対談・講演記録

ダイアナ コー ダイバーシティ担当常務理事 × 安武 邦子 氏(多文化間コミュニケーション・スペシャリスト(米国))

対談・講演記録

ダイバーシティトレーニングと異文化コンピテンシー

コー:まずは、現在の仕事について教えてください。安武さんは様々な組織で、従業員の異文化コンピテンシーを向上させるためのコンサルティングを行っていますね。また、DEI (Diversity, Equity, and Inclusion) トレーニングを提供するため、トレーニング、ワークショップ、コーチングをされていますね。それぞれについて説明していただけますか?

安武:最初に大きな流れに沿って、私がどのようにトレーニング、ワークショップ、コーチングを定義し、提供しているかをご説明します。まず、異文化コンピテンシーとダイバーシティから。これら二つのコンセプトは別々のように見えますが、実はつながっているのです。ダイバーシティの研修方法は複数ありますが、大きく分けると「ダイバーシティ・コンテンツ」と「ダイバーシティ・プロセス」があります。前者は、多様性について知っておくべき歴史、データや知識を重視した研修、後者は、ダイバーシティ促進の方法や手段に重視した研修です。米国でこれまでに登場してきたダイバーシティ・トレーニングでは、参加者はさまざまな社会的少数者を取り巻く組織的人種差別や不正/不当な扱いについて学びを深めることが目的でした。こうした「ダイバーシティ・コンテンツ」を提示することで、今まで多様性において「何を」知らなかったのか参加者に気づいてもらう、というセッションです。

ダイアナ コー 常務理事

安武:一方、「ダイバーシティ・プロセス」が焦点の研修は、組織内の人々の間に存在する差異に加え、多様性と包括性のサポートや、公正なサービス促進の必要性に着目します。これを実現するため、米国内に住む人々が抱えるダイバーシティ問題に、異文化コンピテンシーの学びを当てはめる試みが、私の研修アプローチとなりました。米国の高等教育やコンサルティング業界では一般的に、異文化トレーニングは海外で働く、または外国人と働く方を対象にしたものと考えられがちです。学びの対象となる国の文化や慣習にどう適応し、意義ある関係づくりを現地の人々とどう行うか、が研修のゴールです。しかし異文化トレーニングは、国際関係や外国人とやり取りがない組織内の多様性に光を当てることもできるのです。つまり、「どうやって」人々とより良く関わり、自分を含め関わるべき人たちの文化についての知識と気づきを行動に移していくべきか探ることが目標となります。

ですから、私の専門を日本語でお伝えする際には、「多文化間コミュニケーション」という言葉を使っています。既存の異文化コミュニケーションの定義には当てはまらない仕事をしているからです。

私の研修では、単なる意識づけや、アジア系アメリカ人、LGBTQコミュニティ、その他の特定の文化グループについての学習は取り扱いません。あくまでプロセス重視。私の試みの背景には、「日本のように(表向きは)単一民族の文化環境に住む人々に、ダイバーシティ・トレーニングを提供することは可能なのか?」という長年の疑問があります。

安武邦子 氏

安武:2005年に起業した時、他のコンサルタントや高等教育の研究者から、私のアイデアは実現不可能だと言われました。「異文化コミュニケーションとダイバーシティはつなげられないよ」と。でも、お陰様でそれが可能なことを証明できました。17年間、この仕事を続けています。私の研修では、自国から出たことのない皆さんの身近にある多様性について異文化コンピテンシーを通して学んでいただいています。そして異なる背景を持つ人々とより良いコミュニケーション/関係づくりを図り、仕事の現場でその知識を活かす方法を一緒に探っていくのが私のアプローチです。

トレーニング、ワークショップ、コーチングの違いについてですが、トレーニングやワークショップはグループが対象となります。トレーニングは、アクティブ・ラーニングの場。シミュレーションゲームのなどの各種エクササイズ、日常の仕事ぶりを振り返る作業を通して、参加者のスキルアップを目指します。また、理論や概念を紹介し、トレーニングでの学びと職場での実践を関連付けていただくようにしています。コンサルタントの私は新しい情報と経験をご提供し、参加者の皆さんと共に学びの方向性を探ります。

