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教育学の視点でキャリア教育を支援 社会で自立できる思考力を養う キャリアデザイン学部キャリアデザイン学科 児美川 孝一郎 教授

  • 2018年05月07日
  • コラム・エッセイ
  • 教員
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思考力を鍛えるために「教えるのではなく、考えさせる」と語る児美川孝一郎教授。
時代の激しい変化についていくためにも「生きて働く知」を手に入れてほしいと、学生たちの背中を押しています。

青年期の自分が思い悩んだ問題の解明が研究の原点

青年期教育とキャリア教育に関して研究を続けています。

研究の原点を振り返ると、大学生になってまだ間もない頃にさかのぼります。当時の私は、目的を見失ってくすぶっていました。念願の志望校に入学したのに、学びの意義を見いだせない。そう思い悩んでいた時に、教育学と出合ったのです。学ぶ過程で、日本の教育制度や受験体制が内包する問題に気付き、もっと深く追究したいと思うようになりました。そこで教育学部に進み、教育原理や教育思想の研究に携わるようになったのです。

教育学は、正解が一つに定まらない学問です。伝統的に語られてきた定説はあっても、そこに妥当性や根拠はあるのか、異なる検証はできないだろうかと考えながら角度を変えて見ると、新しい発見があります。そこが面白い。興味は尽きませんね。

青年期の教育に取り組んでいると、進路指導の問題にも直面します。その延長線上で、キャリア教育にも研究の幅が広がりました。社会に出る前の若者に向けて、どのような支援ができるかを考えたとき、教育学を礎にしてキャリア教育に携われることが、自分の強みだと思っています。

偶発的な出来事から自身のキャリアを発展させる

キャリア形成の考え方にプランド・ハプンスタンス(※)という理論があります。「個人のキャリアの多くは、偶然の出来事に起因して形成される。予期せぬ出来事に対応する経験を積み重ねるうちに、新たなキャリアに発展させることができる」という考え方です。私の研究者としての歩みは、まさにプランド・ハプンスタンスで、偶発的な出会いや人との縁によって進む道が開けてきました。

最たる偶然は、法政の中で自分の所属学部が3回も変わったことです。非常勤講師の時代は社会学部、専任になってからは文学部、そして学部再編の一環でキャリアデザイン学部が新設された際に異動して、今に至ります。所属学部が変われば、教育や研究の環境も大きく変わります。教育学からキャリア教育へと、研究の比重が傾いたことも自然の流れでした。また、FD推進センター長や大学評価室長などを引き受けたことで、新たな偶然が目の前に現れるようにもなりました。

今は、将来的な計画や目標を立てることよりも、偶然のチャンスを逃さないように、興味のアンテナを立てることを重視しています。そこから新たな展開が生まれ、自分の可能性も広がることを実感しているからです。

従来のキャリア教育は、自分の能力や適性、価値観などを合理的に分析し、目標に向かって経験を積んでいくことが王道と見なされていました。しかし、社会情勢の変化が激しい現代では、目標を定めて計画を立てても、そのとおりに事が進まないことが増えてきています。むしろ、自分の未来を決め付けず、未知の事柄にも興味や好奇心を持って取り組むことが、次のステップを引き寄せてくれます。いつ遭遇するか分からない偶然をつかんで、成長のチャンスにするためには、柔軟に対応できる力が大切です。その力こそが「実践知」なのだと思います。

実践知は「生きて働く知」そのために思考力を鍛える

近年の学生たちを見ていると、とても素直で真面目だけど、受け身の傾向が強いと感じています。例えば、インターネット上に公開されている論文などを紹介するときに、「概要をまとめてレポートを出して」と課題にすれば、ほとんどの学生は真面目に取り組みます。しかし、「参考になるから読んでおくといいよ」と勧めただけでは、手を伸ばさない。自分の糧になるから学ぼう、自発的に行動を起こそうという意識が乏しいことに、歯がゆさを感じることもあります。

法政が掲げた「実践知」は、「生きて働く知」であり、自分の応用力を高める新たな教養だと考えています。そのために私が後押しできるのは、時には批判的な視点を持つように学生を刺激して、思考力を鍛えることだと思っています。

社会に出たら、指示を待つだけの姿勢は通用しません。何をすべきか自分で考え、自発的にできることを探すように求められます。言われるまま素直に取り組むだけでは、自分なりの答えを見つける力は育ちません。そのことに自ら気付き、自立する力を培ってほしいと願っています。

 

先回りして教え導くのではなく、背中を押しながら自力での歩みを促す

現代のキャリア形成は複雑化しているので、キャリアデザイン学部では学問領域を三つに分けています。一つ目は、個人の成長と能力形成を考える「発達・教育キャリア」、二つ目は、会社や組織での能力開発を考える「ビジネスキャリア」、最後が、家庭や地域での暮らしや人間形成などを考える「ライフキャリア」です。学生たちは1年次に全員が基礎的な部分を学び、その後に専攻を選んで、学びを深めていきます。

幅広い領域をカバーしている学部だけに、学生たちの興味や目指す方向はさまざまです。その中で、教育という答えのない学問を伝えるには、どうすればよいのか。考えながら工夫していくことで、教育者としての枠も広がりました。

大学での学びは、教育の総仕上げでもあるので、社会に出た後のことも意識して取り組んでいます。例えばゼミでは、卒業論文用の個人研究と並行して、グループでの共同研究を課しています。チーム作業を通じて、自分の発想とは異なる意見に耳を傾け、総意をまとめる必要がある分、個人研究よりも大変です。しかし、社会に出て働くときには欠かせないプロセスです。

近年、少子化により子どもたちは大事にされ、親からも学校の先生からも面倒を見てもらうことに慣れてしまっている傾向があります。しかし、教育する側が先回りして世話していては、子どもたちは受け身になり、自立する力が育ちません。そうした危惧があるので、学生に対しては「教えない、すぐには答えない」と宣言した上で問いを投げ掛け、自分で答えを考えるように促しています。また、大人として扱い、適度な距離を保つようにも心掛けています。少し緊張を感じさせる存在でいた方が、教え子たちは伸びていくことを、経験から学んだからです。

先に立って教え導くのではなく、自由に歩かせて、時に後ろから背中を押す。そうして、学生たちが知恵を自らの力に変える手伝いをするのが、私の役目だと思っています。

※米国スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授が提唱したキャリア理論。「計画的偶発性」とも訳される。

2014年に「国民総幸福量の増加」の国の政策の中心に掲げるブータン王国を視察。現地ガイドに案内されて訪れた小学校にて

2014年に「国民総幸福量の増加」の国の政策の中心に掲げるブータン王国を視察。現地ガイドに案内されて訪れた小学校にて

児美川 孝一郎 教授

キャリアデザイン学部 キャリアデザイン学科

1963年東京都生まれ。東京大学教育学部、同大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。1993年より社会学部非常勤講師として本学に勤務。1996年より文学部教育学科専任講師、助教授を経て、2003年よりキャリアデザイン学部助教授、2007年より同学部教授に就任。現在に至る。法政大学教育開発支援機構FD推進センター長(2013~ 2014年)、大学評価室長(2015 ~2016年)を歴任。日本教育学会理事。日本キャリアデザイン学会副理事。