅が、珍しく自宅でくつろいだときに、酒を飲みながら書いたものといわれています。
参考資料:『ボワソナアド』(大久保泰甫・岩波新書・1977年)

*注:文中の論文題名の邦訳は、同書の記述にしたがっています。
『わが民法の父 梅謙次郎博士 顕彰碑建立の記録』(梅謙次郎博士顕彰記念誌編集委員会編・1992年)

書は表装して掛け軸に仕立てられている。梅は書を求められると「精神一到、何事かならざらん」と書いたといわれ、この歌はほろ酔い気分のよほど機嫌のよいときに書かれたと思われる。

書は表装して掛け軸に仕立てられている。梅は書を求められると「精神一到、何事かならざらん」と書いたといわれ、この歌はほろ酔い気分のよほど機嫌のよいときに書かれたと思われる。