ワークショップは、基本的には以前に私のセッションやトレーニングを受けた団体向けとなります。また、すでに「ダイバーシティ・コンテンツ」に注目した研修に参加済みの団体へ提供することもできます。「中間管理職として、新入社員やどの社員ともうまく付き合う方法は理解していたつもりだけど、今なぜかポジティブな部署文化づくりに苦戦中。この問題解決、手伝って」と、ご相談下さる方がいらっしゃるので。

ワークショップは、「よし、みなさん、それじゃこれからどうします?」という流れでご提供している感じです。課題について話し合い、目標を生み出す過程をお手伝いするセッション。あるいは、個人やグループ間の衝突の仲裁がゴールとなるワークショップもあります。「みんな同じ英語で話しているのに、なぜうまくやっていけないんだ?」 こういった問題を解決し、解決後の方向性を見出すお手伝いをしています。

コーチングは、グループまたは個人が対象になります。中堅、シニアレベルの管理職の個々のニーズに合わせてデザイン・ご提供しています。「部署内のこのグループ、扱いづらくて。どうしたら上手に管理できるか分からない」「前に参加した研修の記憶が錆びてきた。アクション・プラン作り直しを手伝って」と、お声がかかります。私が提供する人材研修サービスで最も大事なことは、レクチャー(知識のシェア)に頼らないということ。と言うのは、何をすべきか知識があることが必ずしもその実践に繋がらない、と分かっているからです。「分かっている」を「できる」に置き換える作業を叶えるために、参加者の声を取り入れて研修での学びをカスタマイズすることを心掛けています。

コー:日本では通用しないと言われたこともあるのですね。しかし、日本のクライアントにもサービスを提供されているとのことですが、アプローチに工夫があるとすれば、どのようなことをされているのでしょうか。

安武:日本では、ダイバーシティ・トレーニングという概念がかなり新しいと認識しています。昨年、私は4カ月間日本に里帰りしていましたが、「多様性」という言葉を日本のメディアからだけでなく、若い人たちからもよく聞きました。中高校生から、「アメリカ人はSDGsをどう学んでいるの?」と聞かれ、日本でもダイバーシティの学習が行われているんだな、と思いました。

多様性の気づき重視の従来のダイバーシティ研修は、米国では1980年代に最初のブームが訪れました。そういった企業向けの研修がより注目された時代です。そのルーツとなったのが、1960年代の女性学や民族学です。今現在、日本の皆さん、ビジネスパーソンにダイバーシティ・トレーニングを提供するならば、その学びのステップを日本人の意識に合わせてデザインし直す必要があります。米国での方法をそのままコピペして日本の皆さんに提供せよ、ではうまくいきません。 なぜダイバーシティ・トレーニングやインクルージョンが重要なのか、先ず日本の皆さんに理解してもらうには、研修内容や方法を変える必要があるのです。日本にいると、多様性は自分の人生には関係ないと思うかもしれません。でも、多様性に加えてサービスの公正さにまで考えを巡らすことは、どこに住む誰にとっても必要なことなのです。

日本では、企業や学校でも、偏見と差別の関連性について話し合う機会はあまりないのではないでしょうか?ある現在進行形のトレーニング・プロジェクトの例をご紹介しましょう。私は、IBISコンサルティング・グループ(マサチューセッツ州)を通して、グローバル企業向けの研修を担当しています。そこで、米国企業向けに米国で働く皆さんには有効だった無意識バイアス・トレーニングを日本支社で働く皆さんに提供するとなると、研修の序の部分:ダイバーシティの定義を少し掘り下げ、時間をかける必要が出てきました。

