対談・講演記録

【講演記録】女性リーダーへの期待 組織変革の渦を創る(武石 惠美子 キャリアデザイン学部教授)

対談・講演記録

「メンター制度参加者による意見交換会」講演記録

 開催日:2023年9月7日(木)

 講 師:武石 惠美子 キャリアデザイン学部教授

組織と個人におけるダイバーシティ

現代社会は、人口構造の変化や、それに伴う人材の多様化、またデジタル技術の発展などを含め、社会の構造が大きく変化し先が読めない時代になってきています。これらを背景に民間企業などの組織でダイバーシティ推進が重要な経営課題とされ、多様な人材を起点にして組織変革の渦を創ることが急がれています。

そもそも一人ひとりは個性的でユニークな存在です。ダイバーシティ推進というと、マイノリティへの理解や支援策を進めることだと誤解されがちですが、決してそうではありません。ダイバーシティ推進においては、個々人をユニークな存在として認めて、組織の価値に結び付けていくことが重要です。

こうした多様性が求められている背景として、経営を取り巻く環境が複雑で不透明になっていることがあげられます。簡単には解けない複雑な問題に直面した際、多様な視点や意見を集約して「集合知」で課題解決をすることが有効になります。加えて、企業や組織に対する評価基準が変化しています。現在、特に上場企業には人的資本の開示が求められるようになり、無形の資産である人材の能力を高め活用している組織が評価され、こうした人的資本の可視化が進められています。こうした社会的な状況の中で、本学でもダイバーシティ推進は、重要な経営戦略として位置付けています。

では一方で、私たち個人としては、ダイバーシティ推進にどう向き合うべきなのでしょうか。一つは、一人ひとりが持つ“強み”を意識し、多様性の発揮を目指すことです。企業や組織に属する以上は、同じ目標を目指しともに歩んでいくことが必要です。一方で、職場慣行に過度に同調すると「会社人間」=同質人材となってしまいます。職場慣行を選択的に受容して組織に適応する「創造的組織人」となることで、個々の多様性発揮が可能になります。

二つ目に、多様性の拡張に臨むことです。副業や男性育児の推奨という例に見られるように、個々人が様々な経験をして視野を広げ、多様性を広げることが求められています。

“違い”を受け入れることにハードルを感じても、何に関心を持つのか、何がしたいのかは自身で選択していくことが重要なのです。ひいてはそれが自律的なキャリアにもつながっていくのだと考えられます。

ダイバーシティ推進の中で、“違い”をパワーにして個人を高めていくこと、またその挑戦は欠かせないものなのです。これが、女性の能力発揮につながる基本的な考え方です。

女性というジェンダーに着目する理由

バイアスへの理解

ダイバーシティ推進においては個々人の違いに注目することになりますが、あるグループに能力が発揮しにくい現状があるとすれば、そこに意識的に働きかけていくことが必要になります。その大きな塊が女性です。現状において女性は、アンコンシャス・バイアスやジェンダー・ステレオタイプといった様々な思い込みにより、行動に制限を受けています。女性の存在をグルーピングすることで、そこに的確な施策を実施することが可能になり、それがポジティブ・アクションです。様々な不平等を排除して、スタート位置を整えることから始めなければなりません。例えば、男性基準の評価の中で女性を評価すると、女性が不利になるという実態があります。女性が置かれている社会的な状況や歩んできた土俵の違いを理解し、「男働き」を基準にした評価の在り方を見直さなければ、いつまでたっても女性の能力発揮は進みません。まずはここに気づくことがスタートだと言えます。

また、男女の違いを意識するあまり、「女性を守らなければ」という好意的差別が起こりがちですが、これは一見女性に優しい姿勢のようでも、女性の自尊心や自己効力感を下げるネガティブな効果が働きやすいとされています。一般的な女性の傾向を個人女性に当てはめて判断するのも統計的差別と呼ばれており、これらによって女性の能力が過小評価され、与えられるべきチャンスの機会を縮小してきたことを自覚することも欠かせないでしょう。女性を一律的に見てしまうことの問題も指摘しておきます。

女性自身の変化を知る

一方で、社会における女性の働き方は少しずつ変化してきています。

2010年辺りから、妊娠・出産を機に退職せず、育休後に職場復帰する人の割合が大きく増加しました。それに伴い、小さな子どもを持ちながら働く女性も急増しています。

また未婚の女性が将来に描くライフコースにおいては、「結婚し子どもを持ちながら仕事と両立したい」との理想に反して、非婚就業という選択肢に向かっている人が増加しています。このように理想と現実の間に差がみられるという実状への理解が必要です。

障害となっているもののヒントを得る

女性の活躍において管理職への登用という場面に目を向ける理由は何でしょうか。

女性の管理職比率の低さは、管理職到達までに足かせになっているものがあることを示します。管理職比率は結果指標であり、その過程には、辞めずに続ける「定着」と、男性と同じような仕事経験をする「育成・登用」の二本の指標があります。それをクリアしてこそ結果が望めるのです。

しかし現状では、男女間に大きな差が生じていると言えます。女性は男性に比べ、職場の中での仕事の与えられ方や上司からの期待、長期的な育成のための指導といった面での欠如を強く感じています。女性の管理職比率の低さは、このような課題が職場に存在していることを示しているのです。

さらに掘り下げて組織の問題を見ていくと、そこには3つの壁の存在が見受けられます。

一つ目は機会(将来の見通し)に違いがあることです。男性との違いを実感した女性たちの心は、「頑張ってもむだだ」という自己成就的な予言の機会を生んでしまいます。これは上司からの評価を下げることにつながり、悪循環を生む原因にもなり得ます。

二つ目は、権力(自律性)の違いです。男性の人的なネットワークの広さに比べ、女性は限定された範囲となっており、人間関係を作るパワーが小さいと言えます。

三つ目が、マイノリティを脱するクリティカルマスの未達成です。女性管理職はトークン(超少数派)であるために多数派の男性の中で注目を浴びたり、ひいては悪目立ちするといった状況を引き起こしかねません。それを防ぐために、トークンに陥らない措置が必要なのです。

女性管理職が少ないのは女性が望まないからだという女性側の問題と考えられがちですが、そのような意識を生む組織の問題として受け止める必要があります。その上で、育成そのものや、職場におけるコミュニケーションのやり取りの不十分さなどの問題がなかったか、解きほぐしていくべきなのです。

管理職のこれまでとあるべき姿

管理職というと、競争を勝ち抜くリーダーシップや、ネットワークを構築する権力など、これまではいわゆる「男性的」なものが評価され、いわゆる「女性的」とされる共感、配慮、支援といった部分はどちらかというと軽視されてきた部分があります。その結果、管理職層の同質化、多様性の欠如という問題が生じているのが現状です。そのため、若い男性部下が育児休暇を取得したり、共働きの家庭を望んだりという現在の多様性に理解が及びません。

今後管理職に求められるのもマネジメントの多様性であり、組織に所属する人が安心して活躍できる場を提供していくべきなのです。これはインクルージョンの風土の形成に求められる一つの軸にあたります。これによって個人が職場の中で受容されていけば、個々人の独自性発揮が奨励される職場風土が醸成されるでしょう。強いリーダーがその力で周囲を支配していくと、メンバーの多様性が失われてしまいます。多様性に富んだ集団だからこそ集合知が活きるのであり、これがダイバーシティ経営の醍醐味となります。

女性のキャリアを支えるために

本学だけではなく日本全体の多くの組織は、特に女性に対して両立支援やワークライフバランスなど、働きやすさに傾斜した施策を重ねてきました。その反面、働き甲斐の高まりの乏しさが課題でした。今後は、ダイバーシティの中でも女性が働く環境を変え、女性に様々なチャンスを与え、必要な場合にはポジティブ・アクションを実施するなどして、女性の働き甲斐を高めていくことは欠かせないでしょう。

また将来、日本の国を背負って立つ若い人たちが、現在の教職員の組織を見て何を感じるのでしょうか。本学においてダイバーシティ推進は、教職員が働く場としての環境整備を目指すと同時に、将来日本の国を背負って立つ若い人たちに、一つのモデルとしてきちんとした職場を見せるべきだと感じます。また学生自身がダイバーシティへの理解を深めることも大切で、そこに教職員がしっかりと向かい合っていかなくてはなりません。

最後に、キャリアを歩む上で二つ、大切なことがあります。

一つは、がむしゃらにではなく緩やかにキャリアを描き続けることです。「キャリアは8割の偶然からつくられる」と言われるように、緩やかに歩むことで日々起こる様々な偶然から自分にとって重要な偶然に気づくことができるのです。緩やかに展望をもちながら一歩踏み出す先で、自分らしい出会いを大切にしてキャリアを歩んでほしいと考えています。

そしてもう一つは、同調や忖度ではなく、一人ひとりの違いを理解し、パワーにして前に進むということです。

大学でキャリアを目指す教職員も、経営目標を一緒に考えながら、その中で自分に何ができるかを選択していくことが重要です。そうして、一人ひとりの“違い”で経営に貢献するのだというマインドセットを持つ人たちが成す大学になっていくことを期待しています。

武石 惠美子

法政大学キャリアデザイン学部教授