米国発のダイバーシティ・トレーニングだから黒人や白人のこと…ではないのです。日本でお勤めの皆さん全員が、自分にとって多様性とは何かを考える時間を持ちましょう、とご提案しました。そして、偏見と差別のつながりを可視化していただいたのです。バーチャル研修だったので、このエクササイズはオンラインのホワイトボードを使って行いました。言葉で表現するのではなく、チーム毎に図によって可視化していただき、チーム別の表現や目の付け所の相違性を理解していただきました。このステップは米国版には含まれていませんが、日本版では必要だと考えたのです。これまで経験のない未知の学びも、より小さい“一口サイズ”でなら受け入れやすいですから。

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コー:20年ほど前、日本企業に関わっていた海外で発生したセクシャルハラスメントの案件がありました。 そのあと、海外へ派遣される社員のための研修やワークショップでは、やってはいけないこと、ルールを守れということなどに焦点が当てられていました。そのとき、「これではダメだ」と感じました。安武さんは「多様性とは何か」を考えてもらうところから始めたのですね。

安武:1990年代か2000年代前半までは、多くの米国人がダイバーシティ・トレーニングでは「他人にしてはいけないこと、“いい人”でいること」を学ぶものだと考えていた印象です。しかしおっしゃる通り、それではうまくいかなかった。ですからそれよりも、他人にダメだしする自らの価値判断のスピードを遅らせる方法を学ぶ方がよりクリエイティブですし有効です。様々なコミュニケーション・スタイルを学んで、ミーティングを時間通りに終わらせる方法や多様な声を組織の意思決定に取り入れる方法の学びも、より実践的だと思います。

コー:このようなワークショップやトレーニングを通じて、人々は異文化コンピテンシーを訓練し体得することができると思いますか?

安武:できると思います。でも、それを実現させるのはファシリテーターの私でなく、研修参加者の皆さん一人ひとりです。 米国の研修現場では、「昔ダイバーシティ・トレーニング出たことがあるけど、良くなかった」という意気消沈気味の年長者の方がいらしたり、  「今日は誰/どのグループについて学ぶの?」と聞いてくる若い世代の皆さんもいます。でも、私のセッションでは、まず参加者個人を見つめ直すことから始めています。あなたがどれだけ複雑な人間なのかを学びましょう、と。当初私の研修に来たくなかったと言う方が最後に、「なんだ、自分のことを学び直すのって楽しいんだね」と言ってくださることがよくあります。私は講義をしませんので、アクティビティやディスカッションを行い、普段の生活では経験しない“知的なひと休み”を通し、ダイバーシティについて振り返っていただく。そうすると、「自分の文化的背景が複雑だってことが分かった」と言っていただけます。これが新しい視点となるのです。そして、その視点の切り替えを元に、多文化間で通用するスキルを実生活で実践したいと思うようになる。そのような内側から溢れ出るモチベーションが、職場の問題についてよりオープンに話す動機付けに繋がるのです。これがプロセス。3、4時間ダイバーシティ研修に出たら、多様性はチェック済み、問題無し…というのは正しい考えではありません。研修参加者の皆さんに、自らの学びを掴み取っていただくこと、それが重要なのです。ですから、最終的な訓練やスキルの体得を担うのは研修参加者の皆さん、と考えています。

コー:もし、あなたが異文化間コンピテンシーを定義せよと言われたら、どのように定義しますか?

安武:それはスキルですね。直感的にそれを持っているという方もいらっしゃいますが、それは異なる背景を持つ人々とより良いコミュニケーションをとり、より良い関わりを築くために必要で、学習・体得可能な技術だと考えています。私のセッションでも唯一レクチャーしなければいけない部分があるのですが、それは文化の再定義をする時です。文化、人種、民族の定義は、世の中に複数存在しています。私はまず、「あなたは文化をどのように定義しますか?」と皆さんに投げかける。そして研修参加者の答えを集めて、文化を再定義し、皆さんとコンセンサスを構築していくのです。これは、公正さの実践のひとつですね。人々の間のコンセンサスづくりは容易ではありませんが、研修内でそれを実践し、小さな成功を積み重ね、グループ内の意思決定の仕方の一つとして認識していただく。それが私のアプローチです。

コー:日本ではどのようなお客様が多いのでしょうか?

安武:日本でのプロジェクトは、IBISコンサルティング・グループを通じて行っています。 コロナ禍のずっと前、オンラインでのインタラクティブ・ダイバーシティ・トレーニングのプロジェクトに参加しました。マイクロソフト社の日本版eラーニングツールの監修です。このeラーニングツールの技術翻訳、それからセッションの流れが、日本マイクロソフトで働く皆さんの文化的背景に合致しているかを確認する仕事でした。

また現在、アメリカに本社を置くEdgewell社のプロジェクトを担当しています。同社は、ラテンアメリカ、アジア、日本など世界中に支社があります。職場での無意識バイアスに焦点を当てた米国社員向けのバーチャル・トレーニングでこのプロジェクトをスタート。昨年秋には、海外グループ会社を対象にしたグローバル研修プランの展開に着手しました。そして今秋、このDEIの取り組みを持続可能なものにするため、各参加支社内でのピア・コーチングモデルを採用しました。私は、同社の日本人スタッフの皆さん向けのトレーニング支援を担っています。

コー:例えば、LGBTQに焦点を当てたトレーニングなど、より焦点を絞ったタイプのトレーニングをクライアントから求められることはありますか?

安武:特定の文化を紹介するトレーニングをやってほしいと言うリクエストには、それは私の専門分野ではないので、他のコンサルタントを紹介するとお答えしています。私がこれまで支援をしてきた米国法人からのお題の例は、組織内で対立が起き、社内文化に悪影響を及ぼしているといった問題や、新入社員のオリエンテーション改善方法など。私の専門は「ダイバーシティ・コンテンツ」ではないので、そのことはどなたにも率直に申し上げています。

コー:大学関係者と仕事をしたことはありますか?

安武:イエスでもありノーでもあります。マサチューセッツ大学ダートマス校のチャールトン・カレッジ・オブ・ビジネスで講師の経験があります。ブラウン大学の学生を対象にした研修シリーズを担当したこともあります。その中で、教授陣とのコーチング的なカジュアルな会話があったことは事実ですが、特定のトレーニングやワークショップを提供してことはまだないです。

コー:でもそういった仕事に興味はありますか?大学行政や事務に携わる人たちも働いていますが。

安武:そうですね、事務職の皆さん!以前、私の主治医に「医師もトレーニングできる?」と聞かれたので、医師や助産師向けのコーチングやトレーニングは経験あり、と答えました。面白いことに、「ダイバーシティ・プロセス」は特定のグループが焦点ではないため、どんな職種・団体にも対応・活用できるのです。

コー:法政大学の学生だった頃、このようなキャリアを積むことを想像していましたか?

安武:多様性に関する仕事がしたいと思っていました。もうひとつは、若い世代の人たちのために、英語を使って仕事ができたらいいなとも思っていました。漠然とした考えですが。

コー:学部生の時に留学しようと思ったきっかけは何ですか?

安武:アフリカ系アメリカ人の皆さんの生活や視点について学びたかったのです。民族的に多様なコミュニティがどのように機能しているのかについて個人的に学び始めていましたし。幼稚園の頃から海外留学には興味がありました。入学する前、ある人から法政は海外留学奨学金が素晴らしいと聞いていたので、その奨学金を狙って法政を選びました。でもその前に、社会学部でアフリカ系アメリカ人に関するクラスを履修するつもりでいたのですが、当時それを教える教授がいらっしゃらなかったんです。事前のリサーチが甘かった。でもそれがなおさら、奨学金を狙う動機になりました。1994年、UC Davisは大学の協定校であり、UC Davisにはアフリカ系アメリカ人学部がありました。留学しなければ、と思いました。

コー:そこから大学院に進学するのは、難しい決断ではなかったと思うのですが?

安武:いいえ!大体最初の留学そのものが大変でした。カリフォルニアに着いてすぐに体調を崩し、留学期間の終わり頃には、病気のせいで思うように勉強ができなかったことを残念に思いました。ある教室の建物の外に座って、いったい何を学びに来たのか?とゆっくり考えたことを覚えています。そして、自分の学びは「人と違っていてもいいんだ」ということが分かったことだ、と気づきました。その背景にあるのは、アフリカ系アメリカ人の中にも多様性がある、と言う発見です。肌のトーンがとても濃く、アフリカ系の特徴ある顔立ちの人もいれば、真っ白な肌で青い目、金髪の人もいました。「ほら、一つの民族の中にもダイバーシティあるじゃん。違っていて当たり前なんだ」、と思いました。

「人と違っていてもいいんだ」という学びを今後どう活かせばいいのか。米国と日本で会った学生の、教室での行動をふりかえると、自分が思っていることを表現する仕方が異なることに気がつきました。それが、教育改革について学ぶ必要がありそうだ、と思うきっかけとなったのです。日本で教育改革に取り組めるようになるには、すでに米国の中等教育で異文化トレーニングや多様性に関する授業がどう実践されているのか学ばないといけない。人と違っていてもいいということを、アメリカの若者はどう理解しているのだろう?これに対する答えを見つけるには、学士号の知識だけでは不十分でした。大学院で勉強しないと。大学卒業後働いていた日米教育委員会で、フルブライト奨学制度で来日中のリサーチャー、レクチャラー、ジャーナリストなどに自分のアイデアを投げかけてみました。「多様性の問題を探求するために、異文化トレーニングの方法を使いたい」と話してみたのです。すると皆「大学院に行くべき」、さらに「それならミネソタ大学へ行くといいよ」とアドバイスして下さる方が大勢いて驚きました。でも、資金調達の必要がありました。ありがたく新たな奨学金を得て、大学院留学を実現させました。

安武さんの仕事の様子

コー:その後、アメリカにお住まいですか?

安武:はい。

コー:今日は異文化間コンピテンシーの話から始まりましたね。多様性というと、日本ではグローバル化も含まれているとも言われます。グローバル・マインドセットを定義するとしたら、どのようにお考えでしょうか。

安武:それは、私たちが多常識の中で生きていることを認識するマインドセットのことだと思います。その確立には、全ての文化についての詳細を知る必要はないけれど、生活の中で複数の常識に日々対処していることを意識する必要があります。エスノレラティビズム(民族相対主義)、ミルトン・ベネットの理論につながってきますね。エスノレラティビズムとは、物事には複数のやり方があることを認知していること。ただ、それを知るだけでなく、実践していくことが必要なのです。グローバル・マインドセットには、自分の常識から他人の常識に視点を切り替える能力が不可欠。多常識は、ひとつの民族の中にも存在するので。

コー:私は教師として、学生にはまず自分の立場を確立してほしいといつも思っています。いろいろな意見を受け入れるのはいいことですが、最終的には自分がその意見を判断することになるのです。

自分の考えを持たず、人に合わせてばかりで、学生が流れてしまうことがあると思いませんか?  また、これまでの経験から、そのようなことが起こる危険性はあると思いますか?

安武:自分の声に耳を傾けていないと、若者だけでなく、誰にでも起こりうることだと思います。だから、どの年齢層の人たちにも、自分の内なる声に注意を払わないと、数多の選択肢に惑わされて意思決定が上手くいかなくなるかもよ、と伝える必要がありますね。常に直感に従えと言っているのではないのです。そうでなくて、少なくとも自分が何を考えているか分かっていることって大事です。自分にとって何が健康的な判断か、またそれを知らせる声がどこから来ているのかまでわかっていることも大切。頭の中でよく聞こえてくる声が、実はあなたが嫌いな人の声だったりすることもあるので。ですから、その内なる声がどこから来ているのか、そして何を言っているのかを確認する作業は重要だと思います。また、自分の声に耳を傾けてみよう、と周囲の人々に促すことは、多様性についての会話のはじめの一歩だとも考えています。

コー:最後に大きな話をしましょう。真に多様な世界について、あなたはどのようなビジョンをお持ちですか?

安武:私の内なる声によりますと(笑)… 経験上、それはセカンドチャンスに満ちた社会あるいはコミュニティなんじゃないかと思います。真に多様な世界、真に包括的なオフィス、あるいは公正な学生管理、患者管理、スタッフ管理の実践モデルとは、確固とした出来上がり像がすでに存在するものではありません。それはすなわち終わりのないプロセスのことなのです。組織内の誰もが、仕事や学びの現場で「誰かの声が欠けていないか?」と常に確認し続けないといけない。多常識の中で働く以上、私一人のやり方が正解じゃないよね、と。だから、常に変化を伴うプロセスの連鎖が多様な世界を動かしていくと考えます。でも新しいことに挑戦する過程では、自分のアイデアがどういう結果を招くか実践してみないとわからない。さらに、失敗することもあり得ます。上手くいかなかった時、私たちは「あなた、DEIで失敗しましたね。退場」、と言ってはならないと思います。それではいつまで経ってもDEIを前に進ませようとする人々のやる気を削ぐばかり。失敗を今後の学びにすることもできますよね。ダイバーシティ研修は、米国では試行錯誤を経て進化を繰り返してきました。世界は、DEIで失敗してしまった人に、「大丈夫。セカンドチャンスがありますよ」と言うべきなのです。なので、多様な世界にはセカンドチャンスが満ちている、と信じています。

コー:とても素敵です。最後に生徒の皆さんへメッセージをお願いします。

安武:真理の探求者になって下さい、とお伝えしたいです。人は、家庭の文化、国の文化、ご近所の文化、学校の文化などに影響を受けながら、自分自身の価値観を築き上げますよね。正しいやり方とは何か、についてです。なので、実は知らないうちに、他人の考えをベースに自分の価値判断基準が出来上がってしまっていることもある。なので、真理とは何かを探る作業の練習をやってみることをご提案したいです。自分の考えこそ唯一の真理だと信じるのではなく、 真理の探求者として、このグループや教室にとっての真理とは何ぞや?と自問自答する練習です。このキャンパスでの私にとっての真理とは?等々。複数の真理を追求する練習をしてみると、複数の視点から景色を楽しめるようになると思います。

コー:それでは、ひとまず本日の対談を終わりにして、また別の機会に再開しましょう。

 

安武 邦子 氏

多文化間コミュニケーション・スペシャリストとして、2005年米国ロードアイランド州で起業。ニューイングランド地方の米国法人や、グローバル企業のDiversity, Equity, and Inclusion (DEI) 人材研修プロジェクトに取り組む。働き手/顧客/学生/患者の声を活かした環境づくりから、タイムリーな意思疎通の問題解決、衝突を学びのチャンスに変えるスキル、移民プロフェッショナル向けコーチング等、組織の生産性向上を目指した『ダイバーシティ・プロセス』支援が得意。自らの命題「単一民族内の多様性に光を当てる方法とは?」に対するこれまでの知見を、日本で働く・学ぶ皆さんに紹介する機会を探索中。パプタケ・コンサルティング(米国ロードアイランド州)主任コンサルタント/共同代表。Ibis Consulting Group(米国マサチューセッツ州)シニア・コンサルタント。

国際ロータリー財団奨学金(第2580地区選出)にてUniversity of Minnesota, Twin Cities, Educational Policy and Administration学部(比較・国際教育開発コース)で修士号取得。法政大学社会学部在籍中、派遣留学生としてUniversity of California, Davis, African-American Studies学部留学。専門:多文化間コミュニケーション/エンゲージメント、多文化教育、教育改革、アクティブ・ラーニング。Univ. of Massachusetts, Dartmouthビジネススクールにて、教職経験有り。東京都出身。